衛星付き(短編小説/1626字)
クラスメイトに、衛星付きの女の子がいる。
取り巻きの人間という意味じゃなくて、実際に小さな星が回っている。大きさはテニスボールと同じぐらいで、住民は一匹の猫だ。猫はもう老体なのだけど、小指の爪ほどの大きさでしかないので、子猫にしか見えない。みんなこの子猫を怪我させないように気を遣って、星にぶつからない距離を取って彼女と話す。
衛星は、彼女が生まれる前から存在していた。昔はもっとサイズが大きくて、いろんな生き物が住んでいたらしい。だけど星が削られて小さくなるにつれて生き物の数も減っていき、今はこの猫一匹だけなのだそうだ。
「小さい頃は正直うっとうしかったし、何度も叩き落としてやろうかと思った。でもこれはお母さんから受け継いだ大事な星だしさ、一匹だけっていっても生き物が住んでるんだから、その住処を守ってあげないといけないじゃない?」
クラスのみんなが可愛い可愛いと絶賛する猫について、彼女はわりと冷めた様子で眺めていた。まあ四六時中一緒にいるのだし、見飽きたりもするのだろう。それよりも僕は彼女自身に興味があったから、よく会話のきっかけに衛星の話をした。
「これのおかげでわたし、けっこう苦労してきてるんだよ。ベッドや布団で寝れないからいつもソファーに座って寝てるし、乗り物も制限されるし、いいことなんてまるでないんだから」
「ひとつも?」
「ない」
衛星は彼女の左肩から背中を回って腰を通り、一周する。この大きさだから椅子に座ることもできるけれど、もっと大きかったら、立ちっぱなしで授業を受けることになるのだろう。日常生活の負担は想像もつかない。
「その衛星、いつかなくなったりするのかな」
「……どうだろ」
彼女は少しだけ不安そうな顔になる。住んでいる猫はもう年老いているし、子供もいない。この猫が死んでしまえば、衛星の存在意義はなくなってしまうのだろうか。
新しい生き物を住まわせたらどうだろう、と提案してみたことがある。だけど彼女は首を横に振った。
「この星で生まれた生き物しか、この星で生きることはできないの。逆も無理。この猫を星から取り上げたら死んでしまうんだってさ」
どうして、と僕は聞かなかった。たぶん彼女自身、そんなに詳しいことは知らないだろうと思ったからだ。
猫はだんだん身体を動かさなくなり、日に日にやつれていくように見えた。クラスのみんなは悲しんだが、彼女は何事もないような表情で学校に通い続けた。
衛星の生き物は何かを食べたり、飲んだりすることがない。排泄もしないので、まるでロボットみたいだけど、ちゃんと栄養源は存在している。衛星そのものだ。そして衛星は、取り巻いている人間から栄養をもらっているという。
だから彼女はその分、人よりたくさん食べる。衛星の分も栄養を摂らないと、猫にまで栄養が回らなくなるのだ。それでも最近は、いくら食べても猫が元気になる様子はなかった。
「……あまり言いたくないけど、もうだめなんじゃないかな」
「だめじゃない」
彼女は有無を言わさない調子で断じた。未だかつて見たことのない気迫に、僕はたじろぐ。
「生まれてからずっと、さんざん迷惑かけてきておいて、わたしの許可もなく勝手にいなくなるのは許さない」
「でも老衰なら仕方ないだろ」
「わたしまだ、恩返しされてないもの」
そんなことを本気で信じているようには見えなかったけど、彼女なりの気配りが感じられて、それ以上は何も言えなくなる。
まもなく猫は衰弱しきって寝たきりになり、眠ったまま目を覚まさなくなった。
彼女は他のクラスメイト達のように号泣したり、辛そうな素振りを見せることは微塵もない。クラス総出でお別れ会をやろうという提案にも、賛同することはなかった。
やがて猫のことを話題にする人がいなくなると、彼女の衛星に注目する人もいなくなった。
彼女自身も全て忘れ去ったかのように、今まで通りすごしている。ただ少しだけ、衛星を眺めている時間が増えたように思う。
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