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「寝るだけのまち」に生まれた、繋がりを仕込む地域の台所 | 料理教室&キッチン付きレンタルスペース/アオイエ 埼玉県草加市(2020年掲載事例記事)

※本記事は、弊社旧ウェブサイト(rerererenovation!)からの移行記事です。2020.3.6に制作/更新されたもので、登場する人や場所の情報は、インタビュー当時のものです。



アオイエってどんなところ?

埼玉県の南東部に位置し、古くは旧日光街道の宿場町として栄えた草加(そうか)市。国の名勝に指定された「草加松原」をはじめ、歴史的建造物などが今も姿を残す土地です。昭和の団地ブームに乗って1962年に「東洋一のマンモス団地」と言われる松原団地が市内に誕生したことを皮切りに、一気にベッドタウンとして宅地開発が進行。近年も東武鉄道や地下鉄日比谷線相互乗り入れなどにより都市化が進み、次々とマンションが建ち並び、東京までの利便性の高さと手頃な価格からファミリー世帯を中心とした若い世代が増え続けています。

代々街道沿いに暮らしてきた“古株”と、暮らしを求めて都会からやって来た、いわゆる“新顔”が共存する面白いまち。そんななか、草加駅前にある木造の2階建てアパート「八幡荘」をリノベーションして生まれたのが、地域のダイニングキッチン「アオイエ」。食を通じて人と人が繋がる場づくりに挑戦する姿を追いました。

株式会社aoieでは、料理教室「キッチンスタジオ アオイエ」とキッチン付きレンタルスペース「カリイエ」を運営中。
アオイエの立ち上げメンバー。左から山本文子さん、上原美香さん、代表の白田和裕さんと内田陽一さん、RIKKENさん(提供:すべてアオイエ)


アオイエができるまでのストーリー

STEP 01 こんな経緯から始まった

人口が増えれど、地域コミュニティは弱まるばかり

八幡神社の鳥居をくぐって参道を抜けた先にアオイエはある(撮影:rerererenovation!編集部) 
改修前の「八幡荘」。役目を終えて取り壊しを待つばかりだった建物が地域交流の場に生まれ変わった(提供:アオイエ)


始まりは、2017年9月に開催された「第2回リノベーションスクール@そうか」。4ユニットが3日間にわたり、草加市内の空き家・空き店舗を対象物件として、物件を舞台にエリアに変化をもたらす事業プランの提案に取り組みました。そのユニットのひとつが、のちのアオイエメンバーだったのです。

草加市は、2015年から駅東口周辺(旧道沿道エリア)のエリア価値向上のために、民間主導・公民連携の体制で「リノベーションまちづくり」に取り組んでいるまち。市が発表した統計によると、2020年2月1日時点の人口は24万9,598人。全国と比較すると、35~44歳の比率が高く、50~64歳及び75歳以上の比率は低くなっており、総人口は増加傾向にあります。しかし、住民間の交流の機会が少なく、地域コミュニティは以前に比べて弱体化しているという課題も。

「草加には若い世代が増えているのに、祭りの詰所には『担ぎ手募集』の紙が貼られるなど、地域の文化を支える人が減っている。まちがどんどん寂しくなっている状況にモヤモヤしていました」と白田さん。

「寝るためのまち」から、「自分に合ったライフスタイルやワークスタイルを築けるまち」へ。そんなまちのビジョンを掲げたチームは、与えられた草加駅から徒歩5分、旧日光街道沿いにある築54年の木造2階建てアパート「八幡荘」を舞台に事業を描くことに。


STEP 02 事業計画を立てる

“食”で人と人をつなぎ、“食”から人とまちがつながる

アオイエ改修後。断熱材を入れて合板で覆うことで、断熱性能と耐震性能の両方をアップ。改修にあたり、現在の建築基準法において不適合になる屋外階段は中に移動した(提供:アオイエ)
家具はすべて造作。床のオイル塗装やタイル貼りのワークショップを開催して、可能な限りを自分たちでD.I.Y.(左:アオイエ提供、右:rerererenovation!編集部撮影)


希薄化した地域コミュニティを取り戻すために必要なものとは何なのか。地域に変化を起こす事業を練り続けた末に、リノベーションスクールで発表したプロジェクトは、「キッチンスタジオ アオイエ」。家と会社を往復するばかりになりがちなエリア在住のパパたちをターゲットにした料理教室を開き、地域交流を育むのが狙いです。

旗振り役となったのが、当時産業振興課だった安高昌輝さん。草加愛に溢れる彼の猛プッシュもあり、スクールの翌月にはユニットメンバーからの有志が集まり事業化を検討、翌年2月にまちづくり会社を立ち上げます。

経営管理は不動産投資も行う専業大家でFPでもある内田陽一さん、建築設計は一級建築士の白田和裕さんと設計デザイナーの山本文子さん、ロゴやWebデザイン、フライヤー、SNS発信などはアーティスト・デザイナーのRIKKENさん。地元で子育てする主婦の上原美香さんは、マーケティングや広報を担当することになりました。

