世界 2

30分ほどの外出にも関わらず、クタクタになって家に帰る。クロの頭を撫でながら携帯を開く。TwitterもインスタグラムもLINEも全て未読。閲覧数ゼロ。ここまできて初めて疑惑が確信に変わる。どうやらこの世界には私とクロしかいないらしい。携帯を放り出してフローリングの床に仰向けに寝転がる。あり得るのか。こんなことがあり得るのか。これは夢なのか。トゥルーマンショーのように私とクロだけが巨大なセットに誘拐されて全世界に放映されているんじゃないか。しばらくして大きなライトが空から落ちて来るんじゃないだろうか。ここまで考えて頭を振る。馬鹿らしい、あれは映画だ。じゃあこれは?今の私に起こっていることは疑いようのない現実であった。この世界では映画よりも映画らしいことが起こっている。ならばこれは夢か。しかし、夢にしては随分リアルだ。これが現実なのか現実ではないのか。ぐるぐる考える。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。

目覚めた時には日がすっかり落ちて部屋の中は真っ暗だった。考えているうちに寝てしまったらしい。エアコンの稼働音がリビングに響き渡っている。お腹空いたな。そういえば朝から何も食べていない。ハッとして叫びながら飛び起きる。クロ!その瞬間足元で何かがビクッと動き、頭を上げた。驚かせてしまったことを謝りながら、頭を撫でる。時計は19時を指している。二時間ほど眠ってしまったみたいだ。ボーとした頭で考える。やはり昼間のあれは夢だったのではないだろうか。さっきの昼寝で見たやけにリアルな夢じゃないのか。そうだ。きっとそうに違いない。クロを抱えて玄関のドアを開ける。日が暮れてもこの時期はまだ暑い。そして、静かだ。無音だ。あー!叫んでも暗闇がすぐに私の声を包んでしまう。どうしようもなく悲しくなって、泣きそうで、すぐにリビングに引き返した。腕の中のクロがつぶらな瞳で私を覗き込む。ごめんね。そう呟いてクロを床に降ろし、餌をやる。自分も冷蔵庫にあった野菜炒めと鶏肉のさっぱり煮にありつく。この世に生き物がいないのだとしたら私は近いうちにベジタリアンだかヴィーガンだかになるしかないんだろうなあとぼんやり考える。お肉をなるべく冷凍しておかないとなと考えながら、目の前の鶏肉をつつく。お母さんの手料理を食べれるのもこれまでか。びっくりした。母の料理が食べられなくなるのは数十年先だと思っていた。昨日まではそれが当たり前だったのである。当たり前に明日が来て、当たり前にみんながいると思っていた。いつだったか、余命数ヶ月の少女が結局は余命前に事故死してしまうという小説を読んだ。なんだこれはと釈然としない思いを抱いたのを覚えている。誰もが死を隣に従えていることを分かった上で生きているのに、こんな終わり方は感動でも教訓でもなくただの作者の職務放棄だと思った。でも、と思う。あの小説は正しかったのかもしれない。私の日常はあまりにもあっけなく崩れ去ってしまった。就活だと騒ぐ周囲に嫌気がさす日々も、お金がないと友達とだべる日々も、起床が遅いと小言を言われる日々も綺麗になくなってしまった。なくなる時は一瞬だった。食欲がすっかり失せてしまったので食事を中断する。テーブルを片付けている間も思考は止まらない。そもそもみんなはどこに行ったのか。たった一晩で全世界の生き物が消え失せるなんて。それとも私とクロだけがパラレルワールドとやらに入り込んでしまったのだろうか。いつまでこのままなのか。クロを見る。クロがいなくなった後、私は一体どうやって生きていけばいいのだろうか。

シャワーを浴びてベッドに横になる。クロも同じ布団に入る。暗闇と静寂がゆっくりと降りてくる。静かで、本当に静かで気が狂いそうだった。明日、目が覚めたら元の世界に戻っていることを祈った。神様でも仏様でも何でもいいからここから出してください。そっと目を閉じる。クロの小さな寝息と自分の血管がごうごうと流れる音が聞こえる。どうか目が覚めた時には全てが元通りになっていますように。

#私小説 #小説 #100文字前後

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