賃貸住宅に暮らしとコミュニティをデザインする「女将」の仕事 | 賃貸住宅/高円寺アパートメント 東京都杉並区(2021年掲載事例記事)
高円寺アパートメントってどんなところ?
2017年4月。東京都杉並区の高円寺駅前から阿佐ヶ谷駅方面にガード下を抜けた線路脇に建つJRの旧社宅が「高円寺アパートメント」として生まれ変わりました。
建物前の階段状のデッキと芝生広場は、入居者はもちろん地域住民にも開かれ、1階に併設されたテナント区画にはカフェやライフスタイルショップがオープン。そこには、まるで公園にいるようにのびのびと過ごす人たちの姿があります。さらに、住宅専用の区画とともに、暮らしながら小商いができる「住宅兼店舗」、クリエイターが作品を制作・展示できる「住宅兼アトリエ」の区画も。加えての特徴は、「女将」として住人から親しまれるコミュニティマネージャーがいること。
自らもここに暮らし、入居者同士や入居者と地域住民のコミュニティが豊かに育まれることにひと役買う女将、株式会社まめくらし(以下、まめくらし)の宮田サラさんに、これからの賃貸住宅運営のヒントとなる高円寺アパートメント運営の裏側を伺いました。
高円寺アパートメントの女将を務める宮田サラさん。1階にて「まめくらし研究所」を運営しながら、コミュニティづくりを担う(提供:すべて高円寺アパートメント)。
高円寺アパートメントができるまでのストーリー
STEP 01 こんな経緯から始まった
賃貸住宅は「運営」する時代に
2棟合わせて50戸で構成されるアパートメント。JRの高架線と同じ高さにあたる3階の住戸は、土間スタイルのリビングをアトリエやギャラリーとして使用することができるデザイン。
住宅とまちを分断していたブロック塀はリノベーション時に撤去。
芝生を敷くことでオープンな空間に。
北側の庭ではハーブとベリーが育てられ、コミュニケーションの場のひとつとなっている(提供:すべて高円寺アパートメント)。
高円寺アパートメントの前身は、旧国鉄職員用の社宅でした。1965年に竣工され、需要縮小に伴って2016年3月に閉鎖された後は、しばらくそのままになっていため、周辺住民からは「廃墟のよう」と薄暗いイメージを持たれていたそう。そこで、ジェイアール東日本のグループ企業である株式会社ジェイアール東日本都市開発は、都市空間や公共空間のリノベーションを多く手掛ける建築設計事務所である株式会社Open A(以下、Open A)とともに、再生プロジェクトに着手することに。
「まちに開く」をコンセプトに設計やデザインを進めたOpen A代表の馬場正尊さんは「これからの賃貸住宅はハードが完成したら終わりではなく、運営への注力が重要」と考え、まめくらしの青木純さんに声をかけたそう。自らも大家として長年賃貸住宅の運営に携わってきた、物語のある豊かなコミュニティを育てるエキスパートです。そして、現場運営に入ることになったのが、まめくらしスタッフの宮田さんでした。
「当初は、コミュニティーマネージャーを“通勤”で務めるイメージでのオファーだったと思います。当時は私も他のエリアに住んでいたので。でも、これまでの経験上、50世帯という規模のコミュニティーを、他のエリアから通いながら育てるのは難しい。それならと、思い切り向き合うために私も当事者としてここに暮らすことを決めました」(宮田さん)
ジェイアール東日本都市開発や東京R不動産とともに、入居者の募集をしながら、自らも1階の店舗兼用住宅に暮らしてお店を開きました。入居者募集では、描く未来を伝えることで価値観の重なる層を意識して集め、オープン前には、ほぼすべての入居枠が確定。年齢層は20代半ばから60代までと幅広くなった一方、制作系の仕事をしている方が多いという共通点があったそう。地域とのハブとしての役割も期待される1階の店舗区画には、焙煎コーヒーのお店と、クラフトビール&カレーのお店のオープンが決まりました。
2017年4月、いよいよ高円寺アパートメントの暮らしが始まりました。
STEP 02 仲間を見つける
入居者同士が出会うイベントをつくる
2017年7月開催の「おひろめマルシェ」では、入居者や近隣の店舗からの出店も。
