北の海賊ヴァイキング〜vol.14『神話と宗教』〜
こんにちは、北欧情報メディアNorrの管理運営兼ライターをやっております、松木蓮です。普段はデンマークの大学院に籍を置きつつも、北欧に関する発信をしています。
今回の連載ブログは、「北の海賊ヴァイキング」と称して、書籍に基づいて彼らの歴史を紐解いていこうと思います。参考文献は「Viking Age: Everyday life during the extraordinary era of the norsemen」です。2019年の夏、ノルウェーの首都オスロにあるヴァイキング船博物館にて購入した一冊です。
今回は参考文献最終7章「Religious Life」より、「ヴァイキング時代の宗教」について見ていきます。いよいよ最終章を迎えました。ヴァイキングと密接に繋がっている北欧神話についても触れていきます。
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北欧はその国旗から一目瞭然ですが、キリスト教圏の地域です。スカンジナヴィアクロスと呼ばれるあのデザインを見て、北欧と結び付ける人は少なくありません。相変わらず国名と国旗が一致しない人も多いですが。
今となってはキリスト教圏ではありますが、北欧諸国のキリスト改宗は比較的時間を要しました。国別で時期は異なりますが、デンマークが公的にキリスト教の国としたのは960年ごろで、ノルウェーと北極海域の島々は11世紀初頭でした。そして、スウェーデンは頑なに受け入れを許さず、11世紀末にようやく改宗したという流れがあります。
なぜ北欧ではキリスト教の浸透が遅かったのか?この理由が今回のトピックになるのですが、現代でいうところの北欧神話が深く関わっています。北欧神話といえば、複数の神々を崇めその名残は曜日に見て取れます。
火曜日(Tuesday):軍神テュール(Ty)
水曜日(Wednesday):主神オーディン(Odin)
木曜日(Thursday):雷神トール(Thor)
金曜日(Friday):フレイヤ(Freyja)
剛健なトールについては、マーベル(Marvel)・コミックのヒーロー「マイティー・ソー」に由来しています。ミョルニルと呼ばれるハンマーの使い手で、最強の神としての顔も持ちます。実写映画も有名ですね。
Source:Marvel
他にも、日本だけでなく世界でも大人気漫画として有名な『進撃の巨人』の設定(世界観)は北欧神話にエッセンスが垣間見れます(後述)。
そんなわけで、ヴァイキングの連載ブログ最終章は「神話と宗教」というテーマで、
・北欧神話の概要
・宗教儀礼
・キリスト教改宗
について扱っていきます。
▼北欧神話とは?
ヴァイキング達が深い信仰心を寄せていた神々の云い伝え(北欧神話)にはこれ!と言った教義のなければ教会のような集会所もありませんでした。地域ごとに特色があり、多神であるがゆえに人によって信仰の深さも異なりました。
又、キリスト教のように宗教として固定化されていたというよりはもっと流動的で、これはヴァイキング時代を「文化交流の時代」と位置付けることができることにも見て取れます。外からの影響も少なからず受けていたということですね。
さて、そもそも北欧神話とはなんなのかということについて見ていきましょう。北欧神話の概要については、先ほどの参考文献に加えて「いちばんわかりやすい北欧神話」という書籍(詳細は下記参照)に基づいてみていきます。
まず僕たちが北欧神話の神々は、今から2000年前にスカンジナヴィア地域にて人々から信仰されていた神々を指します。これがヴァイキング時代により強大な力を持つようになったと言われています。神々の生き様や英雄伝説を口頭伝承にて語り継がれてきたものが12世紀にアイスランドのエッダ(「詩のエッダ」や「スノリのエッダ」など)に書き残されて、それを「北欧神話」と呼んでいるわけです。
■北欧神話の世界観
神々を語る上で、北欧神話のざっくりした概要(世界観)について触れておきます(※重要なところだけ抜粋しただけの内容です)。登場人物は多数いますが、それぞれ大きく「神族」「巨人族」「人間族」に分けられます。進撃の巨人の匂いがしますね。
北欧神話の大きな特徴とされているのが、天地創造から最終戦争(ラグナロク)、言い換えるなら「世界の始まりから終わり」まで描かれている点です。
天地創造したのは主神オーディン。何を使って天地を創ったのか。その材料が原初の巨人ユミルです。元祖巨人ですね。ユミルは何もない平面で氷と炎とがぶつかったことで生まれたと説明されています。この末裔が巨人族ということになります。
