「日常を、劇場へ」。通りと公園から池袋の居心地を変える挑戦エリア再生/グリーン大通り 東京都豊島区(2019年掲載事例記事)
グリーン大通りってどんなところ?
池袋駅東口からまっすぐ伸びる「グリーン大通り」。この通りを駅から5分ほど歩くと、「南池袋公園」に辿り着きます。ありえないと思っていた風景が実現した、あの注目の公共空間です(参照:「近づけない場所から、地域の誇りへ。南池袋公園のつくり方」)。
日本の公園でよく見かける、犬の散歩禁止、バーベキュー禁止、ボール遊び禁止、スケートボード禁止……。実はこれ、法律で決まっていることでも何でもなく、公園ごとのルールなのです。一部の利用者の無責任な行動があったり、一部の周辺住民からの苦情があったりなど、行政はそういった事態が起これば対応せざるを得ないから、公園管理者や運営者はそれらをあらかじめ片っ端から禁止する。この繰り返しによって、公園はまるで“禁止事項のデパート”のようになっているという現状があります。
ところが、南池袋公園にはそんな窮屈さがありません。広い芝生の上で人々は自由に集い、一角でヨガ教室が行われていたり、野外シネマの上映される夜があったり、屋台の並ぶ週末があったり。こんな伸びやかな風景をつくった仕掛け人のひとりが、豊島区生まれの青木純さん。彼は今、公園の賑わいをグリーン大通りやその奥のエリアまで大胆に広げようとしています。公共空間を市民のリビングのように居心地のいいものにすることで、長年「商い中心のまち」であった池袋を、「暮らすまち」へと変えゆこうとするプロセスをご紹介します。
グリーン大通りができるまでのストーリー
STEP 01 こんな経緯からはじまった
“商い中心のまち”池袋に、変化の兆しが
青木さんが行政との連携を含め総合プロデュースした南池袋公園のオープニングイベント様子(動画:LENS)
「『池袋へ買い物に』はあるけれど、『池袋で1日ゆっくり』は、しないかな」。多くの人がそう思うように、大規模商業施設の密集する池袋は長年、商い中心のまちというイメージが定着していました。商業施設の中は賑わっても、まちの活気に結びつかない。そんな課題を抱えていた池袋がドラスティックに変化し始めたのは、2016年4月の南池袋公園オープンがきっかけでした。この公園でくつろいで過ごすために訪れる来街者が増えて、その賑わいがまちに溢れ始めたのです。
その仕掛け人のひとりになっていたのは、青木純さん。公園内カフェ「Racines FARM to Park」のオーナーである金子信也さんより公園オープニングレセプションの制作・運営の依頼を受け、以降、公園運営の当事者として携わってきました。2016年4月に豊島区で開催された『リノベーションスクール@都電・東京』でアドバイザーを務めた青木さんは、対象案件となった南池袋公園と向き合う機会を得ました。青木さんは、「賑わいのある公共空間をつくると、まちの価値は上がる」と確信したと言います。
「居心地がよく賑わいのある公共空間ができると、まちに訪れる人が増えます。すると、周辺の雰囲気が変わり、近くの個店も賑わい、エリア全体の活性が高まり、ここに暮らしてみたいと思う人が増えていく。南池袋公園は、そんな効果を明快に示していると思います」
STEP 02 挑戦の始まり
賑わい創出の実施者としてnestが選ばれる
一方、公園が地域にもたらした効果をもとに、豊島区は “賑わいの創出”を重点政策として掲げることに。そもそも“賑わい”とは定義のあいまいなものですが、公園のリニューアルを経てその価値を認識し、政策の中心に据えたのです。それに伴い、公園からの賑わいを隣接するグリーン大通りに着実に拡大することを目的とした『グリーン大通り等における賑わい創出プロジェクト』実施者の公募が行われました。実は、グリーン大通りは2016年4月より国家戦略特区として指定されていましたが、特区であることを活かし切れていなかったのです。
