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ホロスコ星物語157

さて、勢いのまま出てきたは良いものの、小恵理はどこへ行ったものかしばらく迷って、ひとまず適当な方向に探査の魔術を使ってみます。

こちらの当面の目的は、魔王に連れ去られたアルトナを追いかける、というものです。しかし、生憎小恵理にはアルトナの魔力は勿論、顔も容姿も一切がわからないので、アルトナに隠蔽の魔力を施しているであろう、魔王の魔力を追ってみることで、結果としてアルトナを探し当てよう、というのが、現在の方針になっています。

魔王の魔力と言っても、連れ去った後はその辺の側近とか、その辺の魔族に命じて隠蔽の魔術を維持させている可能性もあるので、この探査には魔族の魔力も引っ掛かるように調節してあります。小恵理は、まず正面方向に音波のように探査魔術を放ち、それから90度回転してもう一度、更に90度回転してもう一度と、音波状の魔力を放射していきます。

本当は波紋のように、自分を中心とした円形状に一括で探査魔術を放つこともできるのですが、この街は規模が大きく、中途半端な位置で波紋を広げても、一定範囲までしか魔術が届かず、結果として無駄に移動の手間が増えそうなのです。だから、より遠方に、街の端まで届くよう音波状にして探査魔術を放って、その方面を一気に探査する、という方法を採りました。

「ーーーあれ?」

魔王、、ではないと思うんだけど。
なんだか、いきなりすぎて予想もしていなかったのですが、早速魔族らしい怪しい気配が探査に引っ掛かって、小恵理は首をかしげます。

魔族といっても、レグルスは除外してあるので、ここにいるのはそれ以外の魔族であるはずです。場所はどの辺りだろうかと、もう少し精査してみて、

「、、、ここ?」

何かの間違いではなかろうかと、小恵理は大きく首を捻ります。もしくは、うっかりレグルスの魔力も捉えるよう設定したままにしていたとか。

だって、魔族の反応は、たった今出てきたこの宿から、発せられていて。この宿にいるのはレグルスだけで、あとはベスタと、もう一人の宿泊客ーー

「っ! ベスタ!」

まさか、という思いで、小恵理はたった今出てきた宿へと逆戻りをします。魔王の魔力ではないけれど、まさか魔族が宿泊客として滞在している、、なんてことは、ないと思っていたのだけれど。

でも、宿の店主が人間で、客が一人しかいなくて、この宿から魔族の反応があるのなら、可能性は一つしかなくて。だからあのおっちゃんも忌々しげにしていたのかしら、と軽く舌打ちをします。宿を選ぶ前にちゃんと魔族の気配は調べたはずなのに、なんで見落としたんだろう、と焦る気持ちを抑えながら。

悪いことに、深夜から小恵理に付き合ってここまでを走り通したベスタは、疲労も蓄積していれば魔力も消耗していて、魔族相手に戦えるようなコンディションではありません。だから、この隙に狙われたりしたらーー

「ベスタっ! ーーいない、、!?」

自分達がさっきまでいた部屋の扉を大きく開け放つと、既にベスタの姿はなく、置いてあった収納用の袋もなくなって、すでにもぬけの殻になっています。

ベッドにも駆け寄って、布団を剥いでみますが、中にもいません。窓も閉まっていて、自分は今宿屋の入り口から、ほとんど離れる前に宿へと帰ってきましたから、まだ宿の中にベスタがいるのは間違いないとして。

「ったく、いい度胸じゃないの!」

だったら、こっちから乗り込むまでです。小恵理は部屋を飛び出すと、宿泊客がいるであろう部屋までダッシュで突っ込みます。途中、レグルスが足元から何か呼び掛けてきた気がしましたが、生憎とかまってあげてる暇はありません。

「ベスタ!!」
「ーーーおや?」

遠慮なく扉を全開に押し開けると、部屋の中には、緑の帽子に緑のスーツと、どこのスナフキンよ、と思わせるような格好に、線のような細い目をした、吟遊詩人を彷彿とさせるような男が、詩集らしき本など片手に、椅子へと優雅に腰かけて、こちらを窺っていて。

