倉庫跡をまちのクリエイティブを刺激する場所へ | 複合施設/ヤマキウ南倉庫 秋田県秋田市(2020年掲載事例記事)
ヤマキウ南倉庫ってどんなところ?
秋田駅から徒歩20分。秋田市の繁華街川反(かわばた)から程近いところに位置する南通亀の町(かめのちょう)は、昔ながらの商店街や飲食店と、住宅街が隣接しているまちです。
隣町の有楽町はかつて映画館街だった土地。昭和30,40年代には、映画を見に来たお客さんが、駅へ戻る道すがら、南通商店街で買い物をしていく人通りの多いまちでした。しかし、平成にかけて、映画館が次々と閉館。さらに道路拡幅工事とモータリゼーションの影響で閉店も増え、平成に入るとまちを歩く人がぐんと減ったといいます。
しかし近年、このエリアには若者を中心に、ふたたび多くの人が訪れるようになり、新店舗の開店も増えてきました。そのエリアリノベーションの流れを追いかけます。
ヤマキウ南倉庫ができるまでのストーリー
STEP 01 連続的事業立ち上げ
一軒のバルから始まったエリアリノベーション
南通亀の町の賑わい再生のきっかけを作ったのは、小路にある閉店した居酒屋をリノベーションして生まれた一軒の小さなバルでした。手がけたのは株式会社See Visionsの東海林諭宣さん。グラフィックデザイン、ウェブデザイン、リノベーションなどを手掛けるデザイン会社のクリエイティブディレクターです。
東海林さんは亀の町にある小路に、2013年に「カメバル」を、2014年には「サカナ・カメバール」を、2018年には「亀の町ベーカリー」を続々と開店。小さなエリアの熱量をあげる「エリアリノベーション」を実践してきました。
なかでもランドマークになったのが、2015年にオープンした「ヤマキウビル」です。3階には自社オフィス、2階は貸しオフィス、1階には コーヒースタンドとデリの直営店「亀の町ストア」と、テナントとしてクラフトビールの店「BEER FLIGHT」が入りました。
これにより、夜だけでなく、昼も若者から近隣住民のおじいさんおばあさんまでが思い思いにコーヒーやデリを楽しみ、オフィスに人の往来が生まれました。すると、「南通でビジネスをやりたい!」という小規模事業者が少しずつ増えてきたのです。
STEP 02 地域のプレイヤーのサポート
人をつなぎ、ハードからソフトまでを提案
「ヤマキウビル」がオープンしてから、エリアリノベーションの考え方に賛同したプレイヤーやオーナーが東海林さんに相談にやってくるようになりました。
そのうちの一つが、2018年にオープンした居酒屋「上之三つや(うえのみつや)」です。南通に3階建ての住居用ビルを持つオーナーがリノベーションの相談に来たときにも「お住まいは3階で十分、1階と2階は飲食店にしては?」と事業スキームから提案。さらにそれぞれ名店に勤めながら、いつかは独立して店舗を持ちたいと思っていたという女性二人を引き合わせて「一緒にやったら良いお店になりそう!」と提案。こうして日本酒とそばのおいしい店「上之三つや」が南通に誕生したのです。
東海林さんのエリアリノベーションは、プレイヤーからの相談に対してハードからソフトまで提案するのが印象的。「うちはデザイン会社なので、建物から箸袋まで提案しますが、一番大事なのは、人。だれかの才能ややる気を見つけたら、黙っていられないんです。東南アジアのマーケットのように、小さくて個性的なお店が集まる場所って楽しいじゃないですか。僕は南通亀の町エリアもそんなふうになれば良いと思っています」と東海林さんは言います。
「カメバル」がオープンした2013年当時は、空き店舗の契約数が年間4件だった亀の町エリア。2015年には16件に契約件数が増え、2019年6月現在ではついに空き店舗ゼロになったそうです。
STEP 03 モノ、コト、ヒトの相乗効果を狙う
延床面積約1300㎡!古い倉庫がリノベーションで「創庫」に変身
