見出し画像

第4種踏切に対して、元鉄道員が思うことを徒然と


なぜ第4種踏切は無くならないのか

 4月、高崎市にある遮断機も警報装置もない第4種踏切にて、9歳の女児が列車にはねられて死亡する事故を受けて、群馬県は第4種踏切を廃止する方針を決めた。

 そもそも、日本の踏切道は保安設備のグレード(安全性)に応じて、第1種〜第4種の区分があり、度々話題となる第4種踏切は、遮断機も警報装置もないことから、踏切道を横断する者が、目で見て、音を聞いた上で、横断するかを判断しなければならず、「危険な踏切」という論調で終始しがちである。

 確かに一介の動力車操縦者だった者、すなわち運転経験者として、第4種踏切を通過するときは、第1種のそれを比べると、周囲に横断者の存在を確認して、状況に応じて汽笛の使用や、減速するなど、事故防止のためにかなり神経を使う。

 夜間で見通しが悪くて発見が遅れたり、死角から自転車でも飛び出して来ようものなら、内心、オワタと思いながら適宜、汽笛と非常ブレーキを使用して、どうか避けてくれとお祈りする他ない。

 統計データでも、第4種踏切の事故率は、概ね第1種の2倍程度と言われているため、安全輸送におけるネックであることは、紛れもない事実だろう。では、なぜ安全輸送の危険因子でもある第4種踏切がなくならないのか。

最終的に踏切の費用を負担するのは誰か?

 ひとつは鉄軌道事業者の費用負担である。せいぜい標識を建てた程度の第4種踏切を、遮断機や警報装置のある第1種踏切に昇格させるには、1,500万円程度の費用と、電気区係員が保守・点検するランニングコストが発生すると言われている。

 踏切遮断装置や、踏切警報装置自体は、一式揃えても100万円しない程度であり、嵩むのは工事費用である。

 そもそも、踏切はどうやって列車を検知しているのか。マニアの方であれば、「軌道回路」の一言で説明が終わる。

 しかし、一般人を想定して回りくどい説明をすると、基本的には2本並んでいる金属製レールの片側に、信号電流と呼ばれている微弱な電気が流れており、それを列車の金属製車輪が踏むことにより、短絡した電気回路が構成される。この特性を利用して列車の在線を検知している。

 これが何を意味するか。踏切の遮断機と警報装置は「鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準」第62条(踏切保安設備)関係にて、警報を開始してから遮断するまでの時間が15秒。遮断してから列車通過までの時間が20秒が基本と厳格に定められている。

https://www.mlit.go.jp/common/001398980.pdf

 つまり、線形ごとに運転速度を算出して、当該踏切を通過する35秒前に警報装置が動作する位置で列車を検知し、逆に当該踏切を通過したら、踏切装置の動作が終わるよう、レールと電気設備を改修・構成しなければならない。

 仮に表定速度が60km/hの区間であれば、踏切の584m手前にある線路を通過した段階で、列車を検知して、踏切保安装置を動作させなければ、省令の基準を満たせない。

 そのため、せいぜい標識を建てた程度の第4種踏切から格上げしようと思うと、踏切と線路の間に600m弱の通信ケーブルを新設しなければ、踏切を動作させるための、列車が検知できないことをイメージすれば、設置費用が膨大になるのは理解できるだろう。

 それに加えて、正確さはもとより、滅多なことでは壊れない頑丈さ(=バックアップ)も求められ、フェールセーフとして、停電、踏切が壊れた、通信回路がショートした、線路が破断した等々を想定して、たとえどんな異常が起きても、最悪、遮断桿だけは降りるような設計までもが求められる。

 無論、回路が複雑となる分、維持、運用にコストがかかる。現に重いコストに耐えきれない中小私鉄では、列車通過時に踏切が動作しなかったインシデントが生じている。

 それでも、輸送人員が多く、運行頻度の高い都市部では、コストの掛かる第1種踏切でも、事故が減らせて金銭的にもペイできるため、第1種が基本となっている。

 しかし、1時間に1〜2本が関の山で、1日を通して数本〜数十本しか運行しないような郊外路線では、人口減少で業績が良くなる展望のない中で、直接的に売上に貢献しない、踏切道を第1種に格上げする設備投資をするほど、財務的な余裕がなく、結果として危険因子と認識しながらも放置され続けているのが現状だろう。

 設置費用だけ行政が負担したところで、維持が難しくなって、100%動作するか怪しい、信用ならない第1種踏切が20年後とかに乱立するのも、それはそれで考えものだ。

 それらを踏まえると、鉄軌道を立派な「公共交通」と謳うなら、道路と同じように、線路も公金を投入して維持し、鉄道会社は線路使用料を支払って、列車を運行する上下分離方式を、郊外路線にも波及させるべきではないだろうか。

危険因子ではあるが、勝手踏切よりはマシ

 第4種踏切が無くならない要因のひとつとして「費用」を挙げたが、私が知っている例では、資金力はある筈の事業者でも、沿線住民との合意形成ができず、第1種踏切へ格上げされず、第4種のまま残っているケースもある。

 憶測の域を出ないが、踏切道の先が道路としては行き止まりで、ポツンと一軒家みたいな状態であれば、そこの住人専用踏切みたいなものだろうから、初電から終電まで、列車が通過するたびに警報装置が鳴り響き、夜間は閃光装置が煌々としていては確かに落ち着かず、かと言って勝手踏切は双方にとって困るため、第4種でやり過ごしている可能性もある。

 そうした利用実態を抜きに、第4種踏切は危険だから廃止すると、画一的な対応をしてしまった結果、踏切そのものが廃止され、迂回に痺れを切らした住民が勝手踏切として、軌道内に侵入する形で横断される方が、元運転士としてはごめん被りたい。

 第4種踏切であれば、「踏切」として認識しているため、危険予知や対策が可能だが、軌道上全てで横断される可能性のある勝手踏切となれば、そんな世紀末な場所を運転したくない意味で、第4種踏切は危険因子ではあるものの、勝手踏切が横行するよりはマシなのだ。

 かつて都市部を縦横無尽に走行していた路面電車が、モータリゼーションによって消えたように、カッテフミキリゼーション(仮称)によって、鉄道は生活道路を分断する邪魔者だから、廃止した方が良いみたいな風潮になる他ないだろう。

 多少の死者はしょうがないと、国民感情が寛容なら、だったら第4種踏切のままでええやん。で話がループするため、やはり踏切悪者教の信者が増えると、カッテフミキリゼーションで鉄道が衰退し、最終的には交通弱者が移動手段を失うことに繋がりかねないと危惧している。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?