『ティム・バートンのコープスブライド』の分析
※2019年に書いた翻訳概論のレポートです。コピペしたら表の機能が消滅してしまったので少し読みにくくなってしまったかも。ごめんなさい。
代わりに絵文字を用いて対処します。
私が今回のレポートで起点テクストとして選んだのは、2005年に公開された、ティム・バートン監督によるストップモーション映画『ティム・バートンのコープスブライド』の劇中歌だ。その歌は、誤って死者の花嫁エミリーと婚姻の契りを結んでしまい、死者の国に連れて来られた生者ヴィクターが死者達にエミリーの境遇(死んだ理由)を聞く場面での歌である。
起点テクスト情報:https://www.youtube.com/watch?v=j4p9WKnDQzQ&t=75s
https://matome.naver.jp/odai/2143761889440016401
目標テクスト情報:https://www.youtube.com/watch?v=_H1wz0Kgk5Y&t=27s (訳詞:亀川治未)
◆まず初めに、この歌のテクストタイプは「表現型テクスト」である。このテクストの対象者はおそらく老若男女で、字幕では原文に忠実な内容を少し堅い表現を用いて表しているが、吹き替えでは幼い子供でも理解ができるような言葉・表現が用いられているように思える。私は今回吹き替えの翻訳に焦点を当てて起点テクストを分析する。そして吹き替えの翻訳のスコポスは、違和感なく必要最低限の情報を歌に乗せることだと考える。
原文
🍁忠実訳(字幕)
🌀歌詞訳(吹き替え)
(Aメロ)Hey! Give me a listen your corpses cheer
🍁お耳を拝借 死体の皆さん
🌀ヘイ! 死体の君たちよ
At least those of you who still got an ear
🍁耳のあるやつだけでいい
🌀耳のある連中よ
I’ll tell you a story that’ll make a skeleton cry 〈7〉
🍁骨も泣かずにいられない
🌀骨に沁みる話を聞け
Of our own jubiliciously lovely corpse bride 〈2〉
🍁いとしき死体の花嫁の物語
🌀死体の花嫁 ストーリー
(サビ)Die,die we all pass away
🍁みんないつか死ぬけど-
🌀みんな いつか死ぬ
But don’t wear a frown ‘ cause it’s really okay 〈5〉
🍁そう悪いものじゃない
🌀だがそんなに 悪くはない
And you might try and hide
🍁隠れても
🌀隠れようが
And you might try and pray
🍁祈っても-
🌀祈ろうが
But we all end up the remains of the day 〈4〉
🍁最後に残るは骨だけさ
🌀最後に残るは骨だけ
(Cメロ)Then next to the graveyard by the old oak tree
🍁墓地の隣 樫の木の下
🌀樫の木のそばのお墓で
On a dark foggy night at a quarter to three 〈6〉
🍁霧深い夜中 3時15分前
🌀闇の2時45分に
(最後のサビ前)Now when she opened her eyes she was dead as dust
🍁目覚めた娘は もう死んでいた
🌀目覚めた娘は 死んでいた
Her jewels were missing and her heart was bust 〈1〉
🍁宝石は消え 恋も消えた
🌀胸が張り裂けんばかり
So she made a vow lying under that tree
🍁娘は木の下に横たわり-
🌀木の下で誓ったのさ
That she’d wait for her true love to come set her free
🍁真実の愛を待つと誓った
🌀愛する人をずっと待つんだと
Always waiting for someone to ask for her hand
🍁娘を自由にしてくれる人を…
🌀手を取ってくれる人を待つと
When out of the blue comes this groovy young man
🍁するとこの若者が現れて-