一方で、原初神(ブーリという名前の神が始まり)はどのように生まれたかというと、氷からです。原初神の孫に当たるのがオーディンで、彼が先ほどの巨人ユミルを殺害して、天地創造をしました(正確にはオーディンら3兄弟)。
ユミルの体を解体して、
肉→大地
血→海
頭蓋骨→天
脳みそ→雲
骨→山、岩
髪の毛→木
などへと形を変えました。北欧神話における世界はなんとも血なまぐさい創生から始まっているんですね。
オーディンらが浜辺を歩いていると2本の木を見つけ、ここから男女を作り出します。オーディンらそれぞれが「命、魂、知恵、目、耳(など)」を授けました。北欧神話では、「木=人間」ということですね。
こうして「神族(主にアース神族とヴァン神族)」「巨人族」「人間族」とに分かれるのですが、世界は神族を中心に回っていました。
円形の壁によってそれぞれの区域が分かれ、一番中央の丘に神族の住むアースガルズがあり、その周りにあってアースガルズを見上げるように人間族の住むミズガルズが作られました。そして、その周辺(いちばん外側)にあるヨトゥンヘイムに巨人族が住んでいました。これって「進撃の巨人」の壁(ウォール・シーナ、ウォール・ローゼ、ウォール・マリア)の概念に酷似していますよね。
「いちばんわかりやすい北欧神話」より画像拝借
上記は筆者による編集を加えたもの
図中にあるユグドラシルとは宇宙樹を指して、様々な生き物が寄り添う世界の中心です。イメージとしては、『聖書』に出てくる生命の樹リンゴやインドの菩提樹と同じような世界を司る中心的存在です。
以上が北欧神話の世界観です。これに世界の中で、神々と巨人達、はたまた神同士、巨人同士の争いが巻き起こっていきます。文字数の関係上、今回は割愛しますが、神々の人間味あふれる描写や最終戦争ラグナロフの契機などなど興味深いエピソードが盛り沢山です。
▼ヴァイキングが崇めた神々
さて、北欧神話の世界観を確信したところで、実際にどんな神がいるのかをピックアップしていきます。現在にも大きな影響を残している4つの神についてです。
■オーディン(Odin)
主神、最高神、知の神、詩の神など幾つの呼び名を持っています。先ほども確認したように、原初の巨人ユミルを殺害し、その体で持って天地創造をしたことから「万物の父」としての顔も持ち合わせています。
知略で勝利を導くその姿がヴァイキングを感化し、最も崇拝されていました。2羽のカラスが世界中の情報を伝えていたりと、全知全能でした。他にもオーディンはルーン文字や魔術にも長けていました。知識の神とまで呼ばれるようになったーディンですが、先天的にそうだったわけではなかったようです(こうした不完全な世界観が北欧神話の魅力の一つとも言えると思います)。
なぜオーディンが膨大な知識を持っているのかというと、泉(ミーミルの泉)の話があります。この泉の水を飲むと、全ての知識が手に入ることを知ったオーディンは、片目と交換して泉の水を飲みました。そういうわけでオーディンは片目
又、ルーン文字に関しては、宇宙樹ユグドラシルに元々秘められていたとされているのですが、これを獲得するために自分の体を痛めつけ、九夜九日逆さ吊りの状態を耐えたと伝えられています。
■トール(Thor)
雷神で最強の神として有名なトール。オーディンの息子に当たります。最強の武器ミョルニル(槌)がトレードマークで、これを使って閃光を放っていました。なんと言ってもトールはずば抜けて強靭で知られていて、ヴァイキング達の士気を高めたこと間違いないでしょう。
少し気性の荒い正確だったトールは、しょっちゅう巨人達と戦っては様々な武勇伝を残しています。農耕の神としての一面もあり、何かと有名で人気の高い神と言えるでしょう。
■テュール(Ty)
軍神として人気が高かったテュール。その勇敢な戦い様に惹きつけられる人が多かったようです。戦争では勝利を決める神として役割がありました。
又、巨人族にフェンリルという狼がいたのですが災難をもたらすものとして神々の間で恐れられていました。フェンリルに餌をあげて可愛がっていたのもテュールで、大きく成長してフェンリルを捕縛しようとした時、フェンリルの信用を得るために自らの腕を差し出し、結果的に食いちぎられてしまいます。
勇敢かつ、優しさと大らかさを兼ね備えた神がテュールです。
■フレイヤ(Freyja)
愛と豊穣の女神フレイヤ。その美しい容姿と豊満な肉体で多くの神々、巨人らを魅了しました。欲望に忠実な神でもあり、綺麗な首飾りを得るために、自らの体を差し出したというエピソードもあります。
