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#12 集客ノルマを言われているのですが
会社員の依頼主から、自社の展示会の集客ノルマを達成するための代理来場依頼。来場予定だった方が急遽キャンセルになったらしい。
依頼の問い合わせの翌日に来て欲しいとのことだったので、相当切羽詰まっていたことが伺える。
メールで服装や集合時間をすり合わせ、会場近くの待ち合わせ場所へ。
依頼主は推定30代前半の男性で、いかにもサラリーマンな出で立ちの黒スラックスに白シャツ姿だった。軽く挨拶をし、代理来場だとバレないように簡単な打ち合わせをした。
依頼主はいわゆるOA機器のメーカー兼販売会社の営業マン。
今、会社の新機種の展示会をやっていて、そこに得意先を招待せねばならないうえ、招待人数のノルマが決まっているという。それをクリアしないと評価に響くので依頼をしてきたとのこと。
やるべきことは概ね理解したので、会場に向かって歩きながら依頼主のことを聞いてみた。
依頼主は地方都市の大学卒業後に上京してきた人で、学生時代はバンド活動に全ての時間を捧げたらしい。本気でデビューを目指し、休学して活動に専念したものの結局芽が出なくてバンドを辞め、ノルマの厳しいOA機器会社に就職し今に至る。ちなみに大学卒業には8年かかったとのこと。
そうこうしていると展示会の入口に着いたので、依頼主の得意先へと気持ちを切り替え、受付で事前打ち合わせで指示された会社名と名前を名乗り入場。依頼主から新機種の営業トークを数分聞きながら、へぇとかふぅんとか適当な相槌を打って最後にパンフレットをもらって依頼終了。
依頼主は見送りますねと、一緒に展示会会場を出て、帰り際に封筒に入ったレンタル報酬をもらった。急な依頼だったので、と言って私の提示額より色をつけてくれている封筒を手渡す指には結婚指輪が光っていた。
ほんの数十分の時間だったけれど、依頼主の青春と現在と未来を垣間見た気になって、映画にもなった浅野いにおの名作「ソラニン」にハッピーエンドがあったらこんな感じだったのかな、と依頼主の姿に重ねた。