友本(短編小説/643字)

 売り込み続けた才能がさっぱりと売れず、いい才能がないからもう人間はやめる、と友人は宣言した。

 人間閉店セールだ、と彼はワゴンに座り込んで旗を出し、客引きを始める。

「人間が売れたら、それを元手に本を買うんだ」
「そんなに読みたい本が?」
「人間である俺がもういないんだから、読めるわけないだろ」
「ああ、そうか」
「俺は本になる。本になってみんなに読まれて、立派な名著を目指すのさ」
「それって他人任せってこと?」

 そんなわけあるか、と彼は激昂する。

「書いた人間に才能なんかなくても、本の努力でいくらでも名作になれるんだってわからせてやる」

 だから作者には才能がなければないほうがいい、と彼は言った。

 人間はその日のうちに完売して、私は彼のかわりに才能のない作者が書いた本を探す。

 売られている本はぜんぶだめだ。誰かが才能を見出している。

 まだ売られていない本。書かれたばかりの物語が、ちょうどいい。

 だったら別に私が書いてもいいか、と思い立つ。

 本なんて興味はないし、才能なんてあるわけがない。

 ちゃちゃっと書いてすませてしまおう。

 そうして綴った友の自伝ならぬ他伝(私が書いたので)は、自費出版として売り出された。

 誰にも取り上げられず、一冊も売れない。完全な赤字だった。

 決して売れるための労力は割くな、と彼に念を押されていたので、私は何もしない。

 名著を目指すという友の言葉を信じて、私は本を売り続ける。

 友の本、友本。

 ともぽん、と呼ぶとかわいい、という発見が、今のところ一番の収益だ。

ここから先は

130字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?