夜、光る。(短編小説/575字)

 夜によそよそしくなってはいけないな、と思い立ち、外に出る。

 暗いからといって避けてるばかりではかわいそうだ。

 こちらから歩み寄らなければ、夜とは仲良くなれない。

 あの電柱によりそった街灯が夜を照らすとき、やっと夜の顔がぼんやり見える。

 真昼の輝きは夜を殺す。なにもかも明らかになったら、そうでないものは死んでしまう。

 それなのに、少しの輝きがなければ夜は生きられない。

 この弱々しさが気に入って、私は夜を行く。

 真夜中の住宅地は、下水の音が主役だ。色も臭いも隠されて、目を閉じれば川の景色だって見えてくる。

 車両も人も通らない。たまに室外機が献身的に唸っていたり、カーテンに明りがこもる窓からは、ラジオの周波がかすかに洩れていたりする。

 通りかかったパン屋のまえに、自動販売機がある。店の中は真っ暗だ。エアダクトから沈んでくるパンの香り。こんな時間でもパン屋はパン屋の匂いで働いていた。

 自販機の光だけをもらって歩く。夜はつかず離れずついてくる。月より明るい街の光。

 昼が昼をみるには夜が必要で、夜が夜をみるのにも、昼が必要だ。

 なにもかも繋がっていたら、境目がわからない。

 点在してはじめて、離れている別のものに気付ける。そうして名前が生まれた。

 すべてがひとつじゃないことを、知るために。

 饒舌になってきた夜とお別れして、光のつまった家に入る。

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