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北の海賊ヴァイキング〜vol.5 『言語と文字』〜

こんにちは、北欧情報メディアNorrの管理運営兼ライターをやっております、松木蓮です。普段はデンマークの大学院に籍を置きつつも、北欧に関する発信をしています。

今回の連載ブログは、「北の海賊ヴァイキング」と称して、書籍に基づいて彼らの歴史を紐解いていこうと思います。参考文献は「Viking Age: Everyday life during the extraordinary era of the norsemen」です。2019年の夏、ノルウェーの首都オスロにあるヴァイキング船博物館にて購入した一冊です。

今回は、参考文献の第3章「Intellectual Life」より、ヴァイキングの言語と文字についてみていきます。

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↑ルーン石碑:スウェーデン南部の古都ルンドより

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▼スカンジナヴィアの言語とは?

スカンジナヴィアを中心に活動を広げていたヴァイキング達はどんな言葉を話していたのでしょうか?言語学においては、ヴァイキング時代のスカンジナヴィア語は北ゲルマン語群に区分されます。

スカンジナヴィア語には、「デンマーク語🇩🇰・ノルウェー語🇳🇴・スウェーデン語🇸🇪」が含まれます。やがてヴァイキングの活動が活発化し、定住したノルマンディー(現フランス北西部)、イギリスの島々、北大西洋の島々、グリーンランド、それからフィンランドとエストニアの沿岸部などにおいても話されるようになりました。オークニー諸島(ブリテン島北部)、シェットランド諸島(ブリテン島北部)、フェロー諸島(アイスランドとノルウェーの中間に位置する島々)、アイスランドにおいては、主要言語にまでなりました。グリーンランドについては、ヴァイキング時代以後、その影響力が希薄化して全く異なる言語系統のグリーンランド語が定着しました。

グリーンランドは今はデンマークの自治領ということで、公的な文書などはデンマーク語で書かれますが、公用語はグリーンランド語です。

このスカンジナヴィア語は大きく2つに分かれていました。東スカンジナヴィア語(スウェーデン語、デンマーク語)と西スカンジナヴィア語(ノルウェー語、アイスランド語、フェロー語)です。

古東スカンジナヴィア語:🇸🇪🇩🇰(+ゴットランド語)
古西スカンジナヴィア語:🇳🇴🇮🇸🇫🇴

この東西の言語は発音(スピーキング)でいうと、そこまで大きな違いはなかったと言います。ただし、デンマークに起源を持つ単語などについては、その地理的な関係性から大陸ヨーロッパの影響を受けていたと考えられています。



▼スカンジナヴィア語の関係性

先ほど、スカンジナヴィア語はゲルマン語の一派に数えられると言いましたが、どれほど親戚なのかを表したのが下の図です。上から、ゲルマン祖語、英語、古ノルド語、古スウェーデン語です。どれほど近似しているか、あるいは違いが一目瞭然かと思います。

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ちなみに、本文が何を意味するかというと、”I, Hlewagastir from Holt, made the horn.”で、おおよそ「名誉ある客、ホルテの息子たる余がこの角を作れり(訳はWikipediaより)」になるようです。かなり余談で、かつかなり込み入った話ですが、『黄金の角(Guldhornene / The Golden Horns)』に刻まれていた文字を表しています。

ヴァイキング時代が終焉を迎え、以後中世紀(the Middle Ages)にこのスカンジナヴィア語の中で変化が起きます。前述の通り、スカンジナヴィア語は東西の地理関係によって種類が分かれていました。これが、中世紀に入ると、東西の区分から替わって、南北を軸に分派していくようになりました。

つまるところ、まず古デンマーク語が古ノルウェー語&古スウェーデン語から離れ、後にアイスランド語とフェロー語がスカンジナヴィア3国と一線を画する様になりました(↓)。

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どれくらいお互いが理解できるのかというと、スカンジナヴィア3国は概ね理解し合うことができます(若干微妙なところもありますが、、)。この3国の詳細についてはコチラをどうぞ!

