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手に職を付けると潰しが効かない。

堅実路線が安全とも限らない。

 私が学生だった頃、リーマンブラザースが経営破綻した。いわゆるリーマンショックである。当時は今と違って、経済の知識を持ち合わせていないかったし、周囲の大人に聞いても納得する答えが返って来なかったこともあって、とにかく景気が悪くなること位しか分からなかった記憶がある。

 それがのちに、資産運用で株式市場に足を踏み入れ、経済の知識や金融リテラシーを底上げする過程で、サブプライムローンの証券化が引き金になったことを知り、リーマンブラザーズの罪の重さをようやく理解するのだが、長い割に面白くない内容になるのが身に見えているのでここでは割愛させていただく。

 話は学生時代に戻り、将来の進路を気にし始める頃に市場経済がパニックと化し、大学を出ても就職が儘ならない人たちがメディアで取り上げられる姿を目の当たりにして、目的もなく貸与方奨学金を借りて大学を出るよりも、手に職を付けて、高卒で就職した方が良いと直感的に判断した。

 高校受験で同級生が取り敢えず大学に行くつもりで普通科や特進コースを選ぶ中、工業高校を出て卒業後に電気系の職に就こうと、明確な目標を定め、かつ自身の学力を勘案した上で、実現可能性の高い進路を選択しただけあって、学校教諭からは堅実だと評価されていた記憶がある。

 しかし、その堅実な選択が、後に自身を苦しめることになることを、この時想像する余地はなかった。ひとつが福島第一原発の事故によって、それ以前の高卒で電力会社に就くと言う、世間的には勝ち組とされるルートに暗雲が立ち込める有様で、選択肢から除外せざるを得なかった。

 工業高校の就職先で、電力会社がアテにならない状況は、ハッピーターンに粉が掛かっていない並みに旨味がない。偏差値を落として成績上位で、ネームバリューのある企業の推薦枠を狙っていたのに、地元の町工場や電気工事会社の中から選ぶのなら、内申を稼いだ意味がない。それにも関わらず、高校で電気を学ぶことは確定している。この時、何のために勉強するのか、自身の中で意義が見出せなくなった。

飽き性に職人は不向き。

 とはいえ、結果として2次募集で鉄道会社に滑り込んだ。人によっては良い印象がない、工業高校出身者だが、在学中に第二種電気工事士の資格も取得したため、授業をちゃんと受けて、一定レベルの知識量、技量を有している証明にはなっていると思いたい。

 そうして薄給ブラックながら、世間一般では勝ち組と言われるような道を歩むことになり、周囲が大学生活を謳歌する中で、動力車操縦者と言う、鉄道車両の運転免許も取得した。

 やりたくても出来ない人が大勢居る職種なのに、 Everyday Low Tensionがモットーで、理屈を捏ねて偉い人を論破して忌み嫌われては、会社が覆い隠したいような不都合な事実を淡々と突き出して、ブランドイメージや子どもの夢を壊しかねない、ことなかれキラーな私が電車を運転することになるとは、世も末だとつくづく思いながら関東運輸局で免許交付を受けた。

 そんなこんなで、指導操縦者が外れて単独乗務をするようになり、単独作業の自由を謳歌したのも束の間。決められた事を決められた通りに実行するだけの、余計なことが一切許されない単純作業の前では、持ち前の好奇心旺盛さが仇となり人生史上最速で飽きた。

 更に疫病が拍車をかけ、いつからか、社会に必要とされているどころか、医療従事者に迷惑を掛けている感覚に苛まれるようになり、直感で引き際だと悟った。

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。工業高校卒、電気工事、動力車操縦者。どれも専門性はあるが、ニッチ過ぎるが故に、一般の事業会社には活かせない資格だし、鉄道会社では単純作業を熟すだけで、一切のスキルを持ち合わせていない。

 手に職を付けたが故につぶしが効かず、私の好奇心が満たせるような頭脳労働に就けるスキルなど、振り返ってみたら全く持ち合わせていなかったことを転職活動で思い知らされた。

ピボットが無理ならフルリセット。

 そんな迷走中に「ライフピボット」という本を読んだ。ピボットはバスケットボールの用語で、片足を軸にして身体を回転させる動作で、人生も業種と職種をピボットさせながら100年時代を生きるという内容になっている。

 私であれば、業種は鉄道、職種は駅員からスタートしている。その後は業種は鉄道のままに、乗務員へと職種を変えているため、ピボットしていると言える。この場合、職種未経験でも、業界経験は活かせるため、完全な未経験者よりも飲み込みがはやい利点がある。

 駅員を軸にする場合、窓口業務つながりでバス業界、航空業界、旅行業界が視野に入るし、業務で使用する駅務機器や、ホームドアのメーカーも経験が活かせるかも知れない。しかし、鉄道乗務員の場合、免許が違うためバスにもタクシーにも転身するのに相応なハードルがあり、ピボットとは言い難く、単純作業故に鉄道車両メーカーで利用者としての経験が活かせるとも思えない。

 となると、鉄道業界の中で昇進して中間管理職となってピボットすることになるが、ここでも大したスキルは溜まらないため、一般社会にピボットするのは絶望的で、大抵は業界内で鞍替えするだけで、まさに袋小路そのものである。

 だから私は既存のレールからなぞる事を諦め、フルリセットする道を選んだ。疫病を機に通信制の大学で学び直し、資産形成のために行っていた株式投資に関係する、商学や経済学、心理学など、興味のある科目を片っ端から履修しては、日商簿記2級を取得したり、経済学で数式を当たり前のように微分すると記されていて卒倒したりもした。(受験組は数学Bで習うが、就職組は微積分を習わない。)

 そうして資産運用で実利が得られるようになり、生活のために労働する必要性がなくなったため、早期リタイアに踏み切り、高学歴エリートが決して歩まないであろう、レールから外れた人生を来春から歩む所存である。一度きりの人生、20代で全てが予定調和の泥舟で沈みゆく運命を受け入れるのは、余命を考えたらまだ早すぎる。あきらめたらそこで試合終了ですよ。


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