そして、2017年9月22日、「八幡荘」のリノベーションがスタート。内装やキッチン設備のデザインは山本さん、施工管理は白田さんがデザインを行い、大工さんが施工。それまで料理教室を設計したことのない山本さんは、内田さんとともに都心で展開する大手クッキングスクールに入会。必要な設備など念入りにチェックしてプランを組み立てていきました。

しかし、資金面で想定外の事態が発生します。


STEP 03 資金調達

予期せぬ出費で膨らんだ予算

オープン日まで準備期間は7ヶ月。実際に工事を進めていると、思わぬ落とし穴がありました。

「建物の改修費が想定よりも大幅にオーバーしたんです。最初は500万円に収まるはずだったのに、蓋を開けてみたら建物の設備が想像以上に古く、排水や給水などの工事費を追加して最終的に600万円かかりました」

7年の回収計画で見積もった事業への初期投資金額は、総額820万円。その内訳は建物改修に600万円、仲介手数料に3万円。キッチン設備に60万円、テーブルなどの造作など什器の設備に60万円。ホームページ設置費用に10万円、広告宣伝費に7万円。会社設立費用に24万円、その他6万円。予備に50万円。

それらの資金は、自己資金としての資本金が120万円(設立メンバーで出資)、日本政策金融公庫からは600万円の融資を受けました。さらに、物件のオーナーさんにプロジェクトの思いを伝え、当初の解体費用として予定されていたという100万円を寄付してもらうことで、想定外にオーバーしてしまった改修費をカバーすることができました。また、月5万円だった家賃を2年間だけ3万円に引き下げてもらえることに。

「あわや資金不足となるところだったので、とても理解があるオーナーさんで助かりました。D.I.Y.も手伝ってくれるなど、資金面以外でもたくさんのサポートをいただきましたね」と内田さん。


STEP 04 広報と体制づくり

ローカルの事業者にこだわり、地域のファンを育てる

地元で飲食店を営むシェフに講師として立ってもらうことで、まちのなかに顔見知りを増やしていく。お酒を飲みながら気兼ねなく話せるのもポイント。
本格的なスイーツクラスは親子で参加O K(提供:すべてアオイエ)


リノベーションと並行して、料理教室の運営体制も整えます。講師は「なるべくローカルにこだわりたい」と、草加市内の事業者に直接オファー。「料理の腕だけでなく人柄」を重視したそう。

「メンバーが各々『この人に教わってみたい』と思う方に声がけをしました。その方自身にファンが付いていれば、きっと料理教室にも来てくれるはず。SNSを通して問い合わせが来た方は面接をして決めました」と内田さん。

コミュニティをつくるキーパーソンとなる方たちだからこそ、選定は慎重に行ったそう。そうして、6人の講師がオープン前に決定。講師はアオイエからの業務委託とすることで、継続的に教室を開いてもらうことを約束し、月ごとにアオイエから日程を打診する仕組みです。

教室には、必ずアオイエのメンバーが1名同席して全体をフォロー。細やかな運営方法については、クッキングスクールでの講師経験を持つ人たちにヒアリングを繰り返してブラッシュアップしたそう。料理教室以外の時間は、キッチン付きレンタルスペースとして貸し出すことにしました。

そして2018年4月28日、アオイエはオープンの日を迎えます。


STEP 05 オープン

半年間続いた赤字。プロからのアドバイスをもとに軌道修正

流し素麺やサンマの捌き方教室など、アオイエでは季節や旬を感じられるイベントが人気(提供:アオイエ)
リノベーションスクールから事業化した案件が紹介されているマップ。これを見てアオイエの料理教室に参加した人もいたそう(マップデータ:草加市)。


ようやくスタート地点に立ったアオイエ。まずは実績をつくるため、最初の2ヶ月間は毎日のように料理教室やイベントを開催しました。しかし、その先に待ち受けていたのは想像以上に厳しい現実でした。

「料理教室は1回5,000円、レンタルスペースは3時間7,000円でスタートしました。設備も充実しているし、シェフ自らが教えるからその金額は妥当だろうと思っていましたが、それが大誤算でした」と白田さん。

奥まった立地にあるため、広報しなければ見つけてもらうことはほぼあり得ない。ポスティングしたり、地方紙に掲載してもらったり、地元の学校のPTAの会合に出席して紹介したり。やれることはすべて行っても、申し込みがたった1名の日も……。

結果を言えば、アオイエの赤字は2018年10月まで続きました。特に9〜10月は売上が一番落ち込み、「よく耐え忍んだよね」と皆さん。転機が訪れたのは、オープンから9ヶ月後の2019年1月。リノベーションスクール参加者へのアフターフォローとして、株式会社アフタヌーンソサエティの清水義次さんからアドバイスを受けることになったのです。

