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何を渡し、何を受け取るか。学びのタイミングは人それぞれ。

会社員時代からそうなのですが、
人から相談や意見を求められると結構全力で返してしまいます。
私のなかのあるものを総動員して
その方の、その仕事の役に立てられるように回答・提案をしてしまう。

それが温度感の違いがあると
人によっては重い、面倒くさいと思われていたかもしれません。

そもそも、役にたてられるように思うことが烏滸がましいのかもしれない。
単に私の自己承認欲求なのかもしれない。
それは多いにあるので、反省すべきところです。

だから、聞かれないと言わないようにしてはいるし、
聞かれなくても何かフックの出来事があれば、
図々しくもそれをお伝えすることもあるw。

求められなければその方にとって雑音でしかない。

そして、求められて回答したことも全て受け取ってくれる訳ではない。
受け取ってくれないことに執着すべきではない。

過去の例をあげると、
報告書やレポートなどの考察で指摘した事項・改善提案などは
表面的には共感を得られるけれども、実際には殆ど真には届かない。
相手が何を受け取るかは相手の関心と状態による。
相手の自己都合に依存される。
俗にいえば、相手の利が明白なもの、取り組みやすい実現しやすい事項は受け取られる。

なので、しばらく経って私が当時指摘したことをやっと自分ごととして捉えていることを良く見かけました。「あー、あの時報告書であげたのにな・・」と残念に思うことも。

でも、他人を全く責められない。
私も実際にそういうことをしていると思うから。

相手の言葉・アドバイスを全て真に受け取れないことは大いに自覚している。
そんなときはきっと相手に残念な思いをさせてしまっている・・・
(ごめんなさい)


だから、相手とのタイミングが違っただけ。
そこに固執する必要はない。
人生トータルでみたら僅かな時差かもしれない。
いつでも「学ぶ」というスタンスであれば問題ないのではないか、と思います。

またまた、独り言レベルの投稿で失礼いたしました。


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Rico |世界観を形にする人/ Fabric Art Artist
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