梅ほころぶ

　夕食の支度を手伝おうと、セイばあちゃん家の裏庭に回ると梅の花が一二輪、咲き始めていた。梅の花が咲き始めているよと話したら「梅ほころぶ」だねとセイばあちゃんが一人ごちした。初めて聞いた花がほころぶってなんのことって私は尋ねてみた。セイばあちゃんは梅の蕾を指さしながら「梅の蕾は他の花と違ってギュって固く閉ざされているんじゃ。その固い蕾が緩んでほどけていくように見えたことから、梅だけは咲くではなく縫い目や綴じ目が解けるという意味で”ほころぶ”と言われるようになったんだと。まだ寒いこの時期に、他の花より先に咲く梅は昔の人々には特別な想いがあったんじゃろね。それにしても、今日の日差しは暖かかったからいつもより早く咲いたんじゃろな。目を細め梅の花を見上げるセイばあちゃんを眺めながら”ほころぶ・ほころぶ”と心の中で繰り返し呟いてみる。そうか、私がここに来てから感じていたことは、これだったのか。今まで、固くギュッとしていた私の心がここに来て知らぬ間に少しづつ”ほころん”でいたんだ。零れ落ちそうな涙を見られないよう慌てて台所へと向かった。越冬大根の泥を落としながら、今の自分がセイばあちゃんのために出来ることをあれこれ考えてみる。
　私がここに来て受けた衝撃を、とりあえずネットの世界にあげてみよう。今まで、人の評価が怖くて自分から発信したことはなく、人の情報を見るだけだった。でも、ネットの世界では土や花に香りがあることは解らなかった。同じ食材で違う料理が作れることを教えてはくれたけど、誰と何処で食べたら美味しいかは教えてくれなかった。ネットの世界には何でもあると思っていたけど、実際は何も体験していなかったことに気づいた。パソコンは、美味しいご飯や漬物の映像は見せてくれるけど、口に入れられるご馳走は提供してくれないよね、当たり前のことだけど。そんな、当たり前のことすら忘れていた自分に呆れてしまう。本当に私は世間知らず。米のとぎ方すら知らず、ここで暮らしていけるのかとセイばあちゃんに呆れられてしまった。