根っこを見れば、アイスランド語も同じ言語系統を辿っているはずです。これは、ノルウェーのヴァイキングの入植者によってアイスランドが開拓されていったという背景があるからです。しかしながら、それは時間の経過とともに、アイスランド語(とフェロー語)は大陸側(スカンジナヴィア)の言語と大きく変わってしまいました。現在も、アイスランド語はスウェーデン人などから到底理解されない言語になっています。

正確にいうと、変わったのは大陸側(🇸🇪🇩🇰🇳🇴)の言語で、アイスランド語は当初のままそこまで大きな変化を遂げていないと言われています。つまるところ、アイスランド語はヴァイキング時代の言葉に近いということになります。以下、現代の北欧言語(フィンランド語除く)の比較をした一覧です。文は先ほどの古ノルド語の比較と同じです。

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余談ですが、僕は学部時代に母校で開講されていたアイスランド語の授業を(スウェーデン語の素養がある程度ある状態で)取ったことがあります。が、単語から発音まで全く別の言語に思えるくらい難しかったです(時々似ている単語を見かける程度)。

アイスランド語の面白さ:
余談程度に抑えておきたいのは、アイスランドの特異的な立ち位置です。もともとアイスランドは入植者がいない土地でした。そこにノルウェーのヴァイキングがやってきて入植し、その過程で言語までもがアイスランド社会に根付くようになります。そしてその言語は今もなお大きく形を変えることなく、存在し続けているということになります。言語の生まれ故郷であるノルウェーではその原形はもはや確認できず、生まれ故郷でもないアイスランドにてその形を確認することができるというどこかねじれた関係が実はここにあるんです。



▼ヴァイキング達の名前

続いて、ヴァイキング達がそれぞれ持っていた姓名について見ていきましょう。人名であれ商品名であれ、名前には特別な想いが込められていることは今も変わりません。1000年前の北欧を生きたヴァイキング達は何を想って名前をつけていたのでしょうか?


■名前の付け方

まずは、名前(山田太郎の太郎の方です)について。大きく2種類付け方があったようです。複数(大抵は2つ)の要素を組み合わせて付けられる方法(Compound names)と、1つの要素をそのまま名前にする付け方(Simplex names)です。

①複数の要素に由来(Compound names)
具体的な要素として、代表的なものに「宗教」、「動物界」、「戦い」があります。どれかの要素が入っている場合、あるいは複数要素が入っている場合がありました。ヴァイキング時代の宗教とえいば、北欧神話ですね。主神オーディン(Odin)や雷神トール(Thor)、豊穣の女神フレイヤ(Freyja)、富と豊穣の神フレイ(Freyr)などがいます。これに由来する名前として、「Thorstein、Freydis、Aslaug」などがあります。一方で、動物界に由来する名前として、「Styrbjorn(=bear)、Kveldulf(=wolf)」 、戦にまつわるものとして、「Geirfinn(=spear)、Svanhild(=battle)」などがありました。
②単一の要素に由来(Simplex names)
これについては具体例だけ列挙しておきます。

男性:Ulf、Grim、Karl、Harald、Svein / Sven、Olaf、Knut / Knud、Hakonなどです。

女性:Sigrid、Asa、Ingrid、Thora、Tove、Gunhildなどです。

※男性の名前のSvenとOlafはディズニー映画「アナと雪の女王」の登場人物として知られている名前でもありますね。

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親からもらった名前に加えて、あだ名(by-name)も珍しくありませんでした。一番多かった付け方が、父親の名前にあやかったような形です。

息子には「-son、-søn、-sen」を付け、娘には「-dottir、-datter」が付けられます。例えば、Thorsteinを父にもつ子であれば、息子(例えばEgilという名前だとする)はThorsteinssonになり、娘(例えばSigridという名前だとする)はThorsteinsdottirになります。これは今のスカンジナヴィアを生きる人の名前にもその名残が垣間見れます(Johansson、Nilsson、Andersonなど)。アイスランドでも-dottirという名前の付け方はいまだに残っています。