■フレイ(Frey)
富と豊穣の貴公子で、凛々しく、美しい神です。フレイヤと兄妹関係にあります。巨根を持っていることから家庭に幸せ、多産の神としても有名で、結婚式の際にはフレイに祈願していました。又、冷夏の際にはフレイの木像を置き、豊穣を願ったといいます。
▼信仰と儀式
ここまでは、北欧神話についてまとめてきましたが、ここからはヴァイキングとの関係性について触れていきます。
沢山の神々が出てくる北欧神話ですが、崇拝する神は家庭や職業、経済状況や宗教観などによって大きく異なりました。例えば、最高神オーディンはデンマークや南スウェーデンで特に崇拝されていたようです。
又、階級社会においてもそれぞれ崇拝する神に傾向がありました。上流の人々はオーディンを好む傾向にある一方で、農民階級や自由市民層はトールを好みました。トールはノルウェー西部やアイスランドでの人気が高かったようです。
ヴァイキング時代に神々を祀った祭事は大きく3つありました。秋の収穫後のお祭り、冬場のお祭り、それから春の初めのお祭り。こうしたお祭りの目的は様々で、
①神々の怒りを鎮めるため、
②災難を回避するため、
③侵略計画の成功を祈って、
④豊穣祈願、
⑤平和祈願、
などがあります。
冬場に執り行われたものはYuleと言い、以前取り上げたようにこれが現代のスカンジナヴィア言語のクリスマス(=Jul)を意味します。北欧神話に紐づいたYuleをキリスト教化後も、意味を変えて音だけ残ったということですね。
儀式はいつも犠牲(=差し出すもの)が伴うものであって、対象は収穫物、日用道具、武器などがありました。あるいは、動物(羊、馬、人)が捧げられることもありました。
▼ヴァイキング達の死生観
ヴァイキング時代の死生観には決まった型はありませんでした。死後の世界を信じる人もいれば、死を単に終わりとして理解する人もいました。
死者が出た際には身内が率先して葬儀の準備を進めました。まず、亡くなったことが確認されると、鼻孔や口、目を閉じて、体を洗いました。
死後の世界について懐疑的な人がいた一方で、埋葬に関しては死後の世界に通ずるような段取りがありました。例えば、死後の世界で必要であろう所持物(食べ物、服、武器など)は一緒に埋葬されることがありました。又、奴隷がいた場合には犠牲として主人(この文脈だと死者)に仕えることもあったようです。馬や小船、ワゴンなども死後の世界への交通手段として機能することもありました。
火葬なのか埋葬なのかについては、両方ともあり、デンマークでは火葬が他の地域よりも多かったと言います。墓場は土塁となっていることが多く、その大きさは小さいもので直径2〜3m、高さ15cmを超えないくらいでした。一方、ノルウェーにある最大の墓場は直径95m、高さ19mというほどの規模感です。
▼キリスト教化
スカンジナヴィアではキリスト教に改宗するより何百年もキリスト教の存在を認識していました。もちろんそれは各国への略奪、各国との交易を通して、さらにはキリスト教の使節団の布教活動などによります。
中には北欧神話の神々とキリスト教を混ぜて理解していた人もいました。考古学的な史料なんかには、トールのハンマー(ミョルニル)とキリスト教の十字が隣り合わせになっているものがあったり、アイスランドではオーディン、トール、キリスト教による加護を信じた人もいたとか。
正式に改宗がなされる前からヴァイキング達の間ではキリスト教信者がかなりの数いたとされています。彼らにとってキリスト教のどんなところに惹かれたのかは考察しがいがあります。
一つに、キリスト教は「(世界観として)終わりがない」というのがあります。北欧神話の最大の特徴でもある「始まりから終わりまで」はひっくり返せば、神々も終わりを迎えたということを認めることになります。キリスト教の教義として、「善い行いは報われ、悪い行いは罰される」という単純明快さが受け入れられやすかったのでしょう。又、キリスト教は静的で(少なくとも初期から)変化のない教えなので、社会システムにも順応しやすかったであろうと言われています。
▼改宗に至るまで
■デンマーク:
キリスト教化まで長い年月を要したスカンジナヴィアですが、どのように普及していったのか。スカンジナヴィアの王様の中で最も早く洗礼を授かったのはデンマーク王ハラルド(Harald Klak)でした。826年のドイツにて、です。が、その後彼は国外追放されることにな利、彼の改宗は大きな影響力を持たずして終わりました。その後、960年ごろにデンマークのハラルド青歯王(Harald Bluetooth)が改宗しました。ここがちょうど(冒頭でも書いた)デンマークのキリスト改宗と重なります。