一見ただの優男に見えますが、その肌の色は、日焼けではないレベルの黒ーー

「魔族、、っ! ベスタを返しなさい!!」

小恵理は、揺らめく陽炎のような白いオーラを爆発的に燃え上がらせ、一歩でも動いたら容赦しないと、威嚇するように魔力を解き放ちます。

詩人な魔族は、けれど落ち着き払った様子で、うん? などと呟き、再びその詩集へと目を落とします。

「ちょっと、聞いてるの!? ベスタをーー」
「生憎ですが、僕はベスタなどという名の者は存じ上げません」

それよりも、今いいところなんですよ、とテーブルの上の紅茶なんか手にとって、小恵理の存在が、威嚇のために放出されている莫大な魔力が、全く見えていないかのように、その魔族は香りを楽しんだりなんかします。

その、あまりに無防備かつ緊張感のない姿が、なんだか思っていた反応と違って、小恵理も、あれ? と威嚇を抑えます。普通に考えたら、ベスタを人質に取るか逃げ出すか臨戦態勢に入るかで、万一を警戒して、こっちはフィールドスキル、『天の抱擁』まで撃つ準備をしてたっていうのに。

「ねえ、ベスタ、、いないの?」
「だから知りませんって。追跡者じゃないなら出ていってくださいよ」

しつこいですよ、と今度は若干不機嫌な感じにスナフキンな魔族は告げ、そっか、と一瞬素直に出ていきそうになって、いや追跡者って何よ、と小恵理は再び足を止めます。

「で、これも魔族なんだよねえ、、」

別に追跡者なんかじゃないんだけど、魔族っていうならここで倒しちゃった方が良さそうというか。魔王の手下だったら面倒臭いしな、と一瞬討伐を考えた小恵理に、スナフキンな魔族は、何かに気付いたように目を上げ、急にクスクスと笑いだします。

「、、何?」
「いえ、まさか追跡者じゃないとは思うんですが、面白い奴を引き連れてるなと、思ってな、、!」

と、その魔族は、急に目を開いて吊り上げ、最後に口調も雰囲気もがらりと変え、なあ、と口の端を持ち上げて、不気味な高揚感でも感じているように、クックック、と笑いだします。

いや、なんか急に魔族全開になったんだけど、、と思うも、見た目の不気味さに反して、なんか戦闘っぽい雰囲気がないというか、ぶっちゃけ弱そうというか、単にラリっちゃった雰囲気だけが全開で、警戒するよりむしろ、ぶん殴って気絶させておこうかな、という考えの方が何故か先に湧いて来ます。

えっと、、本当どうしようコイツ。よくわかんなくて手も出しにくい。

「ーーそこまでにしておけ、ヒブリス」

と、ここで、何を思ったのか、急にレグルスが、それはもう嫌そうな顔で、小恵理の前に姿を表します。なんだか、嫌で嫌で仕方ないけど同僚を守るために嫌々出てきてやった、みたいな感じで、レグルスの苦労人っぷりが滲み出ています。

その、レグルスの姿を見たスナフキン、もといヒブリスと呼ばれた魔族は、急にガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、

「レグルスーーっ! 会いたかったよおおおっ!!」

ーーーうげ。
なんというか、、猛烈かつ熱烈なハグを、巨漢のレグルスに、もはやオネエかよと思うようなナヨナヨした雰囲気全開で飛び付いて、その巨漢な胸に、遠慮なく頬をグリグリなんかして。

や、キツ。ぶっちゃけBLって別に嫌いじゃないんだけど、ここまでリアルで露骨にされると、むしろ引くっていうか。目一杯ドン引きする小恵理に、同じくらい、下手したらそれ以上にレグルスもドン引きしつつ、あーうぜえ、、とかため息をつきます。

「ったく、、おらどけボケが」
「はうっ!」

同じ魔族だからか、レグルスは遠慮なくヒブリスの腹に膝蹴りをくらわし、備え付けのベッドの上まで蹴り飛ばします。人間の世界なら確定でDV認定される行為なんだけど、魔族だと、もといこの世界だとどうなんだろう。意外と愛情表現だったりしたら、