清水さんがまず提案したのは、「アオイエ=料理教室」というイメージを定着させるために料金を見直すこと。5,000円で設定していた価格を4,000円以下に下げ、参加へのハードルを低くするのが狙いです。その代わり、品目を減らして時間も短縮。内容も高度なものより「家でも再現出来る簡単なもの」にしました。平日はサラリーマンが来やすい時間と内容に、週末は子供連れや家族向けの内容にと、ターゲットや日によって最適なコンテンツを割り振ることにしました。

さらに経費削減のために取り入れたのが、いくつかの枠には料理上手な内田さんが自ら講師として立つこと。実験的に始めてみると、これが大当たり。「ワンコインおつまみ教室」や「魚のさばき方」など、お酒を飲みながらクラブ感覚で参加できるイベントはターゲットのサラリーマンの心を掴み、今や人気のコンテンツのひとつになりました。

レンタルスペースの金額も再設定。3時間7,000円だったところ、平日9:00〜18:00は1時間900円、18:00〜21:00は1時間1,000円、土日は終日1,500円に引き下げ、菓子製造許可を取得。これまで自社サイトのみ掲載していた情報をレンタルスペースの予約サイト「スペースマーケット」などに載せたことで利用者が増えるように。週末は料金を高く設定しているにも関わらず、クリスマスやハロウィン、誕生日パーティーなどイベント目的の利用が多いそう。2019年秋頃からは、近隣のマルシェ出店者がお菓子工房として利用するケースも増えました。

「失敗を経てからのタイミングで清水さんからのアドバイスを受けられたのは良かったですね。徐々に新規の予約も増えて、『風向きが変わった』と感じるようになりました」と白田さん。

内田さんも、「正直、金額を下げてまた上げるのは難しいと思っていたんです。でも、清水さんから『稼働率が上がれば価格が上がっても使いたい人は必ず使いますよ』と言われて、すごく納得しました」と振り返ります。


STEP 06 今後の展望

「食」をキーワードに地域住民の架け橋となる

地元精肉店「肉の日山」の店主が自ら家庭でも簡単にできる肉料理を伝授。
アオイエのリピーターで山形出身の夫妻が企画する芋煮会。市民自らが主催者として関わる機会が増えている(提供:すべてアオイエ)。


オープンからまもなく2年。内田さんは、「ようやくアオイエに集客力が生まれて良い循環が生まれつつある」と言います。それは、これまで地元の各店のファンだった人が、アオイエに料理を教わりに来るようになったこと。そして、料理教室に参加したことで講師とより深く知り合い、後にお店へのお客さんとして訪問するという循環です。

料理教室の参加者の層も変化しています。最初は30〜40代の女性が多かったそうですが、「最近は夕食を兼ねて来られる20〜40代の男性も増えました。職場で缶詰になっているより、料理をしながら人とコミュニケーションが取れるのが楽しいみたいですね」と内田さん。ちなみに、リピーター率は6〜7割くらい。

さらに、料理教室が新しい生きがいになったという講師も。「肉の日山」を営む日山さんは68歳。その深い知識をもとに、「元気なうちに肉の扱い方を主婦のみなさんに伝えたい」と考えていたところ、白田さんと出会い、アオイエで料理教室を開くことになったそう。

「日山さんは東京の日本橋人形町にある肉の老舗『日本橋 日山』の唯一の暖簾分け店で、その技量や見識は素晴らしいもの。以前はスーパーで買い物していた参加者も、『日山さんからもっと教わりたくて、お店までお惣菜を買いに行くようになった』と話しています。日山さん本人も、『人に教えることで元気をもらえる』と喜んでいますね」

まちのなかに顔見知りが増えると、自然とまちに対する愛着も湧いてくるもの。

「今思えば、最初から『コミュニティをつくりたい!』って意気込みすぎても怪しいだけですよね(笑)。そんなことをしなくても、アオイエの活動を続けていれば勝手にみんながつながっていく。『自分もまちのために何かしたい』と当事者意識を持つ方が少しずつ増えているのは嬉しいです」と白田さん。

今後は、一緒に地域を良くしたいと思う人たちの立ち上げをともに出来るように、アオイエ運営と並ぶ新事業として、これまでの実践とマーケティングのデータ、そしてそれぞれの本職の技量を活かした不動産・建築部門を立ち上げるそう。

大切なのは、等身大で感じるまちへの違和感、実現したい未来図を信じて、まずは自分が挑戦者になること。そして、まちの人たちを観察し、声を聞き、場をつくっていくこと。そして、プロのアドバイスを柔軟に吸収すること。ベッドタウンを舞台に“食”を軸にまちと人、人と人の関係性をつなぐアオイエの挑戦は、まだ始まったばかりです。


(文:rerererenovation!編集部)

料理教室&キッチン付きレンタルスペース アオイエ
住所 埼玉県草加市高砂2-20-7
URL https://www.aoie.jp/
運営 株式会社aoie