改宗した青歯王は、イェリング墳墓群で知られる石にキリスト教を布教されることを宣言したようです。これによりデンマークでは加速したということですね。
画像:世界遺産オンラインガイド
■ノルウェー:
ノルウェーではオーラヴ1世(Olaf Tryggvason)が重要な役割を担いました。彼はブリテン諸島への略奪を引いた人物で、そのまま洗礼を授かることになります。955年に国王の座に就き、ノルウェーの沿岸部全域にキリスト教を広めることになりました。
オーラヴ1世はノルウェーだけでなく、アイスランドとグリーンランドにおいても功績を残しています。アイスランドについては当初、異教信者(北欧神話)vsキリスト教信者の間で抗争が勃発しかけたものの、妥協に持ち込み、キリスト教改宗に漕ぎ着きました。グリーンランドはオーラヴ1世が切り込み、後にオーラヴ2世(Olaf Haraldsson)が成し遂げました。
■スウェーデン:
スウェーデンの改宗に関する史料はあまり見つかっていません。最初のクリスチャン国王はオーロフで(Olof Skotkonung)だとされていて、司教座がスウェーデンにも設けられました。が、以前ウプサラやゴットランドと言った都市では異教信仰が厚く、その後も続きます。12世紀初頭にようやく受け入れられたという流れです。
▼改宗後の変化
キリスト教への改宗は単に信仰が変わっただけでなく、それに伴う教会の設立や儀式、規制を受け入れることも意味しました。異教での慣習は規制され、例えば、馬肉の禁止、一定の親族間での婚約禁止、埋葬は神聖な土地のみで行う、などです。
こうしてスカンジナヴィアにキリスト教が浸透するのには長い年月がかかり、200年もかかったところまであります。教区が設けられ、教会設立、司教配置、司祭育成、修道院設立、などど続きます。
こうした発展は1103/1104年にスウェーデンの独立した大司教としてルンド設立で大きな節目を迎えます。それ以前はドイツのハンブルグ-ブレーメンの司教の管轄下にありました。ルンドは1153年までスカンジナヴィア全域での統括を担っていましたが、ノルウェーのトロンヘイム(Nidaros)に大司教座が設けられました。スウェーデン国内については1164年にウプサラに大司教座が設立され浸透が進んで行きました。
▼この章のまとめ
今回はヴァイキング達の生活を切っても切り離せない北欧神話と、それから今の北欧社会にも続くキリスト教改宗まで見てきました。
1番の見所はやっぱり北欧神話への信仰が彼らにどんな影響を与えていたのか、ということです。かつてはオーディンやトールらに厚い信仰を寄せていたヴァイキング達も、皮肉なことに略奪を繰り返すことで外の世界を知り、交流を深めることでキリスト教というまた違った思想に触れることになります。
北欧神話の世界観は今日においても様々な形で名残を感じられるので、読み物やエンタメとして楽しめるかと思います。今回ほとんど字数を割けなかった神々の日常はぜひご自身でご確認を!
ヴァイキング時代を「文化交流の時代」と形容するのは言えて妙で、まさに既知から未知へと世界が広がっていく様は彼らの生き様から垣間見れたかと思います。今回の神話の話だけでなくとも、ヴァイキングの歴史全体としてこうした「変化」を読み取っていくのは一つの楽しみ方、学び方なのかなと思います。
ヴァイキングの連載ブログの本章はこれで終わりになります。かなりの情報量と文字数でここまでお送りしてきました。時としてわかりにくい部分、説明不足な箇所も散見されるかと思いますが、ここまで読み進めてくださった方にここで感謝します。
次回はエピローグとして、僕がこのヴァイキングの歴史を通して、さらには現代の北欧社会と重ねて感じることをまとめて終わりにしようと思います。
それでは次回またお会いしましょう。
Vi ses!!
参考文献:
Wolf, K. (2013). Viking Age: Everyday life during the extraordinary era of the norsemen. Sterling Publishing.
杉原梨江子 (2013). 『いちばんわかりやすい北欧神話』. 実業之日本社, じっぴコンパクト新書
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