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ー古い脳vs新皮質ーの新時代

 これから世界は新時代を迎える。既にあちこちで前震が起きているが、多くの人は新時代の方向性を知らないため、ただただ混乱している。
 ニュースを見て不安になったり、怒ったりして、それで終わりである。
 
 コロナ禍が起き、世界規模のサプライチェーンの脆弱性が明らかになった。ロシア・ウクライナ戦争が勃発して原油高になった。それらの要因によって物価は上がり贅沢はできない。日本の若者はかねてからのジェンダーや男女論の隆盛でただでさえ恋愛から遠ざかっていたのに、自粛と不景気で婚姻減少に拍車がかかっている。少子化対策はされず、高齢化は進む。
これらはバラバラのようで、一つの物語を共有している。
 
 結論から言うと、古い脳VS新皮質、という対立の物語を知れば、視界はかなり明瞭になる。逆に、この対立軸の概念をもって世の中を観察しなければ、殆ど盲視覚になってしまう。
 
 まず古い脳は呼吸、飲食、セックス、反射反応など、生存と生殖に関する能力を司る。
 一方で新皮質は視覚、触覚あるいは言語、長期的計画などの高次の機能も果たす。
 新皮質は爬虫類にはない。しかしワニが無意識の生物とは思わないだろう。古い脳だけでも複雑な群行動や子育てはできる。
 新皮質は哺乳類全般にあるが、人間の場合は特に大きい。新皮質の視覚野、触覚野は古い脳の視覚、触覚を司る部分と繋がっているから置いておくとして、言語野や抽象的な思考を司る野は人類の知性の源と言える。
 
 理解を簡単にすると、古い脳は欲望の司令塔であり、新皮質は知性の源なのだ。
 
 古い脳が司る欲望は多岐に渡る。三大欲求と呼ばれる食欲、性欲、睡眠欲だけでは済まない。縄張り意識、階級意識、承認欲求、名誉欲は、群で生存し、また地位を上げて生殖を有利にするための感情で、古い脳に属する。
 ナショナリズムは縄張り意識だし、大企業に就職して高級車に乗るのは人間社会で己の階級の高さを示すシグナルになる。リゾート地でのパーティー写真をインスタに掲載する(私は地位が高い!)のも、ポリコレの番人となって道徳的違反者をツイッターで糾弾する(私も地位が高い!)のも原始的欲求に他ならない。
 根っこには「遺伝子の増殖」がある。生存し、生殖し、遺伝子を多く残すための行動だ。
 
 一方で、新皮質が司る高次の思考とは学問や複雑な信念体系である。数学的思考、物理学的観察などの科学は人類の特権だ。あるいは、宗教、政治的イデオロギーもまた新皮質のなせるわざである。
 
 なぜ我々ホモ・サピエンスが地球の支配者になれたのか。ユヴァル・ノア・ハラリの説に従えば、フィクションを信じる力があったからだ。
 もしチンパンジーとそこら辺にいる人間を一匹と一人ずつ無人島に置き去りにしたら、生き残るのはチンパンジーになるだろう。10対10でも、生存率はチンパンジーに軍配が上がる。チンパンジーには体毛も、片手で木にぶら下がれる筋力も、頑丈な歯も、果物を発見できる嗅覚もある。
 だがもし1000対1000なら人類は勝者になる。なぜなら1000匹のチンパンジーが単独もしくは小さな群で行動するのと対照的に、1000人の人間は協力し合えるからだ。歴史的に、人類は容易に1000人規模で協力した。現在を見ても、町では互いに知らない人同士が整然と社会システムを動かしている。もし1000匹のチンパンジーが一か所に集められたら大パニックだ。
 
 千人でも一万人でも人間が協力し合えるのは、フィクションを信じられるからだ。個人的に知らなくても、同じ神の名前を唱える者同士なら連帯できる。言葉が通じなくても、お金による取引を信じている者同士なら奪い合わずに済む。
 お金はただの紙だ。食べられも、着られもしない。だが「この紙には価値がある」というフィクションを信じる能力があるので、驚異的な規模の協力関係が結べるのだ。
 
 さて、このフィクションを信じる力の源はどこかというと、新皮質なのだ。神話、輪廻転生、資本主義などの虚構の物語は、高次の概念だ。ワニは天国を持たない。チンパンジーほどの知能があっても、政治的イデオロギーは語れない。
 
