悪い予感(短編小説/897字)

 僕の彼女は、よく悪い予感というやつに出くわすと、とてもそれを気にして生活する。

 悪い予感はあくまで予感であって、具体的に何が起こるといったことはまるで分からない。ただ、嫌な感じがするらしい。

 占いやオカルトに興味があるわけではないらしいけれど、彼女は予感を気にする。

 なら的中率が高いのかというと、そうでもない。だいたいは外れる。外れたあとの彼女は、しばらく神妙な顔つきになる。当たらなくて安心とか、残念ということでもなくて、当たらなかったこと自体は嬉しいことなので喜びたいのだけれど、素直に喜べないのだ。

 それは、自分以外の誰かが、もしくは平行世界にいる自分そのものが、自分の悪い予感を引き取って、嫌な出来事に遭遇してしまっているんじゃないだろうかという、ややこしい懸念のせいだった。

 でもそのことでずっと悩み続けたりはしなくて、次の日には明るい元の彼女に戻っている。自分の代わりに「悪い予感」を引き受けてくれたどこか誰かのためにも、自分は楽しく生きなくてはいけないのだ、というのが彼女の持論だ。

 だったら初めから気にしなければいいと思うのだけれど、彼女の予感はなくならないし、懸念もなくならない。

 そこで僕は、こういう話をした。

 この国には古来より、人の予感を食べて生きる妖怪が住みついていて、どんな種類の予感であっても美味しく食べて栄養にしてしまえる。君の悪い予感も、きっとその妖怪が食べてくれているに違いないのだと。

「でもその妖怪が、平行世界にもいるとは限らないじゃない」
「平行世界にはその妖怪の代わりに、他のやつがいるんだよ」
「他のやつって?」
「妖精とか」

 牽強付会にも程があったけれど、彼女の話自体が荒唐無稽なのだ。そのあたりの自覚もあるからか、一応は納得してくれる。

 でも別に、つくり話でごまかして、なかったことにしたいわけじゃない。

 彼女の想像が現実でなくとも、彼女の予感は現実なのだ。たかだか形がないぐらいで存在を否定するのは、それこそ非現実的だ。

 だから妖怪なんかいなくとも、僕が予感を食べていく。形がなくたって、なんだって。

 そのことはぜんぜん、悪い気はしない。

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