それから、その人の外見を皮肉ったようなあだ名も有名です。872年にノルウェーを初めて統一した、美髪王ことHarald Fairhairや、フォークにように2方向に伸びた髭が特徴的だった?Sven Forkbeard、それから青歯王と囃されたHarald Bluetooth、生まれつき下半身不全の骨なしのアイヴァー (Ivar the Boneless)などがいます。ただし、今列挙した人は王やその親族など、身分が高かった人です。存命中はこうしたあだ名で呼ばれず、死後このように呼ばれていたようです。

AmazonプライムやNetflixで「ヴァイキング〜海の覇者たち〜」を見られた方は、他にも剛勇のビョーン(Bjorn Ironside)、蛇の目のシガァード(Sigurd Snake-in-the-Eye)など心当たりがあると思います。

「Harald Bluetooth」は僕たちが何かと日常で使っている無線機能の名称にそのまま使われています。もともとBluetoothという技術は北欧(特にスウェーデン)が中心になって開発されたという背景があります。なぜBluetoothなのかについては、コチラにまとめているので、合わせてどうぞ。


■苗字の付け方

名前についての説明が長くなりましたが、続いて苗字の付け方について(山田太郎の山田の方です)。これは日本の苗字と比較的似ています。一般的に、住んでいた場所や職業名に由来する苗字を持っていたと言います。

例えば、ユトランド半島(Jutland)に住んでいた人は、Judeという苗字を持っていたケースもありますし、農家(farmer)を生業としていた人の苗字はBonde(デンマーク語、ノルウェー語でfarmerの意)でした。


最後に、、ヴァイキングが西欧や南欧で交易拠点を広げるにつれ、海外の名前が浸透するようにもなりました。さらに、キリスト教に改宗以後の名前はキリストに即した名前(聖人など)が付けられるようになりました。

例えば、 Maria、Birgitta、Katarina、Johannes、Petrus、Benedikt、Andreasなどです。



▼スピリチュアルなルーン文字

今でさえ、北欧の言語はアルファベットを基調として構成されていますが、ヴァイキング時代はそうではありませんでした。ご存知の方も多いかもしれませんが、ルーン文字という文字文化がありました。

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こちらはルーン石碑で、スウェーデンのルンドで撮った一枚です。少し見にくいですが、赤く彫られている部分がルーン文字です。


■ルーン文字とは?その起源は?

ルーン文字の起源は2つ説があり、①ギリシャ文字やローマ文字(アルファベット)に影響されてゲルマン人によって形成された文字、あるいは②北欧神話に由来する説(詳しくは後述)です。お察しの通り、学者の中で前者がほぼ定説となっています。紀元後2世紀頃に作られたものがヴァイキング時代にも受け継がれたという説ですね。

北欧神話に由来する説については、主神オーディンがルーン文字を獲得したことによるとされています。知識の神や、神の神(the father of gods)と言った顔を持つオーディンですが、文字を得るために、槍で体を痛めつけ、宇宙樹ユグドラシルに9日間逆さに吊るされるという苦行を乗り越え、ついに獲得したのがルーン文字であったということです。神であったオーディンが人間界にも与え、人々は文字を扱うようになったという風にされています。ちなみに、知に貪欲なオーディンは豊富な知識を得るために、片目を差し出しました。なので、彼は片目が見えません。

言語と同じようにルーン文字は地域によって色んな種類に分かれていったわけですが、元は24文字から構成されていました(元祖ルーン文字をfuthark  と言います)。

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↑ベルゲンのブリッゲン博物館より

上部の写真を見てもらえるとわかると思いますが、ルーン文字は縦線と斜線で構成されています。これは木に彫ることが一般的だったので、彫りやすくするための形状だということがわかります。

最古のルーン文字は24文字でしたが、これは9世紀頃には16文字にまで減り、文字の形もシンプルになったと言います。大きく2つのルーン文字に分かれ、それはデンマークのルーン文字(Danish Rune)とスウェーデン・ノルウェーのルーン文字(Swedo-Norwegian Rune)です。特別用途が決まっていたわけでも、デンマークのルーン文字だからといってデンマークだけで使われていたかというとそうでもなかったようです。あくまでも名前があるだけで地域性といった制限に関係なく使われていました。

それぞれこれといって用途が決まっているわけでもないですが、前者(🇩🇰)は記念碑に彫ったりする時に使われ、後者(🇸🇪🇳🇴)は日常のコミュニケーションの手段として使われていたようです。

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(↑ベルゲンのブリッゲン博物館で購入したポストカード)


■誰が使った?どこで使われた?

