まちを旅館に見立てる。仏生山を変えた“整える”空気とは | エリア再生/仏生山温泉 香川県高松市(2019年掲載事例記事)
仏生山温泉ってどんなところ?
高松市内から約7キロのところにある、典型的な郊外のまち「仏生山」地区に温泉ができたのは2005年のこと。それから12年の間にまちには旅館を始め、サンドイッチ屋さんや素敵な雑貨屋、美味しいコーヒー屋さんなどができて、エリア全体の魅力が高まっています。
そんな仏生山のまちづくりについてお話を訊いたのが、仏生山温泉の “番台”であり建築家である岡昇平さん。「どうやって仏生山をこんな素敵なまちにしたんですか?」と率直に伺うと、岡さんはにっこり笑顔で「僕は何もしていないですよ」と言います。
いま注目のエリア仏生山とかけて、「まちおこししていない」と解く。さて、その心は? 魅力溢れるまち、仏生山の物語を伺います。
仏生山温泉ができるまでのストーリー
STEP 01 こんな場所から始まった
典型的な郊外のまちに温泉が湧いた
仏さまが生まれる山と書く仏生山、いかにも縁起の良さそうな地名。その歴史は古く、江戸時代、松平家がここに菩提寺である「法然寺」を建立したことからまちが始まります。法然寺には涅槃図を再現した、珍しい寝釈迦さまが安置されており、お釈迦さまがまちを見守っているような安心感があります。風情あるまち並みも残り、地平線には、ゆるやかな里山が点在するとても気持ちが良いまちです。
高松駅から「ことでん(琴平電気鉄道)」に乗って15分。駅員さんに切符を渡して降り立ち、駅から10分ほどのんびり歩くとたどり着くのが「仏生山温泉」です。田園風景のなかにスッと建つ美しい佇まい。まちの新たなランドマークとなったこの温泉には、まちの人々はもちろん、県外からも多くの旅行者が訪れます。
岡さんは、このまちで生まれ育った4代目。「代々このまちで宴会施設や飲食業を営んでいました」と話します。大学進学で県外に出て、東京の建築事務所に勤めたのち、10年後、家業を継ぐことと建築事務所を地元で開くために仏生山へUターン。しかし、岡さんにとって予想外の出来事が起こります。それは、岡さんのお父さんが仏生山で温泉を掘ったことでした。
STEP 02 設計をスタート
仏生山温泉の成り立ち
実は、仏生山はもともと温泉地ではありません。しかし、1990年代に「高松クレーター」という直径が4km、深さが2kmの太古の穴が見つかり(現在は埋まっているため穴を見ることはできない)、そこに帯水層(温泉)があるかもしれないということがニュースになりました。
今でこそ「うどん県」や「瀬戸内国際芸術祭」など、観光地として人気の香川県ですが、開業した2005年当時の高松市や仏生山の様子を伺うと「静かで落ち着いたまちでした」と岡さん。
岡さんは帰郷後すぐに仏生山温泉を設計します。「温泉自体はもともと地域のものなので、地域のみんなが楽しめるものをつくろうと思いました。それならば、気軽に立ち寄ることができる日帰り温泉がいいですよね」
こうして、2005年に仏生山温泉が完成しました。それからというもの、仏生山温泉は地域に愛され、地域を代表するランドマークへ成長していきます。
STEP 03 実践する
まちを旅館に「見立てる」ことで、
まちの魅力が高まる
開業して7年目の2012年。岡さんは「仏生山まちぐるみ旅館」という取り組みを始めます。
「まちぐるみ旅館とは、『まち全体を旅館に見立てる』という考え方です。たとえば、落語では、噺家が扇子をキセルや筆に見立てをしているように、『もの』はそのままで、『ひと』の解釈によって意味や機能を重ねていくことを『見立てる』ことだと捉えています」
衣食住の機能をひとつの建物に入れると「旅館」と呼ばれ、地域に分散させると「まち」になる、と岡さんは言います。
お風呂は仏生山温泉。朝ごはんは近くのカフェやうどん屋さん。そんな風に、旅館の色々な役割をまちの事業者のみなさんがそれぞれ担う。それが、「まち」を「旅館」に見立てる「まちぐるみ旅館」なのです。
そこで、泊まれる場所が無かった仏生山に、宿泊という旅館に必須な機能のレイヤーを増やすべく、岡さんは空き家になった物件を「仏生山まちぐるみ旅館 温泉裏の客室」にリノベーション。
