奈落のはてのキャロル 2話脚本
①“最下層”東区
中央区や南区と違い、泥濘んだ地面が延々と続く不毛の地。
キャロルが先陣し、クシーを背負ったカグラが続く。
カグラ「なあ、本当にこの辺に病院があるのか?」「とてもそんな場所には見えんが…」
キャロル「もうすぐだから、心配しないで」
カグラは従うも、不安そうに。
カグラ(“牧場”と同じように、病院も隠語の可能性があるからな…)
キャロル「――よし、着いたよ!」
キャロルは枯れ木の下の泥をすくう。すぐに木の蓋が現れる。持ち上げると、中には小汚い階段。
キャロル「この下が病院だった場所だよ」「医者のおじさんは、とっくに栄養失調で死んじゃってるけどね」
キャロルは木の蓋をつっかえ棒で支え、慣れた様子で階段をおり、下へと消えていく。カグラは恐る恐るといった様子で。
カグラ「暗いな…」
カグラが降りた後も、開け放たれた木の蓋を意味深にズームする一コマ。
②“最下層”東区 病院跡地
簡素なベッドと薄汚れた薬品棚。キャロルがロウソクに火を灯すと、お世辞にも綺麗とは言えない診療所のような空間が広がる。
カグラは見渡し、少し驚く。
カグラ「驚いた。こんなスラム街に病院があるとは」「一体どうやって…」
キャロル、人差し指を立て説明。背景には上からメスや薬瓶が落ちてくるイメージ図。カグラはやや引きながら。
キャロル「ここは上から使い終わったメスとか期限切れの薬瓶が落ちてくるエリアなの」
カグラ「うっ、やっぱり使用済みなのか…」
キャロル、笑顔でベッドに飛び込む。
キャロル「それでも、無いよりはずっと良かったよ ここで助かる命もあったからさ」「どう? 臓器の移植はできそ?」
カグラは一通り周囲を見渡し、苦い顔。
カグラ「技術的には問題ないが…安全性は保証できんぞ」「せめてもう少し衛生的な場所があれば…」
カグラ、頭を掻きながらため息を吐く。
カグラ「それに…見たところ麻酔薬が無い」「他にも足りない備品が幾つかある これではキャロルの負担が大きすぎる」
キャロル、目を瞑りながら。
キャロル「大丈夫だよ、おにーさん」「痛いのも汚いのも、私は慣れっこだから」
カグラ、感心したように。
カグラ(覚悟が必要なのは、俺の方かもな)
かと思いきや、キャロルは上体を起こして自分の身体を抱く。カグラは呆れながら。
キャロル「あ、でも裸を見て興奮しないでね?」
カグラ「お子さま相手にする訳ないだろ」
キャロル、衝撃を受けたように。カグラも同じ表情で。
キャロル「し、失礼な! 私もう十八歳なんだけど!?」
カグラ「はぁ!? てっきり十二歳くらいかと…」
カグラ、可能性に思い当たり苦い顔。
カグラ(いや、キャロルは常に栄養失調気味なんだ)(発育が遅いのも仕方がない…)
カグラ「――馬鹿なこと言ってないで、始めるぞ」
キャロル「ふーい」
②簡素なベッドの上。
全裸になったキャロルと、最低限の設備でロウソクの火を頼りに執刀するカグラ。
キャロルは苦悶の表情を浮かべ、痛みに耐える。
キャロル「うっ…!」
カグラ「大丈夫か?」
キャロル「大丈夫じゃないけど、大丈夫…」「意識トばないように、何かお話しようよ」
カグラ「そうだな…何がいい?」
キャロル、目を開き無理やり笑顔を作る。
キャロル「“上”ってさ、どんなトコなの?」
カグラ「…最上層に関して言えば、何不自由なく生活できる」「仕事のストレスは日々溜まるがな」
カグラは淡々と説明。小銃を手に殺し合う人々のイメージ。
カグラ「…上層、中層は小競り合いが多い。時には区画内での紛争もあるらしい」「そして下層や最下層は…都市伝説のような存在だった」「ここに来るまでは、実在するとは思えなかったくらいにはな」
キャロル、思案しながら。
キャロル「そっか…じゃあ“ならし屋”が暮らす下層部は未知の世界って事かあ」「アイツらが次に来た時に、問い詰めるしかないねえ」
カグラ「…あぁ」
カグラ、キャロルの精神力に唾を飲む。
カグラ(おいおい…腹を切り開かれてるんだぞ?)(なんだ、この子の精神力は…)
部屋を引きで見た構図。キャロルの影だけが伸び、異形の怪物のようなシルエットになっている。
カグラ(もしかすると、とんでもない怪物に加担してしまったのでは…)
③時間経過 ベッドの上で目を擦るキャロル。元の衣装を身にまとった状態。