ルーン文字が一部の特権階級だけに使われていたのか、それとも大衆にも広く習得されていたのかはわからないそう。それでも、ルーン文字は使われた場所に着目するとそのヒントが見えてきそうです。

ルーン文字が彫られた場所は、公的な場所が多かったそう。道路や橋、農場などです。多くの人目につく場所に彫られていたことから帰納的に考えると、多数派ではなかったにしろそれなりの人数が理解できたのではないかと考えられています。

スカンジナヴィア内でルーン文字が発見されたところで有名なのは、まずデンマークのイェリング墳墓群があります。10世紀頃の貴重な石碑が評価され、「イェリング墳墓群、ルーン文字石碑群と教会」という名前で世界文化遺産に登録されています。その他、スウェーデンのウプサラだけでも1300ものルーン文字の記念碑が残っています。

その他出土先:Ribe、Schleswig(🇩🇰)、Trondheim、Bergen(🇳🇴)Lund、Old Lödöse、Skara、Nyköping、Söderköping、Uppsala(🇸🇪)

ルーン文字が彫られた石碑はスカンジナヴィアだけに留(とど)まりませんでした。植民地として交易拠点に使っていた領土ではよく発見されていて、イギリスとアイルランドの中間に位置するマン島にてかなりの数が見つかっているようです。

その他、ルーン文字が彫られていた場所としては、様々で日常品に刻まれることもありました。装飾品や武器、日用道具などです。素材は様々で、材木はもちろんのこと、角、骨などにも刻まれていました。中には体に彫り込む人もいました。これは、ルーン文字に言語としての意味だけでなくおまじないと言った魔力が秘められていると考えられていたからです。

キリスト教化に伴ってローマ字も一緒に入ってきて、これによりルーン文字の権威は落ちます(当時のルーン文字は北欧神話と深く関わっていたので、改宗するということは文字への信仰心がなくなるのもわかりますね)。とはいえ、すぐに消えることはなくラテン語は公的な文書などの用途で使われ、一方でルーン文字は長期に渡らない重要事項の取り決めなどに使われていたようです。

最後に、先ほどの項でBluetoothについて触れました。実はBluetoothはルーン文字にも関わっています。詳しくは先ほどのリンク記事に書かれていますが、イラストで閉めるとこんな感じ。

名称未設定のデザイン (8)



▼この章のまとめ

今回は、ヴァイキング時代の言語と文字文化にフォーカスしてご紹介してきました。これまでよりも情報量が多めだったかと思います。全部知っておくと色んなことに繋がって、より深層的に北欧社会への理解が深まるかと思います。とはいえ、まずは重要はポイントから抑えておくことが大事だと思います。

僕が選んだこの章のポイントはこんな感じです。

・スウェーデン語・デンマーク語・ノルウェー語・アイスランド語はどれも同じ系統だが、スカンジナヴィア3国は時代とともに変容を遂げ、今は別の言語のように変った。一方で、アイスランドが大きく変化することなく未だに当時に近い言葉を使う。

・ヴァイキングは南欧由来のルーン文字を操り、そこに超自然的な力を信じていた。

・ヴァイキング時代の北欧神話への信仰は厚く、それは名前の付け方やルーン文字の文化にも見て取れる。

おっと、途中で挟もうと思ってグッと堪えた部分を最後に。もうそろそろお気づきだと思いますが、北欧の一国として数えられるフィンランドがヴァイキングの話に出てきませんね。簡潔にいうと、違う歴史を辿っていたということに尽きます。ということは、つまり、言語面でもその他北欧諸国と異なっているということです。詳しくはフィンランドの歴史の全容についてわかりやすく掻い摘んだコチラの記事を!

それでは!またね。
Hejdå!!



参考文献:
Wolf, K. (2013). Viking Age: Everyday life during the extraordinary era of the norsemen. Sterling Publishing.



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