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桜島へ埋まった鳥居を見に行った話
こんにちは。レスキューナウ危機管理情報センターの一柳です。
見慣れない建物が写っていますが、今回は鹿児島・桜島を訪ねた話です。
桜島は、鹿児島市中心部からほど近く、というよりも海を挟んですぐそば。フェリーが15~20分に1便程度出ていて、まるでバスにでも乗る感覚で船に乗り込みます。ほとんどの観光客は接続する観光バスに乗って桜島を登り、展望所へ行くのが定番コースですが、今回の訪問先はコースから外れた先へ。
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桜島港からバスに揺られること20分、途中で小型バスに乗り換えさらに20分。意外に大きな桜島を細い道を走り抜けてたどり着いたのが、冒頭にご覧いただいた頑丈な待合室風の建物です。でもここが目的地ではありません。目指す場所はすぐ裏にある鳥居です。
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前々から一度見たかった「黒神埋没鳥居」に着きました!
たぶん小学校の教科書か何かで一度見て以来、ずっと訪ねたかった場所です。30年近く実際に見たかった物を見に来られて、感慨無量です。
実は鹿児島までは何度か来たことありますが、意外に遠い&バスが少なくてなかなか訪ねられず。長めに旅行出来た今回こそは、と足を運べました。
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黒神埋没鳥居は、今もこの地にある腹五社神社の鳥居です。1914年(大正3)年1月12日に始まった桜島の噴火で火山灰に埋まってしまいました。もちろん鳥居だけでなく黒神集落の全てのが屋根まで埋まる大きな被害で、噴火後、人々は灰を掘り起こして復興に努めました。その際、当時の村長が「後世に被害を伝える存在を」と指示し、あえて埋もれたまま残ったのがこの鳥居でした。
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と、まるで知っているかのように書いていますが、実は鳥居横にあるミニ資料室と退避壕に張り出されていた地元中学生が調べた学習発表の掲示を読んでの知識です。退避壕もいざという時に備える施設ですし、小中学生がヘルメットを被って下校する姿も見かけました。他にも、島内各地に設けられ道路が寸断された場合に使う避難港も桜島ならではの備えです。そういえば最初に乗ったフェリーも普段は日常生活で使う乗り物ですが、いざという時には避難のために使われる存在だとか。
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火山とともに桜島に暮らす人々にとっては、災害は今も語り継ぎ、そして学び、備える存在なのですね。
そして私も、普段の業務で災害に関する情報を扱っています。もちろん桜島の噴火もニュースとして扱ったことがあります。普段離れた場所のデスクの上で扱う情報を、よりリアルに見られた今回の訪問はとても有意義でした。
最後に
レスキューナウは、日本唯一の危機管理情報の専門会社として、防災分野で様々なサービスを提供しています。防災・危機管理の重要性が叫ばれるなか、当社も事業拡大につきメンバーを積極採用しています。
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