不倫と玉子サンド 5分de小説
ユキさんへ
お久しぶりです。
あれから2年程が経ち、ぼくは社会人になり、ようやく仕事に慣れてきました。いつか貴女との関係に区切りをつけなくてはと思っていたのですが、中々勇気が出ず、こんなに時間がかかってしまいました。
初めてのデートの時、お土産に買って来てくれた山野屋の玉子サンドが本当に美味しかったのを覚えています。ふわふわで優しい食感のだし巻き卵とピリ辛の辛子マヨネーズが合わさったサンドウィッチは魔力的な味わいで、多感なぼくには刺激たっぷりなおやつでした。
9つの歳の差など全く気にならず、自然とお互いの体を求めるようになり、会う度に好きになっていきました。小柄だけど女優の波瑠に似ているルックスは道ゆく人が振り返るほどの美貌で、今までのどの女性よりもキスもセックスも相性が良く、趣味も性格も合うユキさんが既婚者であることを信じたくありませんでした。
ユキさんは金曜日の夜の3時間と土曜日のお昼から夕方にかけての6時間が予定を空けてくれる時間帯でした。その理由は社会人になった今のぼくにはすんなり理解できます。忙しい中、学生のぼくに時間を作ってくれたこと、もっと感謝するべきでした。
ユキさんは、ぼくが住んでいる茗荷谷のアパートに遊びに来ると、セックスをする前に、薬指の指輪を外し、机の上に置いていましたね。その姿を見る度にぼくはそのまま指輪を飲み込んでしまいたい、もうこのアパートから帰らないで欲しいと思いました。
ユキさんのことを好きになればなるほど、苦しくなりました。不倫は悲しい結末が待っていることを分かっていても、好きになってしまったぼくの方からは別れを切り出す選択はありませんでした。
ユキさんからは寄席やミニシアターの面白さや、料理の楽しさも教わりました。ユキさんと会う度にぼくの世界が広がっていったのです。ぼくが就活で悩んでいた時、隅田川を歩きながら遠藤周作の「生き上手、死に上手」を勧めてくれましたよね。この本は何かに迷った時に、今でもたまに読み返します。
ユキさんはセックス中にすごく印象に残る言葉も残してくれました。
「何か言いたそうな目をしているけど、心を裸にするのは怖い?」
「もし、辛くなったら、何も言わずに距離を取って良いからね、逃げることは悪いことじゃ無いよ」
「他の人ともすればいいのに、圭くんは若いし見た目も良いんだから勿体ないよ」
ぼくは返答に困ると毎回キスで誤魔化しました。いつも優しくて、明るいユキさんはぼくにとって太陽のような存在でした。
でも、会う度に、チクリチクリと心の隅が痛んでいたのも事実です。本当は今のパートナーと別れてぼくのそばにいて欲しいけど、それを切り出したら「終わり」になることも薄々気づいていました。
ユキさんと出会って一年半が経つ頃に驚きの提案をされました。
「新しくできた年上の彼氏がもうすぐ誕生日なんだけど、プレゼント選ぶの手伝ってくれない?」
ユキさんは既婚者で、ぼくという若い不倫相手もいながら、飽き足らず、初老の男性と浮気できるとは。ショックを通り越して、カッコいいなと感心しました。欲に対して素直に動き出してしまうユキさんが羨ましかったです。それに、どうしてもユキさんを恨むような気持ちにはなれませんでした。いつかこんな時がくるのだろうと覚悟をしていたからかも知れません。
セックスをすると「圭くん好き、圭くんのが良いの」と言ってくれるものの、以前より会ってくれる回数が減っていることが、ユキさんの心境が変わったことの何よりの証拠でした。ぼくはユキさんにとって、どんな男だったんだろう。そう考えるのが怖かった。
その年の冬、サークルのイベント準備で同じ文面のLINEを多数の人に送ったことが原因で、今まで使ってきたLINEアカウントが凍結されました。ユキさんとはLINEでしか繋がっていなかったため、この日を境に連絡を取ることができなくなりました。
ユキさんは、ぼくから距離を取ったように見えたと思いますが、これはただの偶然で、本当は大好きなユキさんに会いたくて仕方なかったです。いけない恋だと分かっていてもぼくのユキさんへの思いは本心でした。本気で好きになった初めての女性でした。
あの時は、ユキさんのことを思うことが、ぼくの人生そのものでした。誰かを好きになるということがこんなにも自分の人生を豊かにしてくれるとは思ってもいませんでした。
今、24歳になったぼくは、ユキさん以外で初めて好きな人ができました。今度はぼくと同じ歳の未婚女性です。明日のデートで、ぼくは彼女に交際を申し込もうと思います。だから、今日限りでユキさんを思い返す日は終わりにします。
急に連絡が取れなくなったことはお詫びします。それでもユキさんには本当に感謝しています。当時、20歳のぼくの人生を開いてくれたのは間違いなくユキさんです。
どうかお元気で、ユキさんの幸せを願っています。
圭太
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