浮かぶ人(短編小説/471字)

「すみません駅員さん、ちょっとお聞きしてよろしいですか」
「はい」
 業務用の笑顔で応じる駅員に、地図の一角を指し示して、僕は訊いた。
「ここに行きたいんですけど、ここから歩いてどれぐらいですかね」
「私はあなたがどれぐらい歩けるのかを知りませんから、それをまず教えていただけませんか」
「なるほど、そういえば僕は歩けませんでした。浮いてます」
「ははぁ。では無理ですね。あなたは目的地に辿り着けません。ここには歩いて五分とかからず着きますが、浮いている方には無理です」
「僕の友人は潜ってるんですけど、彼も無理ですか」
「潜ってる方でしたら、だいたい十三分ほどですね。でも浮いている方は無理です」
「僕の恋人は飛んでるんですけど、彼女も無理ですか」
「飛んでる方でしたら、だいたい二分ほどですね。でも浮いている方は無理です」
「僕の両親は死んでるんですけど、両親も無理ですか」
「死んでる方でしたら、だいたい零分ほどですね。でも浮いている方は無理です」
「そうですか」
 僕は、どこまでも笑顔を崩さない駅員に礼を言って、ふわふわと浮かび上がった。 空高く、どこまでも。

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