「まちぐるみ旅館 温泉裏の客室」がまちの機能として追加されて以来、毎年、次々と魅力的なお店が仏生山に誕生しています。しかし、魅力あるお店が仏生山に増えつつあるのは「たまたま」だと言う岡さん。
「まちにお店を呼び込むことはしていません。それは、ご縁だと思っています」
まちを旅館に見立て、そして、旅館に足りなかった機能(宿泊)を追加して整えたこと。たったそれだけで、まちに魅力的なお店が増えたのだと言います。なんだか、魔法のよう。
まちを旅館に見立てると、3つの魅力が加わります。
ひとつ目は、機能としての宿泊が加わること。
ふたつ目は、まちのお店が集合して一体に見えること。
みっつ目は、お店の連携と、めぐることへの必然性ができること。
こうして、仏生山のまちが変わり始めました。
STEP 04 エリアに波及する
何よりもじぶんがにやにやして暮らすために
「毎日でも通いたくなるようなおいしいごはん屋さんや、コーヒーを飲みながら読書ができるカフェとか、それらがあれば僕はこのまちで充分にやにやして暮らしていけると思いました」
暮らしやすいまちとは、みんなが自由に享受できる魅力的な事柄がたくさんあって、質が高いこと。まちの魅力は、山や川、道なども含めた総合的なものですが、自然環境や公共物は民間ではつくれません。民間の役割は、みんなが受益できる魅力的な事柄のひとつである、「お店」を地域に増やしていくことだと岡さんは言います。
「まちぐるみ旅館」は、そのための“方便”なのです。
STEP 05 まちおこしではない、まちのこと
無理なく自然とそうなるように
「まちぐるみ旅館」は、まちを変えることなく、まちの見方を変えることです。まちおこし、まちづくりという言葉には当てはまらない。けれども、まちおこしと呼ばれている事例以上に、まちの魅力を上げています。
「まちぐるみ旅館の考え方そのものは、誰の邪魔もしていないんです。ただ、まちのなかに新しい店が増えていくという状態なだけで。お店ができるということは、まちのなかでの受益者が増えます。だれも困らない。何をやっているか分かっていない方もいらっしゃると思うけれど、批判されることはないと思います。誰かの利益を奪うこともない。競合するお店ができることもありますけど、競合は元々、地域全体の価値を考えると良いことでもあります。いまのところ、悪いことは何もしていない、つもりです」
「まちぐるみ旅館」として、お店を組織化、グループ化することもない。それぞれのお店同士は、友人のようでもあり、本来の意味でのご近所さんの関係。「そこには互いのお店を、気持ち良く紹介する関係が成り立っています」と岡さん。
仏生山にお店を出すにあたって、岡さんがいつも設計に携わるかと言えば、それもご縁だそう。
「僕のところに相談に来てくださったら、一緒に考える、というくらいですね。場所を紹介するだけの時もあるし、リノベーションの設計をする時もあります。相談を受ける上で、『ここでお店をするのはやめたほうがいい』とはっきり言う時もあります。仏生山というまちは、必ずしもお店に適したまちではないからです。中心市街地であれば、どんな商売でもなんとなく成り立つのですが、仏生山は人がいないのでかなり高い魅力と質を維持できなければ、お店として成り立たない。だから中途半端に出店しても、1年後には撤退を余儀なくされてしまいます。そうなると、誰も幸せじゃない。そこは、客観的に大丈夫かどうか、判断しています」
仏生山に合わないお店とは、どんなお店だろうと質問してみると、「どこにでも売ってそうなものを売るお店ですかね。そういうものは結果的に近さや安さでお店が選ばれてしまうので、人口集積地のそばで済まされてしまう。ここでは成立しません」と岡さん。
しかし、裏を返せば、素敵なお店ばかりがひしめき合う、魅力的なまちだということです。
「まちぐるみ旅館」は、岡さん自身がにやにやして暮らすためにごく個人的な欲求とともに始まったものかもしれません。社会問題を解決しよう、という高尚な理由にフォーカスしてはいません。でも、起承転結の「起」は、そこに暮らすひとの欲求のほうが、清々しいし、信じられる気がします。そして、やっぱり、類は友を呼ぶ。面白いまちにするならば、面白いひとがいなければ。岡さんの満足げな「にやにや」を見て、しみじみそう感じました。
(Writer rerererenovation!編集部)