絵本(短編小説/587字)
私がこの世に生誕した記念日に、母親が本を買ってきた。
やけに厳重なラッピングがされた分厚いそれを、
「はい、誕生日のプレゼント」
と渡される。
図書カードでもくれた方がよかったのに、と内心で思いながら私は聞く。
「何の本?」
「飛び出す絵本よ」
満面の笑みでそう言われて、私は反応に困った。
十年前ならともかく、今さらこんなもので喜ぶ年じゃない。
「気をつけてね。飛び出すから」
包装を解こうとする私に、母は真剣な表情で言った。
「何が飛び出すの」
「最初に言ったじゃない。飛び出す絵本だって」
ああはいはい、と思いながら包装を剥がす。
弾丸のような勢いで、絵本が飛び出した。
「え?」
あまりに急で、私は悲鳴すらあげられずに、ぽかんとそれを見つめていた。
私の手を離れた絵本は、ぴょんぴょんウサギのように跳ね回りながら窓に突進した。硝子の割れる音が響く。
「ああもう、ぼけっとしてるから逃げちゃったじゃないの!」
「いや、あの、うん……」
だって、本当に飛び出すなんて思わないじゃない。
母と一緒に、しばらく近所を捜索してみたけれど、絵本は見つからなかった。
「どこまで飛び出しちゃったんだろう」
「何しろ飛び出す絵本だからねえ。行けるところまで飛び出してるでしょうねえ」
まあそんなに読みたいわけでもなかったけど、と思いながら、私は空を見上げる。
いくらなんでも地球までは飛び出さないよね。
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