椅子男(短編小説/1524字)

 どうも、こんにちは。椅子男です。ここ、座らせてもらってもいいですか?

 ええ、椅子はこの通り、持参してますので。いつも持ち歩いてますよ。便利ですから。あなたもお一つどうです。役立ちますよ、椅子。

 何てったって、座れますからね。地面がある限り、どこでも座れます。一息入れるにはやっぱり椅子がないと、駄目ですよ。人は二足歩行のベテランになったつもりでいますけど、生まれてくるときは四足歩行で、死ぬ手前は三足歩行ですからね。設計的に、二足じゃ足りないんですよ。

 ええ、ですからこうして、この椅子が四足分を補ってくれるので、いわば六足分の脚力があるというわけなんですよ。キャスター付きですからほら、自由に動き回れまががっ――動き回、れま、すよ。ちょっとここは砂利道でバウンドするから危ないですけど、平地なら平気です。誰もいない道路で、両足で蹴ってシャーッ、シャーッって走るんです。気分いいですよ。椅子男の特権です。

 椅子男がいるのなら椅子女もいるのかって? それはもう、いますよ。ただ椅子使い同士はあまり交流がないものですから、出会うことは稀ですがね。お互い自分の椅子にプライドがありますから、少しでもケチをつけられると喧嘩になることもあります。そうなるともう悲惨ですよ。椅子を使って殴り合いです。

 ええ、椅子は凶器としても優秀ですからね。この場合、腕力の強い男の方が有利だと思われるでしょうが、そうでもありません。なぜって椅子女ときたら、自分が座る椅子の他に、ミニチュア椅子を持ち歩いてるんですよ。しかも鋼鉄製の。まるでハンマーみたいに振り回してくるもんですから、こっちの椅子なんかひとたまりもありません。おかげでほら、角の部分がこんなに削れてしまいました。

 なぜ椅子にこだわるのかですって? それは愚問ですよ。ベッドじゃ重すぎるし、ソファーじゃふかふかしすぎてよろしくない。時にふかふかの椅子に乗ってる人がいますが、あれは駄目ですね。緊張感がありません。いつでも臨戦態勢が取れる椅子こそがベストです。座っているだけが椅子の使い道じゃないんですから。

 ところであなた、先ほどから何に座っておいでですか。

 棺? ほう、棺男というわけですね。え、違うのですか。

 ああ、お葬式だったんですね。どうりで喪服のようなものを着ていらっしゃると思いましたよ。どなたかご親族の? ああ、ご自分の。ますます棺男と呼びたくなってきましたよ。今後はそう名乗られたらいかがでしょう。考えてみますか。それはよかった。

 私が何者かですって? 初めから名乗っているじゃないですか。椅子男です。それ以外のものであったことも、これから変わることもありません。人は椅子なくして生きるにあたわず、と言いますでしょう? 聞いたことがない? ならば胸に刻み込んでおいて下さい。いい言葉は刻み込むに限る。

 棺男さんも、棺にポリシーを持って生きなくてはなりませんよ。そうやってただ座っているだけでは、椅子男と同じになってしまいます。棺男ならば棺男らしく、棺におさまっていなければ。

 うん? 失ってしまった? 何をです。

 生きる希望、ですって?

 失礼ながらそれは、失うことができないものです。希望というものは、いついかなる時にでも、たとえ死を目前にしたときでさえ、必ず胸の奥に住み着いていますからね。その顔色が暗いときには違う名で呼んだりするものだから、みな失ってしまったと勘違いするんですよ。

 疑わしい顔を見かけたら、正しい名前で呼んであげなさい。さんざん見慣れているはずの顔が、意外な表情を見せてくれますよ。必ずね。

 では私はそろそろ失礼を。次に会う時には、立派な棺男になっていることを祈りますよ。

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