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内部留保から掘り下げる会計。

内部留保という勘定科目は存在しない。

 日銀の異次元金融緩和の影響を受け、日本企業は最高益を叩き出す企業と、苦戦している企業とで二極化しているが、前者の最高益を叩き出している企業に対しては、内部留保を貯め込んでいるだけで、人件費に還元していないと槍玉に上げられているが、内部留保とはそもそも何を表しているのか、いまいちピンとこない。

 一般的な定義だと、企業の利益のうち株主に還元されていない分を表すとのことだが、この定義だと、確かに人件費に還元していれば、利益=収益ー費用の式で成り立つため、利益が圧縮されるなら内部留保が少ない=従業員にも還元していると捉えられる。

 しかし、例え設備投資で現金を使っていても、これは株主に還元している訳でもなく、かと言って従業員に還元している訳でもないが、現金は使ってしまって手元にない状態にも関わらず、内部留保が貯まることを意味してしまう。

 簿記の世界では内部留保という勘定科目はなく、利益剰余金を脚色をしているに過ぎない。そのため、どのように算出するかも論点が分かれる部分で、場合によっては都合の良い様に切り取られるケースもあるのだと思う。

 いずれにしても、内部留保が溜まっているからと言って、そっくりそのまま現金で寝かしてあるとは限らず、従業員に還元すべきと要求したところで、キャッシュフロー、特にネットキャッシュを見てみなければ現金が余っているかは分からないのが正直なところである。

利益とキャッシュの動きは異なる。

 簿記を学んだことがある人ならお馴染みだが、利益が出ているからと言って、現金が増えているとは限らない。黒字倒産は典型例で、発生主義に基づいて帳簿上の儲けを記録すると、確かに帳簿上は黒字になるかも知れないが、運転資金が枯渇して、支払い期日にキャッシュが滞れば会社は倒産してしまうから、黒字倒産が発生するのである。

 クレジットカードで買い物した時を想像すれば、帳簿上の収支と現金の動きが異なるのが理解しやすい。例えば1月に買い物をした段階で、その代金を家計簿に支出として計上するが、実際にカード会社から引き落とされるのは月末締め、翌月25日払いだとしたら、2月25日に支払いが発生する。

 仮に、毎月5万円のプラスとなる家計簿だとして、上記の例で10万円のパソコンを買った場合、1月の家計簿は5万円のマイナスだが、支払いは2月25日のため、1月末時点で現金5万円が手元に残っている。

 反対に、2月の家計簿は5万円のプラスだが、25日に10万円の支払いが発生するため、2月末時点で手元の現金はゼロになる計算であるが、1月末時点で手元に現金が5万円残っているからと、散財してしまうと支払い期日に現金の持ち合わせが足りなくなり、これが企業なら黒字倒産となる。

 帳簿(家計簿)上の収支と、現金の動きが異なるのは、収支が発生したその日に、現金の支払いとは関係なく帳簿に記載するからで、これが発生主義のルールとなっている。

 経営者がこの理屈を知らないと、利益=現金だと勘違いして、利益と同額の現金が存在しないと、経理担当者に説明を求めることになるのはお約束である。だから、会計上のルールに基づいて帳簿を記入し、一年毎に弾き出される利益は、ある意味虚構なのである。

元凶は鉄道にあり。

 子供時代にお小遣い帳をつけていたマメな方からすれば、わざわざ費用と収益などという発生主義を使わずに、現金の動きだけで帳簿をつければこんな紛らわしいことにならないのではないかと思うだろう。これは現金主義と言われているが、世界最古の株式会社とされる、オランダ東インド会社が設立された、大航海時代の会計は現金主義で帳簿をつけていたと言われている。

 設立以前は、投資家が香辛料を調達するために出資をして、集まったお金をもとに船や乗組員を雇って航海に出ていた。当然、莫大な資金を一人で賄うことができないし、仮にできたとしても命懸けの航海で、全滅してしまえばリターンは得られないため、小口化してみんなで出資することでリスクを抑えていた。

 そうしてスパイスを輸入する組織を結成し、乗組員が無事に生還して香辛料を持ち帰ることができれば、それを売り捌いて大儲けできるため、その儲けを一口あたりいくらで出資者に還元するかを計算するために帳簿で記録する様になったのが簿記の起源である。

 この当時はひとつのプロジェクト毎に出資して組織を結成しては、プロジェクトが満了した都度解散して、いちいち精算していたが、オランダ東インド会社はプロジェクト単位で解散せず、現金をプールすることで、継続的に儲けられる現在の株式会社の仕組みを導入したのが画期的で、その脈絡は今でも受け継がれている。

 船、羅針盤、船員の給料。確かに安くはないが、この頃は現金主義でもどうにかやっていけたのだが、19世紀の産業革命によって鉄道が誕生すると不都合が生じた。

 線路の敷設、駅や車庫の建設、機関車の購入など、事業を開始するまでに莫大な出費を要し、これをお小遣い帳方式の現金主義で管理していたら、初年度は大赤字である。しかし、在庫を持たないビジネス故に、固定費用を賄えてからの限界利益率は高く、設備投資を行わない年は黒字となる。

 これでは、いつ株主になっていたかで不公平が生じてしまうことから、現代ではお馴染みの「減価償却」という、長期間利用するものは耐用年数に応じて費用計上するという、画期的なルールを理論立てて導入することで、費用を平準化できるようになった。

 鉄道会社が減価償却を採用したのを機に、会計は現金主義から発生主義へと変化し、貸借対照表と損益計算書の二本立てとなった。その後、近代では黒字倒産が問題視されるようになったことから、お小遣い帳に原点回帰するために、キャッシュフロー計算書が導入され、これらは財務三表として現代の会計で活用されている。

 現代会計の基礎は鉄道によって築かれたと言っても過言ではない。連結会計という言葉も鉄道由来であり、会計史と鉄道は切っても切れない関係にあることを、数字が読める一介の鉄道員としてお伝えできれば幸いである。


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