「公共空間が市民のステージとなるようなまちにしたい」と常より考えていた青木さんは、行政と市民をつなぐ架け橋の役割を担う会社を立ち上げることを考えます。近い将来公共空間や公共施設のリノベーションが非常に重要なテーマになると予測し、その事例を発信し続けていた株式会社オープン・エーの馬場正尊さん、そして、「としま会議」やリノベーションスクールなどで共に活動し、マルシェの企画や募集運営を担っていた飯石藍さんと宮田サラさんらと共に、株式会社nestを立ち上げて、このプロポーザルに応募。そして、実施者として選ばれることに。nestが地権者組織であるGAM(グリーン大通りエリアマネジメント協議会)のアドバイザーとして賑わいづくりの実行部隊となり、プロジェクトは始動します。
「単なる賑わいではなく『自然と笑顔の溢れる賑わい』をつくりたい」という強い意志を持っていた青木さんの脳裏には、いくつかの具体的な構想に基づいた風景がすでに浮かんでいました。それはたとえば、公園空間でウェディングパーティが始まると、たまたまいたまわりの人たちから「うわぁ」「おめでとう!」と祝福の拍手が沸き起こる風景。見慣れた日常が、劇場となる瞬間です。それからたとえば、始めは公園に来るだけだった人たちが、「ヨガをやってみたい」「マルシェに出店したい」という思いをふくらませ、従来の「使い手(利用者)」の域を超えて、次第に公園空間のつくり手として育っていく風景。人々に愛される空間が使い手によって刻々と生き生きしたものになっていくというストーリーを先まで見通し、それを逆回ししながらプロジェクトを組み立てていきます。
STEP 03 前例主義に立ち向かう
「やったことないからダメ」を突破する方法
これまでも、数ある障壁を突破しながらまちのなかにさまざまな「居心地のいい場所」をつくってきた青木さんですが、今回も難問が次々と訪れます。それは、プロジェクトの外部にある障壁ではなく、ともに未来をつくっているはずの行政とのやりとりのなかにありました。「もし事故が起きたら」、「クレームが来たら」、と慎重にならざるを得ない行政は、前例のないことを進めるのが得意ではありません。足並みの揃わないことに焦ることもあったと、青木さんは振り返ります。
「時に互いに近視眼的になったり、感情的にぶつかってしまうこともあります。例えば、発電機をつけることも『火気は危ないからダメ』と言われると、なんて固いコトをいうんだ!とこっちも沸騰する(笑)。でもそれは確かにリスクではあるんだよね。そんな時には、なぜそれが必要なのかを明確にして、一緒に風景をイメージします。そして、現地で給油しない、といった低リスクの方法を共に考える。ね、大丈夫でしょ、と。そうすると『ああ、これなら問題ない』と理解されることもあり、これでひとつ前進です。描いているゴールは同じ。ひとつずつ事例をつくっていくことで、乗り越えられるんだと思います」
そうして苦戦しながらも未来を描くnestの姿は、次第に周囲の人々の心を動かしていきます。普段はハードの計画に携わることの多い都市計画課が、許可の降りない無数の事案に奮闘する青木さんらに寄り添い、警察や消防、保健所などへ一緒に回ってくれたり、許可申請に惜しみない協力があったり。そんななか、なかなか許可の降りなかった南池袋公園とグリーン大通りを繋ぐ接続道路部分の占用許可もとれることに。
「1歩1歩進めるしかない。行政の『万が一問題が起きたらどうする』と思う気持ちも分かるから。そんな時は『まず、やらせてください』とお願いをし、小さくとも何とか実施する機会をもらいます。機会をもらうためには、もっとも大きな理想を描いた絵をまず見せて、『これがやりたい』と伝える。その上で、もっとも現実的な実行策を出して、その落差で『それぐらいだったら』と思ってもらうというやり方をします(笑)。実行さえできれば、それ以降は『ああ、それだったら問題ない』『これなら危険はないですね』と瞬時に理解してもらえます。何としてでも、良質な前例をつくり、突破するのです」。
