魔法(短編小説/1428字)

 眠っている間に、瞼の裏でちかちかと眩しいものが輝いているので目を覚ます。

 切れているはずの電灯が星のように光っていて、実際それは星以外の何者でもないんじゃないかというぐらい、鮮やかな煌めきだった。

 けれども光源は電灯ではなく、光そのものだった。拳大のまあるい光。ふわり漂ってそれが近付いてくるので、僕はサングラスが欲しくなる。

『その願い、叶えましょう』

 どこからか声がすると、いつの間にか僕はサングラスをかけていた。どうやらこの光がやったことらしい、と考える。また声がした。

『こんにちは人間。わたしは魔法です』

 今は真夜中だけれど、僕は素直にこんにちは、と返した。そして聞き返す。

「魔法使い?」

『いいえ、魔法使いではなく、魔法です』

「魔法使いじゃないんだ」

『よいですか。世の中ではよく、魔法は魔法使いが使役しているものと思われているようですが、その解釈は、物事の本質を正しく理解していないと言えます』

 もう眩しくない光の塊は、子供に言い聞かせるように語り始めた。

『魔法使いは、その名の示す通りに魔法を使います。それは事実です。しかしながら、決して魔法使いそのものが魔法なのではありません。分かりますね?』

「それはまぁ」

『魔法使いから魔法を取ってしまったら、どうなります? ただの使いです。何をすればいいのかも分からない使いに成り下がってしまうのですよ。であるにも関わらず、世間ではいかにも、魔法使いが魔法を生み出しているかのような扱いではありませんか。まるで主従関係が存在するかのようです。当然のことですが、魔法使いが魔法使い足り得るためには、魔法が不可欠です。しかしながら、魔法がなければ成り立たない魔法使いとは違って、魔法は魔法として、独立して存在する固有の力なのです。そこのところ、ご理解いただけましたか?』

「よく分かりました」

 本当はよく分からなかったけれど、とりあえず頷いておく。そもそも僕は魔法使いに会ったこともない。魔法を見たのも今日が初めてだ。魔法って形があったのか、と思う。

『いいえ、魔法に決まった形はありません。形を持ってしまえば、こうしてあなたの心を読むこともできないでしょう。何にでもなれる、何でもないものであるがこそ、魔法は魔法でいられるのです』

 律儀に回答してくれる。

 決まった形がないものが魔法。何にでもなれる、何でもないもの。なんだか就職前の若者みたいな口答だった。

『可能性という観点からみれば、当たらずとも遠からずといったところです。先ほど説明した通り、わたしは魔法そのものであって、魔法使いを必要としません。しかし、魔法とはそもそも、望みを訴える者がいない限り、その効力を発揮することができないように作られているのです。魔法そのものに望みはありませんから、他の存在に望みを要求してもらうことで、魔法は魔法としての存在意義を保てる、と、そういうわけなのです』

「なんかややこしいんですね」

『ご理解いただけましたか? それではわたしはこれで』

「あれ、望みを叶えてくれるんじゃ」

『もう叶えました。一人がひとつ以上の望みを叶えてしまうと、魔法使いになってしまいますから、これで終わりです。それでは失礼』

 光は消え、声も聞こえなくなった。

 僕はサングラスをはずして、窓の外から夜空を見上げた。

 まあるい月が煌々と輝いていて、空を飛ぶ魔女でもいないかと目を凝らしてみたけれど、魔法が逃げ回っているせいなのか、魔法使いは見当たらない。

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