太陽行路(短編小説/1308字)

 ある時から急に、太陽が燃えなくなった。

 友人に相談してみると、太陽の燃料が切れているんじゃないかということだった。

 じゃあ燃料を足してやらなくちゃ、と僕が言うと、友人はそりゃそうだけど、と言って黙り込む。

「太陽の燃料切れは前にも何度かあったんだ。その度に誰かが燃料を届けにロケットに乗った」
「うん」
「でも、誰も戻ってきた奴はいない」

 燃料を届ける役割を持った人物は、地上に戻ってこれない。だから届ける役割は、くじ引きで決められる。友人はそう説明した。

「立候補する人はいないの」
「誰が好き好んで、戻れない旅に行こうと思うっていうんだい」
「僕とか」
「君が? 何のために」
「太陽にはいつも世話になってるし、僕がいなくなっても、あまり困る人はいない」

 なるほど、君はとても馬鹿なんだね、と言って、友人は肩をすくめた。

 僕は、太陽に燃料を届ける人物を選定する方法を議論する人間を選別する会合に出席した。

 まどろっこしい会合になりそうだったので、開口一番に進行役のマイクを奪い、僕がロケットに乗りますと宣言した。

 それでも手続きはまどろっこしかった。身体の隅から隅まで健康診断をしたり、何枚もの契約書にサインをしたり、遺書を書かされたり、インタビューに答えたり、欠伸の出そうなやりとりだった。

 ロケット自体はとっくに完成していて、準備万端のようだった。毎回、乗組員を選ぶのに時間を取られるらしく、今回は歴史上最速の燃料補填ということになると説明された。

 ロケットはコンピュータ制御によって自動で飛ぶので、操縦はいらない。僕は燃料を持って、ただ乗り込むだけでよかった。

 積み込まれた太陽の燃料が何なのか、僕はまったく知らない。説明はあったかもしれないけど、聞いていなかったと思う。

 案外、僕自身が燃料ということも有り得るか、と疑った。人間一人ぐらい燃やしてみたところで、大した燃料にはならないから、それはないだろう。

 太陽はどうして燃えなくなったんだろう。そんなことをいうなら、どうして今まで太陽は燃えていたんだろう、と考えてもいいはずだった。

 燃えないことに理由があるように、燃えることにも理由がある。太陽は別に、地上の生き物のために燃えてあげているわけじゃない。太陽なりに燃える必要があって、燃えている。そう考えた方が自然だ。だって太陽は自然なのだし。たぶん人間よりは。

 友人が、ロケットの見送りに来てくれていた。彼は大きく手を振って、何か叫んでいた。親戚や家族もいたけれど、涙を流していないのは友人だけだった。

 僕を乗せたロケットは、太陽へ射出される。地上には戻らない。そのための燃料は乗せていない。燃料は必要な分だけあればいい。

 必要な分だけ燃えたつもりの太陽に、もっと燃えてもらおうというのは、わがままでしかないのだろうか。

 ても、どこまでが必要で、どこまでが必要じゃないかなんて、本当は誰にも分からない。ただそんな気がするというだけで、みんな選んでいるのだ。

 燃料があれば燃えられるというのなら、燃えておいて損はない。燃料がなくても燃えられるのだから、僕はラッキィだ。

 元から燃えていないなんて、大した問題じゃない。

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