2019年6月、南通に新たなランドマークができました。「ヤマキウビル」と同じ敷地内にあった、古い倉庫をリノベーションして生まれた複合施設「ヤマキウ南倉庫」です。旧倉庫はかつて酒類の保管になど使われていたそうですが、近年はほとんど使用されていませんでした。
1階は、ホールを中心に、雑貨店や家具店、食料品店、生花店、アウトドアショップのほか、美容院やネイルサロンなど10のショップがそれぞれに店舗を構えています。個性豊かなテナントの顔ぶれは、東海林さんが「この人は!」と思った人たちに自らがコンセプトを説明し、賛同を得た人たちだそう。2階には設計事務所、税理士事務所など6つのオフィスと、コワーキングスペースがあります。
建物のコンセプトは「SYNERGY(相乗効果)」。多様なモノ、コト、ヒトが集まり、交流し、情報が集積・発信される拠点として、まちのクリエイティビティを刺激する場所になっています。こうしてリノベーションにより、古い倉庫はクリエイティブな「創庫」へと変貌を遂げたのです。
STEP 04 賑わいの光景をみんなで描く
若者のやる気とオーナーの思い、入居者の個性の相乗効果を
「ヤマキウ南倉庫」は、事業計画と運営をSee Visionsで行い、初期費用をオーナーが出して実現したプロジェクトです。「ヤマキウビル」をリノベーションした際にも同じやり方でやってきたと東海林さんは言います。
「借主が事業計画を立てて運営までを行い、オーナーに出資してもらった初期費用を賃料として返していくスタイルです。若い企業はやる気はあっても資金調達に高いハードルがあります。銀行からの借り入れも難しいし、補助金を使うと用途が限られる部分もあります。僕らのやり方を見て、これならできると思ってくれる若いプレイヤーが増えてくれたらいいし、オーナーさんにもぜひ見ていただき、理解を深めていただけると可能性が広がると思います」と東海林さん。
「ヤマキウビル」「ヤマキウ南倉庫」のオーナーである小玉康明さんは「『ヤマキウ南倉庫』は7%くらいの年利です。利回りとしては決して高くない。でも、先代のオーナーである私の父・児玉康延(2019年3月逝去)が『利回りが少なくても、地域貢献につながるなら、やるべき投資だ』と言っていました。それに、私たち家族は昔、この亀の町が人で賑わっていた頃のことを良く覚えていたので、再びこのエリアが人で賑わう光景を見てみたかった。そうやってこの土地を守り継ぐということが秋田で暮らす意味だと思っていたので、See Visionsのアイデアはうれしかった」と振り返ります。
STEP 05 パブリックスペースをつくる
「屋根付きの公園」をイメージしたホールに込める思い
「ヤマキウ南倉庫」の1階の中心には、「屋根付きの公園」をイメージして作られたホールがあります。誰でも出入りできる場所になるようにと、民間がつくったスペースながらパブリックスペースとして外に開かれた空間です。
東海林さんは「倉庫のリノベーションはヤマキウ前社長の小玉康延さんの多大なご理解によって実現しました。だから前社長のお名前にちなんで、1階ホールは『康延』の音読みと『公園』をかけてKAMENOCHO HALL KO-EN(カメノチョウ・ホール・コウエン)と名づけました」と語ります。このホールは普段はパブリックスペースとして人々が思い思いに過ごすほか、レンタルスペースとしてセミナーや講演会、展示会などが行われているそうです。
「ヤマキウ南倉庫」のオープニングもかねて2019年6月1、2日に行われたイベント「亀の市」には、例年以上にたくさんの人が集まりました。「KAMENOCHO HALL KO-EN」はリノベーションを通して、人の思いが次の世代に受け継がれたのを象徴する場所でもあるのです。
ほんの数年前までお店や人通りが少なかったエリアとは思えないほどの変貌を遂げた、南通亀の町。多様な人々が出会い、交流し、情報が集まって相乗効果を生み出す「ヤマキウ南倉庫」のスタートにより、人と人をつながり、まちのクリエイティブを刺激して、ここから新たなアイデアやチャンスが生まれそうな予感がします。
(Writer 石倉 葵)