香る教室(短編小説/783字)

 最近の女子生徒たちの流行は、携帯電話に香りをつけて遊ぶことだ。もちろん、直接香水を吹きかけたりなんかはしない。私が学生だった頃には考えられないことだが、今や携帯電話にも匂いを発する機能が備わっているのだ。休み時間ともなると、複数のグループが、花やお菓子や香水の匂いをつけた携帯を嗅がせあっている。

 二月十四日。女子たちは想い人の携帯へ、チョコレートの香りがつまったメールを送信する。チョコレートの匂いが濃厚な男子は、周りに冷やかされる。甘い香りに弱い私は、教室へ入るだけで頭がくらくらしてしまう。あまり強い濃度のフレグランスは禁止されているのだが、この日ばかりは注意する気になれない。

 そんな中、私の受け持つクラスに、本物のチョコレートを持参してきた女子がいた。今や珍しい純正の手作りチョコで、彼女の席には人集りができていた。

「本物ってあんまり匂いしないんだ」
「ちゃんと鼻を近づけてみなさいよ。匂いするでしょ」
「ほんとだ。あたし合成しか食べたことないからさ。自分で作ったの、これ?」

 話題は当然のように、彼女が誰にチョコレートを渡すのかという話に移る。しかし彼女はそのチョコレートを自分で食べるのだと答えた。

 これは一種の供養なのだ、と彼女は言う。

 彼女が幼い頃に飼っていた猫は、チョコレートが大好物だった。与えてはいけないと親に言われていたのに、猫の喜ぶ姿が見たくて、たまに与えてしまっていた。結局、それが原因でひどい下痢になり、猫は死んでしまった。その後悔を忘れないように、毎年バレンタインの日には、自分で作ったチョコレートを自分で食べ、喪に服すのだという。

 どう考えても自業自得な話だったけれど、真剣な彼女の表情に対して、口出しする生徒は現れない。

 その日の授業の間、携帯から漏れ出す甘いチョコレートの香りの中には、線香の匂いが微かに混じっているようだった。

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