「科学」も「宗教や政治的イデオロギー」も高次の思考である。だが今やこの二つは道を分かちはじめた。
 神や輪廻転生は、人々が協力し合う道具としては極めて有効で、文明発展に不可欠だった。ただし問題がある。それらの信念体系自体は新皮質の賜物だが、利用する者は得てして古い脳の欲望を持っていた。
 例えば「聖戦で殉死すれば天国に行ける」とか「堕落した異教徒を来世で救済するために、現世では殺害すべき」とかの類である。権力者は、神や輪廻転生という複雑な信念体系を利用して、縄張り争いや自己の地位向上という原始的欲望を満たそうとする。
 政治的イデオロギーも同様である。かつての共産主義にしろ、現代の左翼や右翼、ポリコレにしろ、その理論は新皮質ならではの複雑さ(荒唐無稽かどうかさておき)を有しているが、活動者の動機は支配欲や名誉欲だ。政治的イデオロギーは新皮質由来でも、政治的運動はすべからく古い脳の衝動だ。
 市民のまとめ役たる政治家がナショナリズムにしろ、ポリコレにしろ、虚構の物語に言及せずにはいられないのは、それこそが人間が団結する鍵だったからだ。
 
 対照的に、科学的思考は語弊を恐れず言えば、新皮質で完結する純粋な知性である。微分積分で人々を団結させようとする者はいない。宇宙の誕生や、生命の進化、物理法則。これらを思考する時、古い脳は出番がない。
 
 つまり今の世界には三種類の人がいる。
1 古い脳の欲望を動機に動く者
2 新皮質の信念体系を利用して古い脳の欲望を満たす者
3 新皮質で思考する者
 
 当然、この三つは一人の人間の中に混在している。だが比率が問題だ。1と2に偏っている者もいれば、3が色濃い者もいる。
 2は所詮、1の同族で古い脳グループである。対立軸はやはり「古い脳VS新皮質」となる。
 
 ところで、3に属する新皮質で思考する者とは誰かというと、世界のエリート達である。エリート達は、遺伝子の増殖のみへ指向する古い脳から解脱したがっている。
 だからグーグルのアルファベット社は、多額の資本を再生医療という名の不老技術に投資している。不老になりたいという願望は、生にしがみついているようで実際は生殖からの離脱を意味する。不老になった生物は、もう繁殖する必要がない。
 生殖に至るまでの求愛プロセスは人類から多くの資源を奪っている。プレゼント、高級レストラン、見栄えのいいスーツや車。それら生殖に関わる商品がごっそり社会からなくなれば、資源は知的営為にもっと費やされる。
 テスラの宇宙開発も、人類の知的産物を残そうという試みに思える。1974年に『アレシボ・メッセージ』を宇宙のどこかにあるかもしれない文明へ送信したのと地続きなのだ。宇宙で人類が繁殖するのが目的というより、人類の知性を宇宙のどこかにバックアップとして保存する意味合いが強い。
 不老や知性の保存は、地球環境保護へ繋がる。
 不老になっても、その時に自分らの住めない地球になっていては意味がない。宇宙に残すには人類の知性はまだまだ未熟だ。地球をできる限り存続させ最終的には、不老になったエリート達はまさに聖書にあるような箱舟に乗って悠久の間、宇宙を旅するだろう。己の生命や生殖のためではなく、人類の知性を伝えるために。新皮質の者らしく。
 
 すでに序章は始まっている。
 基本原理として、我々庶民は省エネを余儀なくされる。以下はエリート達が考える資源の浪費事項である。これらが縮小する方向へ世の中は動いていくことになる。
 
・出勤(毎日の人間の移動。交通機関の運用)
・仕事(大量のエネルギーと資源の使用)
・地球規模のサブプライムチェーン(人々の消費欲によってモノが世界中を移動する)
・旅行(人間の移動に伴い電車、飛行機が使用される)
 ・恋愛(人の生殖プロセスに伴う消費行動)
 ・出産(人口が増える)
 
 仕事をして、お金を稼ぎ、モノを消費し、恋愛し、結婚する。これらの活動は高級品になり庶民が手を出すのは困難になっていくだろう。代わりに以下のような技術開発と政策が促進されていく。
 
 ・リモートワーク(出勤という無駄をなくす)
 ・ベーシックインカム(人類の知的発展に寄与しない労働をなくす)
 ・3Dプリンター(世界のどこでも地産地消し、運搬エネルギーを削減する)
 ・仮想現実(移動のエネルギーをなくす)
 ・男女平等への啓蒙(恋愛機会を減らす)
 ・少子化促進(人口を減らす)
 
 エリート達は知的エリート故に、暴力などによるディストピア的社会変革を望まない。
 そもそも彼らの動機は古い脳の欲望を起点としていないのだ。新皮質の知性でコマを進める。
 おそらく、一見すると上記の思惑は巧妙に隠される。古い脳優位の人々との衝突を避けるためだ。矛盾しているようだが、時には宗教や政治的イデオロギーも利用されるかもしれない。だが根底にある動機が、エリート達自身の生命と生殖ではなく、知性の発展と保存だという特徴がある。
 
 これはかなり長期的な現象である。直近はまだまだ世界は古い脳偏重で進む。戦争もあるだろう。
 そして我々に何かできるわけでもない。ただ、このパラダイムシフトを楽しく観察しようではないか。

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