悪貨は良貨を駆逐する。
腐ったみかんの方程式も同様。
表題はグレシャムの法則で、元々は金本位制の経済学の法則だったが、金本位制が崩壊し、不換紙幣が流通している現代では、悪いものが蔓延って、良いものは駆逐される意味の慣用句として用いられる。
原理としては、例えば法定通貨と、その偽札が混在して流通している際、人間の心理として、いつ支払いを拒否されるか分からない偽札を優先的に使用して、法定通貨はできるだけ懐に残そうとする。そうなれば、法定通貨は死蔵され、通貨として流通しなくなり、市場に流通している通貨は偽札まみれになる具合だ。
この法則は何にでも応用できると考えている。例えば金八先生に出てくる「腐ったみかんの方程式」も言葉が違うだけで、悪いものが蔓延って、良いものは駆逐される原理原則は全く同じである。
そして日系企業に就く若手社員ほど、解雇規制で守られているだけの腐ったみかんに影響されて腐敗していくが、経営側も腐ったみかんのレイオフやリストラが出来ない結果、ゾンビ企業が蔓延る。
その成れの果てが、事実上、経営破綻している企業を税金で支える体たらくで、政府もばら撒きの原資を増やすために、あの手この手で増税して税収は過去最高。それにも関わらず、我々の暮らしは貧しくなる一方である。
本当に社会にとって良い行いであれば、日本社会は失われた30年のような停滞をしていないはずではないだろうか。我々がどれほど勤勉に勤めたところで、暮らし振りが一向に良くならないのであれば、取るべき行動そのものを間違えている可能性が高い。
世の中で良しとされていることの一例として、良い大学を出るべき。有名企業や公務員に就くべき。正規雇用であるべき。結婚したら子供を持つべき。住宅をローンで購入すべき…。
これらに共通しているのは、見栄を張るためや、世間体を取り繕うための他人の評価軸を気にした行動でしかなく、これらが必ずしも自分自身にとって良いとは限らない。
国策や世論で本当は悪いかも知れないものを、良いと思い込ませて蔓延らせた結果、本当に良いものが駆逐されている可能性すらある。日本人のステレオタイプである勤勉さは美徳とされているが、それによって適正に合わないことを強制され、本来の能力を発揮できずに潰れてしまう人や過労死、自決が増えているのであれば、これほど惜しいことはない。
悪い我慢に価値などない。
私は今春に早期退職に踏み切り、社会の枠組みからは外れた道を歩む。疫病禍で散々たる業績の電鉄会社とはいえ、高卒で就ける正規雇用の枠組みの中では、それなりにステータス性の高いオプションだろう。沿線でのネームバリューも申し分ない。
その既得権を自ら放棄する行為を、周囲がすんなり受け入れられる筈もなく、やれ勿体ないだの、考え直した方が良いだの横槍を入れられたのは想像に難くない。
そんな抑止を振り切ってでも、レールから外れる道を選んだのは、自身がゲレシャムの法則の悪い側になっており、悪化が限界に達したからに他ならない。
歯車が狂い始めたのは疫病禍。未知の感染症に対する恐怖感が拭えず、自粛要請で利用者が殆ど居なくなり、空気を運ぶ中で、文字通り命がけで安全輸送を支えている意義が見出せなくなった。
働き方を自由に選べる訳でもない。生活に主導権が持てず、滅私奉公させられている割に、低賃金でスキルが溜まる訳でもない。これまで薄々と感じていた不満の数々が、疫病禍で一気に表出して、この時には既に業界そのものを見限っていた。
とはいえ、高卒で単純作業しかやっていない周辺的正社員が、不況時に希望する職に就ける筈もなく、準備が必要だった。就活の傍らで、学歴を短期大学士とはいえ非大卒から大卒に塗り替えては、株式投資に役立ち、尚且つ就活でも評価される日商簿記2級も取得した。
しかし、準備だけでは根本は解決しない。現職への不満は募る一方で、些細なことでイライラする頻度が次第に増えていく。徐々に具合も悪くなり、パフォーマンスも悪化していく。
人は長期に渡り我慢を重ねられる様には出来ておらず、2年も経たずに内臓を悪くして倒れ入院、手術に至った。最も病気をしないであろう20代半ばの出来事である。
悪い職に就き続けたことで、内臓が手遅れになる状態まで悪化し、健康を害する最悪の事態を引き起こした。こんなことで後悔するなら、頭がおかしいと言われようが、逃げ癖がつくだの言われようが、アテもなく退職した方が、健康を害さない分だけマシだったと、入院中にフランスベッドの上で後悔した。
いくら学び直しや資格取得と良い行動をしたところで、悪い仕事で自分自身が悪化して、致命傷を負ってしまっては元も子もない。自分の人生は自分で舵取りをするもので、自分が悪化していると感じているのなら、石の上にも…などとは思わず、即座に離脱した方が同じ後悔でも自身で決断した分だけ尾を引かないだろう。悪い我慢に価値などない。