2017年5月に開催した「同じ釜の飯を食べようの会」。共用の庭で使えるピクニックテーブルをD.I.Y.するなどの共同作業を組み込むことで仲良くなるきっかけをつくった。
この場所での暮らしを描いてくれたのは高円寺の老舗銭湯「小杉湯」の番台をしているイラストレーターの塩谷歩波さん作(提供:すべて高円寺アパートメント)。
まず企画したのは、住人同士の交流イベント。「他人だった入居者同士が、顔を合わせて仲良くなる場をつくりたい」という思いで開催しました。
「同じ釜の飯を食べようの会」では、各自がお茶碗とお箸、一品も持ち寄って、大きな鉄釜で炊いた白米を食べながら交流しました。宮田さんが、1階の店舗兼住居でライフスタイルショップ兼建築事務所を営む石井航さんと佳乃子さんのご夫妻と意気投合したのも、その時でした。
それまでシェアハウス暮らしが長かった石井ご夫妻は、「暮らしのなかで自分たちも顔の見える関係性を育みたい」と考え、1階の店舗それぞれが同時期にオープンすることもあり、入居者はもちろん、地域の人たちにもお店のことや高円寺アパートメントのことを知ってもらおうと「おひろめマルシェ」を開催。雑貨を手づくりしている入居者や近所のショップなど14店が出店を希望し、装飾のガーランドも入居者が手づくり。出店料は3,000円、アパートの1階のお店で取引のある作家や住人の出店は無料とし、集めたお金はチラシの印刷代や出店者が使う什器代にあて、近隣の店舗やJR高円寺駅構内のラックなどにチラシを設置。SNSも活用して広報を行った結果、当日は、なんと約300人が来場し、想像以降の賑わいが実現しました。
この時立ち上がったマルシェは住人主体で続き、年に2回、春と秋に開催され、最大出店数20店、来場者数は約600人となるイベントに育てられ、高円寺の新しい風景として定着しています。
STEP 03 主体性を育てる
強制はしない。関わり方のレイヤーをつくる
「50世帯もあれば、関わり方にグラデーションはある。大切なのは、それぞれの関わり方を尊重すること」と宮田さん(提供:すべて高円寺アパートメント)。
「やらされ感」を感じずに自発的に参加してもらえる場づくりを心がけているという宮田さん。
例えば、マルシェに「企画から関わりたい」という人もいれば、「出店したい」「出店者集めに興味がある」「少しだけなら手伝える」「事前準備には参加できないけど、当日は手伝いたい」など、モチベーションはさまざま。では、そんななかでそれぞれが気持ちよく関われるようにと、参加のレイヤーをいくつか用意し、住人によるフリーマーケットゾーンも設けて、好きな時間に来て楽しめるようにも工夫したそう。イベント自体は「やりたいと発言した人が主体となって担当する」というルールにして、女将はあくまでもサポート役に。そうやって自主参加制にすることにより、住人の主体性が刺激され、住人自身が心地良い距離感を保っています。
そのうえで、イベントのようなハレの日だけではなく、「日常のケの日こそ大切にしたい」と宮田さんは言います。
「この場所が居心地良く安心できる場所に育って欲しい、と思いながら運営しています。たとえば、日常のなかに顔見馴染みがいること。普通の賃貸住宅では大家と入居者が顔を合わせることはほとんどなく、会うとしたらトラブルなどの対応の時。でも、日常的に大家と入居者が接することができれば、もっと良い関係が築けるし、トラブルが起こる前段階に話を聞いたり一緒に解決策を考えたりすることも出来るはず。そんなふうに大家さんと入居者、さらには地域住民の間での繋がりが育っていけば、暮らしに安心感が増して充実してくる。でも、大家さんが大きな企業だったり、高齢だったりすると日常的に入居者と接するのは難しいこともあるので、そうした時に、間に入ってお手伝いをするのが、女将の仕事なのだと思います」
STEP 04 まちと繋がる
「暮らして働く」で、エリアを盛り上げる
2018年10月に開催された「ビアフェス」では、高円寺アパートメントの敷地内に都内の7ブリュワリーが参加。2019年はさらに規模を拡大し、JRが所有する高架下の倉庫も使った2ヶ所で開催され、都外を含む11ブリュワリーが参加。