🌀その時 この青年が
Who vows forever to be by her side
🍁永遠の愛を誓ったのさ
🌀彼女に愛を誓った
And that’s the story of our own corpse bride 〈3〉
🍁これが我らの“コープスブライド”物語
🌀さあ、悲劇の花嫁のストーリー
◆同定の結果、起点テクストと目標テクスト(全体)は、基本的な内容自体に変化はなく、特に大きな違いは見られなかった。しかし、いくつかの特徴的な翻訳方略が見られたので、例を挙げながら分析していこうと思う。
① 間接的翻訳(内容の省略・削除・追加説明・要約)
例1)省略
起点:Her jewels were missing and her heart was bust〈1〉
目標:胸が張り裂けんばかり
この翻訳は彼女が生前恋をした男(詐欺師)に宝石を盗まれ殺されたという原文の“宝石を盗られた”という内容が省かれている。これは、“男に宝石を持って行く→死んでいた=殺された=財産目当てだった”=それ故に悲しくて胸が張り裂けそうという内容は、歌と映像の演出から推測可能であるために行われた省略であると思われる。また、この歌詞を歌う時間は2秒間であるため、リズムを壊さずより的確な内容を視聴者に伝えることが目的のため、”財産を盗まれた“という本質的な事実より”エミリーの感情“に焦点を置き、事実は省略という方略がとられたのだと考えられる。
例2)削除
起点:Of our own jubiliciously lovely corpse bride 〈2〉
目標:死体の花嫁ストーリー
実は起点テクストのjubiliciouslyは英語にもない表現(一部では何か二つの単語を組み合わせて作られた人工単語であると考えられている)で、ストーリーや歌の流れからもこの単語の意味は推測しづらい。言ってしまえば不可能である。結果的にその単語の翻訳には英→日翻訳の過程を経て、“そもそも訳さない”という形がとられている。このような形がとられたのは、無理矢理全てを原文に忠実に訳す“情報重視型翻訳”よりも内容を多少省略しつつも、作品の雰囲気・製作者の意図に焦点を当てた“表現重視型翻訳”の形式がとられていると推測できる。
例3)内容の要約取り込み(2例)
①起点:And that’s the story of our own corpse bride 〈3〉
目標:さあ、悲劇の花嫁のストーリー
②起点:But we all end up the remains of the day 〈4〉
目標:最後に残るは骨だけ
①は忠実な翻訳をすると、字幕にもあるように、“我らのコープスブライド”となる。しかし、吹き替えの翻訳では“悲劇の”という単語の追加(訳詞全体を要約し、それに相応しい単語が追加された)が行われている。これは歌の最後に核となる内容を設置することで、“エミリーがどのような境遇の人物なのか”という情報を視聴者の記憶に残すことを目的としていると考えられる。実際、エミリーを形容する言葉として相応しいのは、“悲劇の”であろう。②も同様に、the remains of the dayを原文に忠実に訳すとすれば、“結局皆あの日のまま”となるが、それだと日本人には“あの日”が何を指しているのかが伝わりにくい。しかし同時に英語にこのようなイディオムは存在しない。よって、翻訳者はこの歌詞の前の歌詞・作品のストーリー・世界観・キャラクターの状態などに焦点を当て、観察し、要点をまとめ、説明が付け加えたのだと考えられる。
② 動的等価
例1)積極的肯定と消極的肯定
起点:But don’t wear a frown ‘ cause it’s really okay 〈5〉
目標:だがそんなに悪くはない
原文it’s really okayは敢えて忠実に翻訳するとすれば“本当に大丈夫だから”と、積極的に内容を肯定する翻訳となるだろう。しかし、実際に行われた翻訳(字幕・翻訳)はどちらにもおいて、“悪いものではないから”と消極的に内容を肯定する形の翻訳形式がとられている。このような翻訳が行われた理由は原文への忠実性よりも日本人の感性への忠実性を重視したからではないかと考える。直接的に“良いものだ”と訴えるよりも、間接的に“良いものだ”と訴える方が日本人のより自然な理解・共感を得やすいと考えられたからであろう。
