ラベンダーを届ける
東京から富良野まで、鈍行列車で行ったことがあります。
大学生のときでした。 電車の中で、手紙に封をしました。
「北海道&東日本パス」という、7日間、東日本と北海道のJR線がほとんど乗り放題になる切符があります。「IGRいわて」とか、「青い森鉄道」とかにも乗れるから、青春18きっぷよりは少し便がよいのです。
何のために行ったのか、そこで何をしたのか、実は全然覚えていません。しかし、しっかり記憶しているのは、車窓から見える景色をノートにスケッチしていたこと。田んぼと畑が描く、ずっと続く水平線、ときどきあらわれる黄色い花。薄灰色の空が広くて、垂れる電線すらも自然に溶け込んでいました。遠くには、山が見えていました。
始発に乗って、時刻表通りに電車を乗り継いでも、札幌に着いたのは、次の日の朝でした。
早朝の大通り公園を歩いたり、札幌の友人に電話したり、そんなことしかなかった旅ですが、ようやく札幌から気道車(電車ではない)に乗り、父の故郷を通り過ぎながら、富良野へ向かいました。
(なんで富良野を目指したのかすら記憶にないのですが、)とにかくお決まりのラベンダー畑に立ち寄り、ソフトクリームを食べたり、細い試験管に入ったドライフラワーのポプリや、ラベンダーの種を買ったりと観光をしました。
着いたと思ったら、次に電車に乗るのは、東京へ帰るためです。時間のありあまる列車のなかで、3通の手紙を書きました。2通は祖父母に、そしてもう1通は、当時憧れていた先輩に。
コンビニで買った茶封筒(本当にお金がなかったんです)があまりに情けなかったので、列車の中でみた景色を、たいしてうまくもないのに描きました。祖父母には、お土産屋で求めたポプリを送ることに。そして先輩へは、ラベンダーの種を数十粒、小さく小さく、紙に包んで底に入れました。
彼に何を書いたかは、覚えていません。北海道にいて、電車の中で手紙を書いていること。ラベンダー畑を見たこと。そんな些細なことでした。(少なくとも、恋文ではない。)それでも、緊張しながら封をしました。
自分が乗っている、東京へ向かう電車の空気を閉じ込めました。ラベンダーには気づかなくてもいいから、封を開けたときに、あの花とも草とも言えない、青紫の色そのままのような香りに、その場でちょっとでも気づいたらいいな、なんて考えながら。
手紙は、書く場所だけでなく、封をする場所が大事なのではと、いつからか思っています。日の当たる場所カフェの席、ロンドンへ向かう飛行機、高校の机。少しでも、いま自分がいるその場の時間を閉じ込めるために、空気とともに、封緘。
三通の手紙は、東北のどこかの街で、投函しました。東京に戻ってから、彼から返信が。旅先で買ったというかわいい絵葉書の、暑中見舞いでした。そっけないものでした。それでも、引き出しにしまいました。
そういえば、途中で乗り換えた青森は、ねぶた祭の直後で、2人乗りのヤンキーなお姉さんに絡まれたのも、旅の記憶。
がんばって生きます。