見出し画像

中途退職した教師が保護者から手紙をもらった話

この記事は、前回記事の話の続きである。
この記事からでも十分趣旨は理解できると思うが、興味のある方は、ぜひ↓↓の記事も読んでほしい。


【休職中の結論】退職を決意

2ヶ月間、あれこれ悩んだが、結局、僕は教師を辞めた。
退職を申し出たのは10月だったので、クラスをもったのは、たったの半年間だ。

書くかどうか悩んだが、この決断は風化したくなかったし、
あとで自分が振り返るためにとりあえず書いておくことにした。

では、なぜ辞めたのか?


①校長の本音が見えなかった

これは休職してから分かったことだが、
電話で話していた校長の言葉は、全て教育委員会の伝言だったのだ。

休職して少し経って、ある程度校長と話せるようになってから、
気になったことを質問してみた。
今後の自分の立ち回りとか、職務についていろいろ。

校長の返事はいつも「確認してまた連絡する」だった。
数時間後に電話がかかってきて、答えてくれる。こんなやりとりばかり。

また、別のやりとりで校長の指示を受け入れられなかったり、細かく質問すると
「私はこれ以上回答できないので教育委員会にかけてくれ」
と言われるようになった。

この辺りで、校長は教育委員会のことを伝言しているだけなのが分かった。

伝言してくれるのはいいのだが、その中で校長の気持ちは聞こえなかったのは、
個人的に残念だった。

それまでは、授業について質問すると、ご自身の経験談を交えながら答えてくれるので、質問しがいがあった。
だが、今は自分の身を守るための回答なのだと感じた瞬間、冷めてしまった。


②職員や保護者を盾に復帰をせがまれた

また校長の話になるが、
復帰すべき理由に、職員や保護者を使い始めてきた。

はじめは、
・子どもたちが待ってますよ。
・あなたならできるはずですよ。
のような言葉で励ましてくれたのだが、

気付いたら
・職員の負担が限界に達してきている。
・今復帰しないと、保護者が許さないと思う。
に言葉が変わっていた。これはもう「脅し」のような気がする。

もともと休むにあたって、職員への負担は重々知っていたし、
保護者にとっても良いイメージはもたれないことも分かっていた。
それでも、それを抱える余裕はあの頃はなかったから。

知っていることをあらためて言われるのってムカつくよね。
子どもにもよく言われた。
「宿題しなきゃってときにママから『宿題しなさい』って言われるのが一番ムカつく。今やろうと思ったのにやる気がなくなるんだよ。」と。
俺に話してくれた子よ。今、ようやく気持ちを理解したぞ。


③そもそも休職宣言はしていたのに改善策は0だった

よく考えたら、休職する2週間ぐらい前から、校長に
「いつ休んでもおかしくないぐらい体が限界。たぶん辞めます。」
と話していたことを思い出した。
3回ぐらい話したかな。

校長はその場では、励ましてくれるのだが、
何か変わることはなかった。
変わったことといえば、たまに授業中に後ろに生徒指導の先生が混ざるぐらい。
痛み止めを少しもらったところで、症状が改善することはなかったのだ。


【小括】変わらない職場に見切りをつけた

休職中、いくつかの友達に相談したのだが、そのときに言われたのが
「僕だったら職場に改善を求める。変わらないのなら、職場に見切りをつける意味で退職するかな。」
と。

休職前と休職中に要望は出してみたが、
子どもは特に変わらないし、保護者にもペコペコする姿勢も変わらない。
言われることは、同情を誘うような言葉だけ。

そんな職場ではあと4ヶ月と僅かだが、行く意味はない。
そう考え、退職を決意した。


保護者から感謝された件

いよいよ本題だ。
この流れで、なぜ保護者から感謝されたのか?という話だ。

ある日、手紙が届いた

ある日、帰宅すると、一通の手紙が届いていた。
「〇〇先生へ」と。

恐る恐る中を開くと、
10枚ほど入っていた紙がはち切れるように、封筒から飛び出した。

書いた人は私が担任していたクラスの子の保護者。
子どもは成績優秀で、児童会長も務める、ドラえもんのしずかちゃんのような子である。
保護者はPTA役員を務めている、協力的な方だった。

詳しく書くと身バレしそうなので、手紙の概要をざっくり話すと

・手紙を直接届けてごめん。学校を信用できないので、直接届けてみた。
・休職してからクラスの状況を知った。先生に対して酷い仕打ちで心を痛めた。
・保護者と子どものほとんどが、ずっと心配しているし、復帰を願っている。
・私の子がクラスに呼びかけ、冷やかしていた子が反省し始めている。
・保護者たちで校長に改善を求めたが、取り合ってくれなかった。
・どのような選択をされても私たちは先生の味方である。

という内容。小さい紙にびっしりと文字が刻まれていた。

手紙の内容で一番驚いたのは、保護者は味方だったということ。
全員ではないだろうし、実情は分からない。
でも、そう思ってくれる方がいるだけで、なんとなく救われた気持ちになった。


なんならプレゼントまでいただいた

数日後、自宅に帰ったら紙袋がドアノブにぶら下がっていた。
中を開けると、
「ありがとうございました。皆からです。」というカードと
百貨店の包装に包まれたハンカチが入っていた。

なんだか複雑な気持ちになってしまった。


そもそもなぜ家が割れている?

読んでいる人で疑問に思った人がいるかもしれない。
「なぜ教師の家を保護者が知っているのか?」だ。

当然、住所なんか教えたことはないし、
家の近くで出会ったこともない。

一応、手紙には「子どもたちの話から家を探しました。ごめんなさい。」
と書かれている。

おそらくだけど、自分が行っていた職場は車通勤だった&車がスポーツカーということもあり、車はすでにバレていた。
子どもと話している中で、おおよその範囲はわかるような発言はきっとしていたはず。
あとは、その範囲の駐車場から車を探せば、なんとなくわかるだろう。
(アパートの部屋番号まで分かったのはさすがにびっくりしたが、、、)


手紙を書いて届けてみることに

私は手紙を届けようと思う。学校を介さずに。

正直、これは危険は賭けである。
なんならゴリゴリのアウトである。
バレたらきっと処分だろう。

でも、保護者だって危険な賭けをしてまで手紙を届けてくれたし、
かなり学校に掛け合ってくれたみたいだ。
その土地を去るなら、返事を書いてからじゃないと気がすまない。


いいなと思ったら応援しよう!