私たちは二段階認証に苦しんでいるのかもしれない (視覚はよみがえる 書評)
どうも、ADHDでも博士号持ってます。red_dashです。
突然ですが最近私は『ペンで紙にまっすぐ線を引く』ことができるようになりました。...え? 当たり前じゃないかって? うん。普通は簡単にできることだと思うのですが、そんな簡単なことが苦手なので私は障害者なのです。
さて、何故うまく線を引けるようになったかと言えば、目の使い方を覚えたからです。重要なポイントは『線を引く際は、目線は線を引く少し先を見る』ことです。この目線の移動は、線を引くだけではなく絵を描く際によく言われる話ですね。
ただし、この目線の移動を理解するだけでは、まっすぐの線を描くことはできません。少し欠けている部分があります。それは『ペンの向きを固定しながら』かつ『ペンを持っている手は過度な緊張は避けて、手の感覚でペンのだいたいの位置を把握しながら動かし』、さらに『周辺視野を使ってペン先の位置を把握しながら』、同時に目線を先に向けることで予測されるペンの移動先を確認するのです。つまり、手と目の感覚を用いた協調運動です。
まっすぐな線を引くだけで複数の感覚入力と、運動の実行を要求します。私には、極めて高度な処理に思えます。にもかかわらず、多くの人は無意識に実行が可能です。では、先に挙げたペンを握る感覚や周辺視野の使用について十分に説明できる人がどの程度いるでしょうか? この実行可能性とその説明の間に解離があるとの理解は、発達障害とそれに伴う困難を理解するために重要な事だろうと私は考えます。
前振りが長くなりましたね。私がこうした考えと行動の改善に至ったきっかけは「視覚はよみがえる」スーザン・バリー著 を読んだことです。本書は斜視のある神経生物学者のスーザン・バリーが、齢40を越えてから立体視を獲得した自身の経験を引き合いに出しながら、視覚系の機能(視機能)について解説しています。
視機能と発達障害
本書でも解説している通り、視機能あるいは視覚と運動の協調は学習障害をはじめとする発達障害(あるいは、その誤診)と深く関わりがあります。例えば本書では、輻輳不全と呼ばれる、近くを見る際に二つの目を協調して動かすことが難しい症状をもつ少年がADHDと誤診された例を紹介しています。さらに重要な点は、正常な視機能が欠けている人がその困難を軽減ないし解消するために取る行動といわゆる発達障害者の行動に類似性が見られる点です。例えば、回転いすで身体を左右にゆすることが奥行きの情報を得る助けとなるケースが紹介されています。この行動は落ち着きのない人にそっくりに見えますが、実際には意味がある行動なわけです。逆に言えば、奥行き情報を得るための両眼視のような機能が十分ならば、回転いすを使った貧乏ゆすりは必要なくなり、やめることができる可能性が高いだろうと、私は推測します。
視機能の制限は社会生活を困難にし得る
本書では、視野の中心となる中心窩の機能、そして周辺視野や両眼視の重要性はもちろん、それらの機能を十分に実行可能な場合とそうでない場合の見え方の違いを解説しています。さらに視機能を強化するトレーニングも記載されています。
両眼視ができてるかどうかを確認するためのテストを実際に試してみると、私は両眼視機能が十分ではないようでした。そこで両眼視機能のトレーニングを試してみました。トレーニングの際に意識的に両眼を協調して動かすと、見え方がいつもと異なることに気づきました。さらに視野の中心だけでなく、周辺視野にも同時に気を配るようにしてみたところ、ペンで線を引くのがうまくなりました。
視覚と触覚を組み合わせて"線を引く"運動が実現したように、複数の要素を組み合わせて何かの作業を実行することはスマートフォンの二段階認証に似ていると私は感じました。二段階認証が従来の認証に比べて安全性が高いのは、皆様ご存知かと思います。例えばスマートフォンをなくした場合、二段階認証は一切通せません。
社会生活の中で五感を用いた二段階認証が要求される場面は結構な数があるかと思います。ペンで線を引いたり、文字を書いたり、ありとあらゆる行為が二段階あるいはより多段階の認証を要求します。では、五感の一部が欠けている人や、五感の一部が弱い人にとって、その社会はどのようなものになるでしょうか。例えば視機能に制限があるひとにとって、文字を書く場面がたくさんある社会はどうなるでしょうか。そうですね、視機能を使う二段階認証が必要な社会生活の場面すべてで制限を受けることになります。そうなれば、当然、人生の難易度は跳ね上がります。
『バリアフリー』という言葉が流行ったのは一昔前の話ですが、バリアフリーな社会は実現したのでしょうか。もちろん、社会が豊かになるにあたって多段階認証はどんどん用いられるようになるものです。一方で、過度に二段階認証を要求する社会になっていないだろうか? という問いを本書を読みながら考えました。
この社会で生活していくためには、障害者であろうがなかろうが、多くの人が当然にこなす程度には、社会の二段階認証をクリアする必要があります。視機能は比較的多くの健常者が活用している、いわばスマホのようなものです。もしあなたも私と同様に視機能に制限があるのならば、その制限を緩和する訓練をすると、少しだけ生きやすくなるかもしれません。本書は視機能の制限に気づき、その解除・回復をもたらすヒントになり得ると私は感じました。
もしよければ、本書を読んでみてください。もし視機能が改善したと感じたら、ぜひ教えてください。もちろん誰もが成功するとは限りません。失敗するかもしれません。挑戦の過程と試行錯誤を積み重ねて、私たちがより生きやすくなる方法を見出していけたら良いと願います。
それでは、素敵な一日をお過ごしください。
red_dash