キャロル「んぁ…寝ちゃってた?」
カグラ「おはよう、キャロル 気分はどうだ?」「異変があれば何でも言ってくれ」
カグラ、不安げに瞳を揺らしながら。
カグラ「ただでさえ、臓器移植は拒絶反応に細菌感染のリスクがある」「キャロルとクシーは双子だから、輸血は問題なかった筈だが…」
キャロル、お腹をさすりつつ。
キャロル「んー、今はお腹が減ってるくらいかな?」
キャロルは身体を起こそうとして、痛みに襲われる。
キャロル「――いっ!」
カグラ「馬鹿! まだ縫合したばかりだぞ」「しばらくは安静にする必要が…」
キャロル「そだねえ、半日くらいは寝ないとね」
カグラ、呆れ顔。
カグラ(普通なら、退院まで一週間ほど必要なんだけどな…)
キャロル、自分の下腹部に手を当てる。
キャロル「…本当に、クシーちゃんが私の中に居るんだね」
カグラ「ああ、魔力を司る臓器だけを移植してる」「脳や他の臓器も摘出したが…本当に良かったのか?」
キャロル「んぇ、何が?」
カグラ、頭を掻きながら後悔するように。
カグラ「…クシーは見たところ昏睡状態だったが、精密検査をした訳じゃない」「回復を待っていれば、もしかしたら…」
キャロル、にっと微笑みながら。
キャロル「たらればなんて言ってるうちにクシーちゃんの心臓が止まったら 移植すらできなかったんでしょ?」「私とクシーちゃんが逆の立場でも こうしてたと思うよ」
カグラ、1話の⑨で手を取り合うキャロルとクシーを狂気を思い出し、苦笑。
カグラ「まあ…そうかもな」
キャロル、純粋な笑みを浮かべる。しかし背景は真っ黒。
キャロル「それにさ、クシーちゃんは死んでないよ」「今からバッチリ生き返るんだから」
キャロル、片手を挙げて魔力を感じながら。
キャロル「へへ…魔力の流れが手に取るようにわかる」「おにーさん、クシーちゃんの元に案内して」
カグラ、何かを言いたげな表情で。
カグラ「あ、あぁ…わかった」
キャロルを汚れた車椅子に乗せ、押して移動するカグラ。綿が飛び出したソファの上に、ぐたっと横たわるクシーの亡骸。
カグラ「臓器があった箇所には魔石をすでに詰めて、縫合は済ませてある」「あとは魔力を流すだけだが、詳しい方法は俺にもわからん」
キャロル「ありがと、おにーさん」「あとは勘でやってみるよ」
その瞬間、入口の方から物音がする。
カグラ「…!?」
続けて、階段をコツコツと下りる音。カグラは焦りつつ、メスを手に取る。
カグラ(敵か…?)(クソ、タイミングが悪すぎる…!)
現れたのは、キャロルと同い年くらいの銀髪の少々。ややあどけない顔立ちで、口は半開き。キャロルは正体に気が付き、声を掛ける。
キャロル「あれ…?」
カグラ「…知り合いか?」
キャロル「うん、同じ学校の子」「なんでここに来たのかは知らないけど…蓋を閉めてなかったからかな?」
カグラ、安堵の息を吐きながら腰を下ろす。
カグラ「それなら良かった…てっきり敵かと思ったぞ」
キャロルは笑顔を崩さずに事実を告げる。
キャロル「へ、敵っちゃ敵だよ?」
カグラ「…あ?」
銀髪の少女は無言のまま、服に隠していた鉄パイプを取り出す。そのまま鉄パイプをがりがりと引きずりながら、段々と加速する。
銀髪「おあえ、おおす」
キャロル、世間話をするような余裕のある仕草で語る。カグラは信じられないと言わんばかりに絶句。
キャロル「昨日、最下層にもカーストがあるって言ったよね」「あの銀髪ちゃんは私が“灰”出身なのが気に食わなくて、いつも攻撃してくるんだよ」
カグラ「はぁ!? そんなクレイジー娘とどうやって勉強してたんだ」
キャロル、お手上げといった様子で目を瞑る。背景には銀髪の少女を組み伏せるクシーのイメージ図。
キャロル「普段はクシーちゃんが制圧してたよ」
カグラ「なるほどな…」
キャロル、口角を上げつつも少し緊張した面持ち。
「でも今は…ヘタレのおにーさんと、手術直後でロクに動けない私だけ」「銀髪ちゃんはまともに話せないくらい馬鹿だけど、運動神経は抜群だと思う」
再び開かれたキャロルの瞳には、こちらに向かって飛びかかる少女の影が映っている。
キャロル「私たち… ここで死んじゃって、食べられちゃうかもねえ?」
背後のソファで横たわるクシーの亡骸のアップ。力無く曲がっていた指が、微かに動く。