nestは決して、ゲリラ的な行動に出ない。なぜならば、一過性のイベントがしたいのではないから、と青木さんは難しい道のりの意味を確認します。区との信頼関係に基づいた持続可能な事業運営を目指すからこそ、地道なコミュニケーションを重ねて信頼関係を築いていく意味があり、そうしてできた礎は多少のことでは崩れない強さを孕むのです。
STEP 04 コンテンツに戦略を持つ
毎月1回、週末2日連続で実施する意義
こうして条件を整え、何としてでも開催したかったのは、公園とグリーン大通りをつなぐ一帯を舞台とする「nest marche」。毎月第3週の週末2日間に開催すると決め、継続的なイベントとしてまちに定着させていく試みです。単発のイベントだと、終わった途端に人々の興味や関心は拡散してしまうけれど、同じ場所で続けて行うことでマルシェがまちの日常となる。そこで初めて芽生える縁もあると、青木さんは考えます。
「1日のイベントでも大変なのに、土日連続での開催だなんて、と主催者サイドに立ったことのある人からは驚かれますね(笑)。ただ、こうして継続するうちに、地元の人たちが愛着を感じて応援してくれるようになる。さらに、『マルシェにお店を出したい』、『公園の芝生でヨガ教室ができないか』、『生演奏のライブをしてみたい』とイベントへ主体的に関わりたい人たちが増えていく。マルシェの出店者は固定化せず、いろいろな人がつくり手になる方がいいんです」
住人が幸せになれる賃貸住宅づくりを学ぶ『大家の学校』も主宰している青木さんは、「マルシェと賃貸住宅は似ている」と言います。ただ住むだけの賃貸住宅ではなく、住人と大家が一緒になって暮らしをつくっていくD.I.Y.型賃貸では、能動的な住人が育つ。マルシェも同じで、青木さんらの活動を知って関わりたいと申し出てくれた企業や個店は、まちの“使い手”から“つくり手”として育っていきます。つくり手の多い場所は必ず居心地がよくなるのだと、青木さんは自身の暮らしのなかで実感しています。
STEP 05 エリアを勝手に拡大
点から、線へ。
池袋全体の居心地の良さを上げる試み
2017年5月から毎月重ねてきた公園エリアでのマルシェは、半年が経つ11月の第3週の週末にその範囲を一気に広げて行われました。グリーン大通り一帯を「市民のリビング」に見立て、さらにその先のエリアである雑司が谷までのお店や路地をぐるぐる回遊しながら楽しむ、「IKEBUKURO LIVING LOOP」の開催です。
まちをひとつながりにして居心地を上げていこうとするこの企画を実現させようと、青木さんたちは池袋に縁のある企業や鉄道会社を一つひとつ回って説明したそうです。「経営陣から現場のプレイヤーまで、誰もに直接話をしました。ぜひこの地元で一緒にやって欲しい、と」。こうした呼びかけが功を奏し、多くの企業から好感を持たれ、協力体制を組めることに。南池袋公園で起こった変化は、こうして池袋全体の価値を変えるほどのエネルギーへと変わりました。
「気が付けば、『グリーン大通り等における賑わい創出プロジェクト』で請け負ったエリアを大きくはみ出した企画になっていて(笑)。当初の『グリーン大通りに来て欲しい』といった考えは、エリアを広げて考えていくことで『グリーン大通りはまちのゲート』という捉え方へと変わったんです」。まち全体の居心地を上げようと、毎回のマルシェを単純な繰り返しではない、それ以上のものにしようとする志は、いつしか地域に伝播し、nestの活動はまちに不可欠な要素として押し上げられていったのです。
IKEBUKURO LIVING LOOP当日は、池袋の未来に可能性を感じた出店者が全国から集まってきました。また、多くの屋台とともにフードトラックが何台も出現。長年にわたって「ストリートに出現するものは、まちの風紀を乱す」という記憶が重ねられてきた池袋では、フードトラックの設置が禁止されていましたが、地域貢献のために活動してきたnestへの信頼に基づき、区はこの期間の設置を許可したのです。歩行者の行き交う道にはおだやかで美味しそうな香りが流れ、それにつられて足を止める人々には笑顔が溢れます。「都市を、市民のリビングに」という合言葉通り、まちの隅々までが温かみのある賑わいで満たされ、この週末の歩行者数は過去最高を記録しました。