例2)内容の変更
起点:On a dark foggy night at a quarter to three 〈6〉
目標:闇の2時45分に
起点テクストを忠実に翻訳するとすれば“(深夜)3時15分に”となる。そして字幕の翻訳では“3時15分前に”と、原文に忠実な翻訳が行われている。しかし、吹き替えの翻訳では“2時45分に”と訳されている。これも日本人の感性・考え方に合わせて行われた翻訳だろう。海外で3時15分が不吉な時間なのかは正確には不明だが、日本人に同じ時間を伝えても、深い理解には及ばないだろう。そこで、日本人により馴染みの深い不吉な(恐ろしさを連想させる)時間、“丑三つ時”の時刻に変更を加え、日本人の明確で潤滑な理解を促すため、このような翻訳シフトを行ったのだと思われる。
例3)内容の言い換え
起点:I’ll tell you a story that’ll make a skeleton cry 〈7〉
目標:骨に沁みる話を聞け
この起点テクストを忠実に翻訳するとすれば、字幕の翻訳にもあるように、“骨も泣かずにはいられない”となるだろう。しかし吹き替えでは“骨に沁みる”という表現を用いることで、視聴者に“それほど悲しい・切ない話が語られるのだ”と予想を促すことが可能になっている。この“骨に沁みる”という表現は“気持ち”の程度を表すものであり、英語にはこのような場合に用いる適切な表現が存在しなかった。そのためにmake O C構文が用いられているのかもしれないが、その場合日本人には直訳ではイメージが困難である。そこで、日本人に馴染みのある、意味がほぼ同じ慣用句“骨に沁みる”に置き換えられた翻訳が行われたのではないかと考えられる。
上記の通り、この訳詞で用いられている翻訳シフトは「間接的翻訳」と「動的等価」であり、これらに対して興味深く思う点は、日本人の感性に合わせた翻訳が行われている点だ。日本人の多くが持っている考えを翻訳の中に自然に取り込むことで、視聴者に作品の世界を感じてもらうことを容易にしているのだろう。また、全てを忠実に訳す形式ではなく、文が長くなりすぎる場合には、重要度の高い内容を優先的に残し、除いても意味が十分伝わる内容については省略・削除する、という形式がとられている。
また、直接原文には出ていない内容でも、視聴者の理解を促すため、繰り返されたり、説明が加えられていたり、よりわかりやすく要約が行われていたりされている部分も見られた。これらには子供が見ても状況把握・内容把握が可能になるような工夫がされていると感じた。また、字幕、吹き替えの翻訳どちらにも見られる特徴として、“最後の単語が名詞であることが多い”、“ほぼ言い切りの文章である”が挙げられる。これはこのレポートの冒頭でも述べたように、この吹き替えの翻訳のスコポスが“違和感なく必要最低限の情報を歌に乗せること”で、それを達成するために生じたことだと思う。
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◆最後に、翻訳の分析と一般化を行いたいと思う。まず私は今回分析した翻訳はどちらかというと「目標寄り」に属していると思う。
◆理由
確かに内容はほぼ変化しておらず、原文に沿って訳されている「起点寄り」に近い。しかし、この翻訳の目的は“歌に乗せること”で、目標テクストの吹き替え翻訳では、文字数・響きが翻訳家によって調節されているように思えたからだ。また、所々我々日本人にも容易に伝わるよう、動的等価も行われており、それは、表現をコンパクトにしたり、歌のリズムを良くしたりすることを助長する働きも持っていると考えられたからだ。よって、今回のテクストは、原文に忠実な「起点寄り」翻訳ではなく、歌うことに焦点を当て、歌いやすいように訳された「目標寄り」翻訳である。
◆また、翻訳者が上記のような方略をとった理由は、繰り返しにはなるが、この作品のターゲットである「日本人」、「子供」が歌を楽しみながら自然に理解ができるような翻訳を目的にしたからであると言えよう。オリジナルの英語音声の歌の雰囲気を壊さず、内容を極端に変えず、できるだけオリジナルの世界観に近い翻訳を視聴者に届けようとしたからと考えられる。
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