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笑うバロック(76) 悪女の肖像「ランフィデル」

初めてオイゲン・ミュラー・ドンボワのリュートを聴いたとき、とにかくビックリ。

そのCDの中で、とみにヴァイスの「不実な女」というタイトルの曲に惹かれました。
このタイトルで興味を惹かれない男がいたら----むしろおかしいと。
個人的な感想は、実にタイトルどおりのイメージの曲だ!!ということ。
理由はわかりません。絵画のリュートを抱えた女たちを思い出しのか、それとも「第三の男」のアリダ・ヴァリを思い出したのか。
「不実な」「女」と撥弦楽器に相関を感じました。
いわくのある曲であり、諸説份分。誰しも「不実な」理由と「女」が誰か気になりました。
異国情緒の異国を自国に対して「忠実でない」とする説など。
それでも「不実な女」という日本語のタイトルに惹かれたものです。誰に対してどのような「不実」なのか。

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アンナ・マグダレーナと不実な女がミュゼットを奏でる

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ビリー・ワイルダー監督の映画「シャーロック・ホームズの冒険」に登場するドイツのスパイ。ジュヌビエーブ・パージュ演じるガブリエル・パラドン夫人、実はイルゼ・フォン・ホフマンスタル。写真のように傘でモールス信号を打ちます。確か横浜で逮捕され処刑されます。藤兵衛氏の「不実な女」フランス人というのは説得力があるかも。

ヴァイスのソナタのミステリ

B級作品ばかり接して、あるときA級に触れると、やはり一流は違うと思ってしまいます。反対にA級作品が飽きたころに、B級作品に触れると、見る目のない人たちがB級を作っているのだと思います。作品が作られたときの美意識、また後世作品を評価する批評眼の変化で説明しようとする場合もあります。
昨年買ったゼレンカのミサ曲が、よく聞こえ、これが埋れなければならない批評眼など信じられなく感じます。ドレスデンの音楽家たちがB級というのはやはりおかしい。
初めてヴァイスの「不実な女」というソナタを聴いたときの感動。しかも一生涯ほとんどリュート曲しか作曲していない職人気質。マレだってオペラを書いているのに。そういえばリュートの作曲家でリュート以外の曲を書いている人は----ダウランド?くらいなの。ダウランドやヴァイスと比較したとき、バッハやビバルディがリュートの作品を残したことがどれほど意味があるのか。過大評価のし過ぎではないのかしら。
ヴァイスのソナタは、時折無性に聞きたくなります。

2009年04月
書き留めたら、エグエスとサノの2人の奏者がリンフィデレをリリースするらしい。
昔は「不実な女」と訳され、新盤では「異邦人」となっていました。アラベスクな異国趣味のリズムが取り入れられている----らしいので、リンフィデレというタイトルがついた、というような解説を以前どこかで読んだような。
当時のドレスデンの郊外には錬金術師ベトガーが陶器を作り、隣町のライプチヒでは異教の飲み物コーヒーの店ができ、なにやらミステリアスです。
ヴァイスのタブラチュアはロンドンとモスクワに残っていたり、もしダウランドがスパイなら、ヴァイスだって資格があります。ザクセン侯のエニグマ----。ドレスデンはポーランド支配のためにカトリックで、隣町は新教で、バッハはなぜかカトリックのための名曲を、たくさんのなぞと共に残し---- こうなるとバッハを探偵役にしてミステリが書けそう。

サンスーシでCPEが父の回想をするところから物語は始まります。
「音楽の捧げ物」の3声のリチェルカレを、リュートのタブラチュアに書き換えると、そこからある暗号が読み取れます。その指示に従ってCPEはベルリンに住むある女を訪ねます。その女から古いリュートを渡され、以前陰謀に巻き込まれた女をバッハが助けてくれたと聞きます。陶器作りとその利権をめぐる陰謀にヴァイスがスパイの容疑をかけられ、女とヴァイスの容疑をバッハが晴らしてくれたと。陰謀の主は、ツィンマーマンのオーナーで、ヘンリーツィも関わりがあった。バッハは事を丸く収めヘンリーツィの台本を書き直して、とあるカンタータを書きます。ヴァイスのリンフィデレとバッハのリースヒェンが実は同じ女のことであったという----ような----まあそんなうまく話を捏造はできませんかしらね。

