ノスタルジー中島(短編小説/813字)
ノスタルジー中島はノスタルジーに溢れている。
靴紐を結んではノスタルジー。夕陽を見つめてはノスタルジー。微笑んでノスタルジー。
些細なことでもノスタルジーをまき散らすので、ノスタルジー公害であるという訴えも近隣から出ているが、本人は意に介さない。日本の法律上、ノスタルジーでは罪にならないからだ。
ノスタルジー中島のノスタルジーを止めるために、彼を故郷へ帰してはどうかという案が持ち上がった。しかし誰もノスタルジー中島の故郷を知らなかったし、ノスタルジー中島は誰にも故郷の場所を教えなかったので、ノスタルジー中島のノスタルジーは日増しに強くなる一方だった。
ノスタルジー中島によるノスタルジー効果が高まる中、近隣の間にこんな噂が立ち上った。それは、ノスタルジー中島には実は故郷が存在しないのではないか、というものだった。
あれだけノスタルジーをまき散らしておきながら、故郷が存在していない。だからこそ懐旧の念が強まるのであり、よりいっそう強力なノスタルジーを生み出すことができるのだ。信憑性はなかったが、奇妙な説得力があったため、この噂は本人の与り知らぬところで広く伝わり、定着していった。
やがてノスタルジー中島と接する人間にも、変化が見られ始めた。ノスタルジー中島のノスタルジーに感化され、自身もノスタルジーをまき散らすようになってしまったのだ。
そうなったからにはもう、ノスタルジー中島をノスタルジー公害というわけにもいかず、同じノスタルジー仲間として大いにノスタルジーする他なかった。
中には「ここが故郷なのに、俺は何をノスタルジってるんだろう」という慎重派も現れたが、日々ノスタルジーにまみれる内に、瑣末事だったと後に語っている。
ノスタルジー中島は結局、八十七歳の生涯を終えるまで故郷へ帰ることはなく、ノスタルジーに心血を注いだ人物として伝説となった。彼のことを想い、ノスタルジーに耽るのがこの街の慣わしである。
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