ビールを醸造する安藤祐理子さんと、カレーを作る耕史さんご夫妻。本格的なスパイスカレーと個性的なクラフトビールにファンが多い。
2019年に醸造所を拡張して設備を増強。オーダーでオリジナルビールを製造することも
(提供:すべて高円寺アパートメント)。
暮らすだけではなく、「働く」というスタイルを実践する住人が多いのも、高円寺アパートメントの特徴のひとつ。その一例が、1階でスパイスカレーとクラフトビールのお店「アンドビール」を営む安藤耕史さんと祐理子さん。多くの人がマルシェに集まるのを見て、「この強みを活かしてビールに特化したイベントを開催すれば、アンドビールにもメリットがある」とポテンシャルを感じ、知り合いのブリュワリーを集めたビアフェスを開催しています。
さらに、お店をオープンして1年半が経ち、事業を拡張させるために新しい醸造所とする場所を探し始めると、思いもよらぬ出会いに恵まれたそう。
「ジェイアール東日本都市開発から高円寺アパートメントの目の前にある高架下の物置を借りられることになったのです。醸造設備の移設ができれば今度はお店のスペースにも空きが出来るので、同時にお店のお店もリニューアルすることにしました。客席は24席と大幅に増え、ビールの製造量は約2.5倍に。雇用も増やすことができました」(祐理子さん)
飲食店への卸やイベント出店、コラボやOEM生産も引き受けられるようになったアンドビールは、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛要請やステイホームなどの影響により多くの飲食店が打撃を受けるなかでも、テイクアウトやランチ需要を増やしているそう。
「これからもお客さんと近い距離でビールをつくりながら、幸せを感じられる範囲で余裕を持って働き続けたい。高円寺アパートメントなら、それが叶えられると思っています」(祐理子さん)
STEP 05 展望
みんなで子どもを育てるセーフティーネット
毎年開催している流しそうめん。竹の伐採から組み立てまで教えてくれたのは、アンドビールの常連さん。住人たちと一緒に完成させた。
2018年9月に開催した「高円寺×阿佐ヶ谷映画祭」。高円寺から阿佐ヶ谷までの高架下の空き店舗や空き倉庫などを活用し、7会場で12作品以上を上映。まめくらしは企画と運営を担当し、高円寺アパートメントの住人もスタッフとして参加(提供:すべて高円寺アパートメント)。
高円寺アパートメントが開かれて4年。実は周辺の相場より家賃が高めでありながら、常に満室をキープしています。
「新築の時がピークでそこからは経年劣化を理由に価格が下がっていくのが、賃貸住宅市場の常識とされていますが、高円寺アパートメントの場合、時間をかけて育まれるコミュニティこそがより大きな価値になっています」
最初はひとりだった未就学児の数も、今では9人まで増え、同世代の子どもを持つ親同士がおしゃべりをしたり、お下がりを譲り合ったり。さらには災害時等に親が保育園等に子どもを迎えに行けない場合には入居者が代理で駆けつけられるようにと、代理人としての証明カード(学校や保育機関が事前に発行)を女将含め数人が持っているそう。協力して子どもたちを守るという役割を担うという関係性も育まれています。核家族化が進むなかでも助け合いのコミュニティがあれば、セーフティネットになる。
「ゆくゆくは家族が増えたり、子どもが成長して家が手狭になったりして、高円寺アパートメントから転居せざるをえない住人も出てくるはず。そんな時に、また何の繋がりもない場所に暮らすより、この近くで暮らしながらここでの関係性を育むことを選択肢にできたら素敵だと思うんです。だから、今度は、近隣にある物件をリノベーションしてファミリー向けの賃貸住宅をつくりたいと思っています」(宮田さん)
自らも住人として当事者目線を持ちながら、「育てる」をキーワードに豊かな暮らしの場を醸成してきた宮田さん。主体性を育むうえで大切なのは、関わる余白をつくることと、強制せず見守ること。住人たちの間に芽生えた小さな芽は、やがて木となり、豊かな人間関係を育む森をつくっていく。宮田さんは、そんな世界を高円寺アパートメントから地域まで広く描こうとしています。
(文:rerererenovation!編集部)