森雅裕あたりなら書けないかしら。永井するみでも。佐藤賢一でもいいかも。篠田真由美先生あたりでも。

なんてメモしていたら、下記の後日談が。
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2009年05月
下記はリュート奏者、中川某氏のブログの2007年の項から。検索ででてきました。
検索では同時にクロード・シャブロルの「不貞の女」という映画の原題La Femme infidèle も。
ヴァイスのソナタのタイトルは、フランス語なので 「ランフィデル」 だそうです。

事実だとするとすごい発見ということになりそうです。
以下はその記事の日本語訳です。

18世紀前半の音楽シーンを伝える貴重な文献、E.G.バロン著「リュートの歴史的研究・・・」の記述を裏付ける資料が新たに発見された。
「リュートの・・・」は音楽理論、歴史、ジャーナリズムを統合する大変貴重な文献であるが、その第六章後半部にある次のくだりに大変興味深い記述がある。
「・・・この点ではウィーン占領をリュート用に作曲したある人(彼のことはもちろん快く思っているのだが)の方がまだましだと言える。パッセージの上には細かく書き込みがある。「ちょうどここで大砲が轟く。ここで傷付いたトルコ人が吼える。ここで彼らは打たれ、敗走する。等々。」」
この記述の「ある人」が誰であるか、またその曲はどんなものなのかは長く不明のままであった。
オーストリアのウィーンリュート協会に所属する、ボラーゾフ・ソスラン・フェーリクソビッチ研究員が、2007年に発表の最新論文でこのことに言及している。ボラーゾフによれば、この「ある人は」S.L.ヴァイスで、その曲というのは、「ランフィデル」であるという。ボラーゾフはドレスデンにあるMUS2841写本の「ランフィデル」をX線解析し、そこに「大砲が轟く、ここで傷付いたトルコ人が吼える」などの記述があるのを発見した。この発見で、研究員は、「ランフィデル」というのは一般的に言われている「不実な女」という意味ではなく、「不実なる者」と訳すべきで、宗教的に「不実」である異教徒トルコ人のこと指すという。ヴァイスが1721年にロジー伯の葬儀でプラハを訪れたときに、同地にあるフィリップ・ドゥ・サン・ルクの作品を収めた写本を見る機会を得た。そこにサン・ルクが作曲した、オスマン・トルコとのウィーン攻防戦を描いた曲に触発されて、作曲した可能性が高いという。注)ボラーゾフは旧KGBに所属していた異色の音楽学者。最新テクノロジーを使った資料解析が得意。


「悪女の肖像」ということで。個人的な感想で、さらに。

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犬神松子は琴を弾きます。青池リカは娘義太夫あがり。道成寺の鐘。20年前の凶器、月琴。

横溝正史は音楽文化と関わりが深く、「本陣殺人事件」でも琴を鳴らし、「悪魔が来たりて笛を吹く」では黄金のフルートが。息子は評論家になり、隣家には植村泰一がいました。というより、往時の作家にとっては当たり前の教養だったのでしょう。(「悪魔が来たりて笛を吹く」というおどろおどろしいタイトルですが、フルートだけでなく、帝銀事件、ゲーテ、太宰の「斜陽」まで視野に入れて、ある意味小説家の鑑ですな)
こんな機会に並べてみると、「不実な女」たちは男性の想像の中にはこんなにたくさんいて、ですから男の頭の中はいつも「女とはこうしたもの(コシファントゥッテ)」なのかもしれません。
最後にもうひとり挙げておきたいと。
エルナン・コルテスのメキシコ妻マリンチェ。部族にとっても夫にとっても「不実」ではないはず。しかし、ロマンチックな歴史の上ではアステカを滅ぼした「不実な女」になるのかしら。いやいや、やはり渡来した白人を受け入れるのは、彼女が偏見や差別意識がないからでしょう。侵略者コルテスの側の論理で、彼女を「不実な女」にしては、おそらくいけませんね。千葉御宿の人々がメキシコの難破船を救助したのと、おそらく同じこと。

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