こうしたプロセスを経て、道路や公園などの公共空間が一体となって使われていく時間が重ねられていくなかで、誰もが「買い物をするまち」だと思っていた池袋が、徐々に「暮らすまち」へと変わってきています。新しく建物をつくるなどハードの整備がなくとも、人々の意識が変わるだけでまちの価値は変化するのだということを、グリーン大通りは実証しつつあるのです。
STEP 06 まちを導く回路になる
“まちに暮らす”人がいる幸せな風景
池袋はそもそも高密度都市で、さらなる賑わい創出を必要とするなんて贅沢では、という見方もあるはずです。でも実際は、池袋での事業はハードルが高いがゆえに「ここでできれば他でもできる」と思えるのだと、青木さんは言います。交通量が多く、地権者が見えづらく、安全の確保やリスク回避には膨大な手続きや手間が必要。それらを一気に動かすために大きな馬力をもってかからなければなりません。しかし、いざまちが変わっていった時、そこにいる多くの人々の人生も大きく変わります。
「自分の暮らすまちに期待をせず、まちの外に居心地を求めていたり、商業施設の中や家の中に引きこもっていたりしていた人たちがたくさんいる。しかし、それぞれのまちに気持ちのいい公共空間ができることで、そんな彼らが本当の意味で“まちに暮らす”ようになるはずです」
nest marcheやIKEBUKURO LIVING LOOPは、「見慣れた道の先にいつもの公園がある」という日常が劇場に変化して、ハッとする瞬間をまちに生み出しています。そして、「ここにまたあの風景が現れるかも」という人々の期待が生まれる。期待は起動力となり、まちに積極的に関わる人が増えていくことになるのです。
「今のままの池袋がいい、と思う人が少ないのは事実。ただそれは、新しいイメージをつくることができるチャンスだと読み替えられるんですよね。期待をつくる余白があり、それを望む多くの人がいるのが、池袋なんです。何しろ“池袋圏”と認識されている範囲は広い。練馬、板橋、埼玉の住民も『池袋に住んでいる』と感じるような求心力があるから、池袋が生まれ変わることでもたらされる影響は計り知れない」と、青木さんは言います。
南池袋公園リニューアルを発端に、隣接するグリーン大通り、その先のエリアに至るまで変化が広がりつつある池袋。たとえばもしこの公園の使われ方が、他の公園のように“禁止事項のデパート状態”のままだったら、このまちに変化は生まれていたでしょうか。行政が力を尽くして公園というハードを用意したとしても、良い使われ方を導く回路がなければ良い公園にはならない、といっても過言ではありません。そしてnestの役割は、“回路”そのものだと言えます。「まちは、使われ方によって、生かされも殺されもする。生かされた時の幸せな風景を、僕は世界中で目にしてきました。だからこそ、池袋をどうしてもそこへ導きたいと願い続けているのかもしれない」。
nestが実施しているのはマルシェなどのイベント企画や運営ですが、それは手段に過ぎません。目的は、鮮やかな瞬間のある日常をつくること。日常とは、継続性そのものです。nestの力によって新たに生まれた池袋の日常を、いずれnestなしでも市民の力で運営できる未来を目指しているのです。公共空間は、特定の誰かがハンドリングするのではなく、民間の実績をもとに行政が連携してルールをつくり、誰もが使えるようにするのがいい。「その頃は他のどこかで奮闘する僕らを、おかえりと受け入れてくれる巣=nestになっているといいな。ここ、池袋が」。そう語る青木さんは、チームと共に、責任ある市民が主体となって公共空間・公共施設を活用していくための着実な道のりを1歩1歩開拓しています。
(Writer 馬場 未織)