もうひとつのFPS
同じ頃、NASAのエイムス研究センターでひとつのFPSが生まれました。同研究センターにはImlac PDS-1というマシンが置かれており、学生達はこぞってプログラムを組んで研究を行う日々を送っていました。作成するプログラムにはゲームなども含まれており、1972年に発売されてから大ヒットを飛ばしていたPongのようなものも存在しました。
1972年、エイムス研究センターの学生だったスティーブ・コレーとホワード・パルマーは、ワイヤフレーム描画使って迷路の中をリアルに歩けるプログラムを作成しようと試みました。しかし、コンピュータの性能はそれほど高くなく細かい角度での描画は断念せねばなりませんでした。
ある日、スティーブ・コレーとホワード・パルマーはブレインストーミングのようにアイディアを出し合って解決策を探すことにしました。アイディアを出し合う中でホワード・パルマーが思いついた「人の移動が90度単位であればこのコンピュータでも迷路の描画処理が間に合うのではないか」という結論に対し、 スティーブ・コレーが「それならできる」と半ば興奮してプログラムを組み上げて「Maze」(1972, Steve Colley/Howard Palmer)を完成させました。
Mazeは16×16マスという非常に小さな迷路を歩き回れるだけのものでしたが、 スティーブ・コレーが実装したワイヤフレーム処理は非常に完成度が高く、陰線処理が施されたフロア内をスムーズに移動させることができたのです。実は、スティーブ・コレーがMazeのプログラムを着手する前に、滑らかに回転するキューブに陰線処理が施すというプログラムを実験的に作成していたため、他の仲間はこのプログラムを見てリアルに迷路の中を歩けるプログラムを夢見ていたというわけです。この迷路の表示アルゴリズムおよび操作方法は後の3D RPGの礎にもなっていくことも知らずに。
Mazeの完成からしばらくして同じグループにいたグレッグ・トンプソンが「迷路の中に人を配置してみよう」とアイディアを出してきました。もう一台のマシンを調達し、シリアルポートで接続して通信処理を行うように改良して2人同時に迷路内を動かすことができるようになりました。1973年のことです。
相手のキャラクタは「アバター」と呼ばれ、見た目はビホルダーのような「目玉のオバケ」で描画されました。この通信ができるようになったMazeを見たスティーブ・コレーは「ただ単に人が2人が歩けるだけではなく対戦できたら面白いだろう」という撃ち合うアイディアを思いつき、すぐさまプログラムを対応させました。こうしてもうひとつの対戦型FPS「Maze War」(1974, Steve Colley/Greg Thompson/Howard Palmer)が生まれたのです(*1)。
Maze Warが開発していたコンピュータがネットワークへ接続されるようになると、グレッグ・トンプソンは即座にネットワーク対応版の作成に取り掛かりました。1974年に完成したネットワーク対応版は、C/S(クライアント/サーバ)システムで構成され、IBM1800をサーバとして利用し、そこへ複数台のクライアントマシンを接続することができました。
同時に遊べる人数も大幅に増え、8人以上が同時に参加できるようになったのです。また、グレッグ・トンプソンはネットワークへの対応だけではなく、 各々がオリジナル形状の迷路で遊ぶことができるよう「レベルエディタ」も同時に作成しました。このレベルエディタがついたネットワーク対応版は、 グレッグ・トンプソンがMITへ持って行ったことで、どんどんと配布されるようになり、多くの改良版が生み出されるようになりました。
ある改良版では別のターミナルを接続ずれば2Dマップの表示がされるようになり、別の改良版ではショートカットキーを押した際に2Dマップが表示されるようになっていました。くつかの改良が重ねられていった末、最終的には迷路内をうろつくロボットを退治するゲームとして完成いくことになります。
1977年、グレッグ・トンプソンがMaze WarをTTLベースで作成、テクトロニクス製のオシロスコープを使ってベクタスキャン表示を行わせるゲーム基板として完成させました。グレッグ・トンプソンが作成したこのバージョンのゲームは4階層の迷路を昇り降りすることができるというスリリングなものでした。
Spasimが先か、Maze Warが先か。いつかどちらのゲームが先に生まれて来たのか、明らかになる日も来るでしょう。しかし、同時多発的に開発されたふたつのFPSは、どちらもシューティングゲームとはまったく関係のないゲームだったにも関わらず、多くの改良がなされたことで生まれた貴重なシューティングゲームだということができます。
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*1 実際にゲーム内でショットを放つことはできないようです。したがって分類者によってはシューティングカテゴリに含めないことも十分ありえます。