本質(短編小説/784字)

「人間は本質を覆い隠すのが好きだ。なぜだかわかるかね」

 博士はふさふさにたくわえた白ヒゲを触りながら、聞き飽きた講釈を始めた。

「汚れているからだよ。人は鑑賞に耐えうるほどの本質を持ってはいない。だから装飾品で身を覆い、言語で武装し、数でごまかす。希少品が希少になるのは、希少になるほど他のものが多いからだ。この世で希少とされるものが一個数だけ何億種類もあれば、たとえそれぞれが特別なものであったところで誰も見向きはしまい。そうやって人は、醜い本質を隠していく。木を隠すなら森にというわけだ。

 いいかね助手よ。私はそういう醜さが我慢ならんのだ。他の動物はどれも自分の本質を隠して生きてなどいない。ありのままの本質をさらけ出して、なお鑑賞に耐えうる美しさを持っているというのに、人間は、人間だけはどこまでも悪臭がつきまとう、どうしようもない道化だ。

 道化ならば笑えるという意味で高尚さも持ち得ようが、やはり人間は醜い。こんな言葉遊びも本当はやめたいのだ。しかし私は人間に生まれてきた以上、このやり方しか知らない。

 それでこの装置だ。この装置は、人の本質に見合った姿に、瞬時に変換してくれる。まあ人の本質などどれも似たり寄ったりではあるだろうが、それでも本質にそった姿に変われるのだ。今よりも高潔になれる。素晴らしいとは思わんかね?

 私はさっそくこの装置を自分に使おうと思う。もしもうまくいったら、この装置を量産化して世界中に届けるつもりだ。その役目はさしあたって君に頼もう。私はとにかく一刻も早く、こんな醜い姿からおさらばしたいのだ。ではいくぞ。さらば、人間の醜さよ!」

 高らかに叫ぶと、博士は電源のスイッチを入れ、装置に入っていった。

 ぼくは珈琲を淹れながら、彼が出てくるのを待つ。

 もうこれで28人目の博士になるが、何度やっても装置を完成させる前の博士しか出てこない。

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