地方都市でのLRT活用は採算が問題?
宇都宮LRTは地方都市の行方を占う試金石。
8月26日に餃子の街、宇都宮でLRT(Light Rail Transit:次世代型路面電車)が新規開業した。路面電車と言えば、高度経済成長期のモータリゼーションによって、道路の邪魔者扱いされて淘汰されていった存在である。
車体の大きさや、鉄の車輪で鉄で出来た線路上を走行するため摩擦が少なく、ゴムタイヤでアスファルト上を走行する自動車よりも、圧倒的に加減速性能が劣ることが、嫌気され邪魔者扱いされる主因だったのだろう。
しかし、路面電車の乗車定員はバスよりも多く、1台でせいぜい1〜4人しか乗れない乗用車と比べたら、輸送効率は圧倒的に良く、むしろ自動車産業を潤わせるよう、国策で進めてきたモータリゼーションこそが渋滞の根元である。
これはイギリスの都市計画専門家であるブキャナン氏が、車の保有台数が550台/千人の状態(日本はこれよりも多い)で、いっせいに使用できる道路計画は物理的・財政的に不可能で、大量輸送システムが必要であると、1960年代に警鐘を鳴らし、欧州ではLRTが普及している。
路面電車は自家用車数十台分の搭乗者を、一台の車両に収容しているのだから、邪魔者どころか大量輸送に一役買っていたことは、市電を廃止した京都市の現状を見ても明らかである。
更に失われた30年で現役世代の実質賃金は減少傾向。それに対して税負担やガソリン代の高騰から、クルマの所有は贅沢品化し、公共交通機関やカーシェアリングを活用する形で、クルマ離れが顕著となっている。
昨今のSDGsによる環境配慮の背景や、高齢ドライバーの事故の増加から、地方でも免許を返納しても生活できるコンパクトシティ化が急務となっている。
そのひとつの案が、かつて道路の邪魔者扱いで消えていった路面電車を、次世代型として復権させたLRTであり、宇都宮LRTはその行方を占う試金石的位置付けとなっている。
鉄軌道で省庁間の利権争いの名残りが…
とはいえ、現在大学で経営を学んでいる元鉄道員としては、現行法令のままでは富山ライトレールのように、既存の鉄道路線の設備を活かす形でのLRTが関の山で、宇都宮のような全線新設は、あまりにも法令の壁が大きく、採算も合わないのではないかと危惧している。
ひとつは軌道法である。鉄道と路面電車は、同じ2本のレール上を走行する実態だけ見れば、大して変わらない交通機関にも関わらず、前者が鉄道事業法、後者が軌道法と関係法令が異なる。
私も最初は同じ国土交通省なのになぜ…と思ったが、省庁再編前の鉄道は運輸省の管轄だったのに対して、路面電車は建設省の管轄だった。平民に内閣の内情はよく分からないが、利権争いがあったのは想像に難くない。
そんな鉄道事業法と軌道法。大きな違いは線路の敷設箇所で、鉄道が「原則として道路以外の場所に敷設」と定めているのに対して、軌道は「原則として道路に敷設」と対照的である。当たり前だが、後者は道路交通法が絡むことを意味する。
独立採算では持続可能性に懐疑的。
道交法が絡んだ結果、車両の長さは30mまで、最高速度は40km/hまでとシビアな制約が課せられており、牽引の制約である最長25m、最高速度40km/hを参考に決めたものと思われる。
鉄道の場合、最高速度の規定はないものの、鉄道に関する技術上の基準を定める省令に制動距離を600m以内(路面電車は70m以内)と定められており、これが事実上の最高速度の制限になり、技術的には130km/hが限界となっている。
新幹線は踏切がないため適用される省令が異なり、スカイライナーも走行環境が新幹線に類似する区間に限って、特例で160km/h運転が許可されている。
軌道法準拠の新交通システムも、特例扱いで40km/h以上での運転が許可されているが、いわゆる路面電車で許可が降りているのは、新設軌道(専用線)の一部に限り50km/hで走行する阪堺電車のみと、宇都宮LRTでは600m超の立派な鬼怒川橋梁での、40km/h以上での運転は、現時点では認められていない。
つまり、いくらLRT(次世代型路面電車)と名を打っても、大正時代に制定された法律に則った車両設計・運用が求められており、これが採算の観点でマイナスに作用するのは明白である。
乗合バスが採算が合わず、規模が縮小しているのは、運転手1人に対して、運べる乗客の絶対数が少ないからに他ならない。
路面電車もバスよりは多少マシなだけで、最長30mの制約がある以上、HU300形の定員は160名と、鉄道車両(宇都宮線で使われるE233系電車)1両分の輸送力であり、バスと違い線路の維持費が掛かる分、採算を取るのが難しいのは想像に難くない。
そして極め付けは最高速度40km/h。停留場は路線バスが300m〜500m間隔で、それに準ずるため表定速度は自転車と大差ない。最高速度を上げようと、鉄道路線にしたり、直通しようにも、監督省庁が違った名残から、運転免許も乙種(路面電車)と甲種(鉄道)で異なる。
何より国交相が踏切の新設を規制したことで、新規路線は踏切を設置できず、路面電車の場合、併用軌道は交差点だが、新設軌道(専用線)に関しては、莫大な初期費用を投じて立体交差にする他ない。
それでいて車両の制約で採算が合うか分からない収益構造なのだから、建設費の元がとれるようには思えない。
ミニ地下鉄規格の4両編成、全長66mの電車が併用軌道を走行する京津線や、30mを50cmはみ出してしまった広島電鉄のグリーンムーバーを特例で認めるのではなく、抜本的に軌道法の規制緩和をしない限り、LRT新設のハードルは高い。
踏切が新設できない以上、かつての富山港線のように、鉄道路線を廃止させる位なら、既存設備を活用してLRT転換が落とし所となるだろう。とはいえ、運転免許は甲乙の電気車が必要となるため、財政的に厳しい地方の鉄道では、人材の養成や確保に難儀するだろう。
とはいえ運賃規制がある公共交通のため、従事員には人命を預かる重責の割に安い賃金しか支払えない。人口減少により長期で利用者増加が見込めない以上、コスト抑制のため低賃金でこき使うメカニズムが働き、社畜化→人手不足→減便→採算悪化→社畜化と負のループに陥る未来は目に見えている。
次世代の公共交通と謳う割には、大正時代の法律に縛られ、独立採算制では持続可能性も懐疑的な、LRTによる地方都市の再生は、絵に描いた餅同然である。
いっそのこと、無料巡回バスを水平エレベータと解釈した丸の内シャトルや、メトロリンク日本橋のように、羽振りの良い企業がスポンサーとなって、協賛金で運営した方が、地方都市の再生や、街のシンボルとしての、LRTの在るべき姿に近付くような気がしてならない。
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