「おい、バカな妄想してんじゃねえぞ」

と、レグルスは小恵理の想像でも見えていたかのように、それはもう嫌そうに否定し、はあ、と大きなため息をついて、こいつはな、と素性の説明を始めます。ちなみにヒブリス当人はベッドの上で悶えてるんだけど、こちらは完璧に、完全に、完膚なきまでに見ないことにします。

「こいつの名前はヒブリス、こんななりだが一応俺と同じ、魔王軍斥候の一員だ。ちっと特殊すぎる性格で、過去にも色々やらかしてて、斥候っつーか石膏にして固めて追い出してやりてーくらいなんだが」

一応俺らの世界にクビっつー概念はなくてな、とレグルスは困ったように頭を掻きます。普通、能力の劣る斥候など、すぐに敵に見つかって処分されるのが関の山ですから、クビになどしなくても簡単に消えていくものなんだとか。

そう考えると、9年以上は確実に斥候を続けているレグルスは本当に優秀なんだなと思うし、見た感じの印象から、長い付き合いであろうヒブリスも、実は優秀な魔族なのかもしれないと思います。

けれど、レグルスはそれも読んでいたように、ちなみにな、ともう一つ小恵理へと付け加えます。

「こいつは、優秀でも特殊なスキルがあるでもない。むしろ逆だ。無能すぎて、能力がなすぎて、ろくな魔力反応がねえから敵が見つけらんねえんだ」

わかるだろ? とレグルスは小恵理へ、実際にこの宿へ決めた際の様子を思い出させるように問いかけます。そう、、確かに小恵理は、宿内部の様子は勿論ベスタと一緒に確認しています。ここに、脅威となるような相手がいないことを。

「つまり、、最弱にして最強の魔族、みたいな?」
「こいつの場合はただの最弱だ」

なんとなくワクワクして問いかけた小恵理に、レグルスは、見ろよ、とどこまでも嫌そうにベッドの上のヒブリスを指差します。
ベッドの上では、ヒブリスが相変わらず悶えてーーん?

「あー、、なるほどね」

悶えてってゆーか、、うん、やけに静かだと思ったら、お腹を押さえた格好のまま、あれは泡を吹いて完全に失神しています。確かにレグルスは遠慮なく蹴りは入れたけど、あの程度普通の魔族なら打撃にもならないっていうか、全く効かないか、ちょっと痛かった、で済むくらいだと思うんだけど。

最初の狂気の印象が強かったから、もっと強い魔族なんだと思ってたんだけどなあ、、至近距離で見ても魔力反応はゼロに近いし、これだとたぶん、そこらの農民とかにも余裕で負けそうです。

あれは確かにただの最弱だわ、とこれを見て、小恵理も認識を新たにします。もしかすると、威嚇が通じなかったのも、余裕めかしてたんじゃなく、単に感知のキャパを超えすぎてて、こちらの能力が認識できなかっただけとかなのかもしれない、と。

それでも、その弱さを隠れ蓑に斥候なんて続けられてる辺り、魔族の世界も奥が深いんだな、と思ったり思わなかったりもしますがーー

「ーー何をしてるんです?」

と、ここで入り口の扉が開き、どこか眠そうな顔をしたベスタが姿を現します。見た感じ、外傷も何もないように見えますが、小恵理は思わずその肩をガシッと掴んでしまいます。

「ベスタ! どこ行ってたの!?」
「どこって、、自分の部屋ですが?」

何を言ってるんですか、と言わんばかりのベスタクン、あー、、そっか。ここでようやく、小恵理も自分が最初、部屋を二つ借りていたことを思い出します。

「あー、そゆこと」

思えば、レグルスはさっき部屋に突撃する時、それを教えようとしていたのでしょう。心配して損した、、と肩を落とす小恵理に、ベスタは、ところで、と奥のヒブリスを怪訝そうな目で見つめます。

「僕も途中からしか聞いていませんが、斥候、というのは、、」
「ああ、あれだ」

レグルスはベスタへ、今ここで小恵理が聞いた話をもう一度繰り返し、ベスタも自分なりにヒブリスを分析してみて、ああ、とあっさりと頷きます。その際、ヒブリスを見下ろしていた目が、儀式の生け贄でも見つけた魔女みたいにどこか怪しげに煌めいていて、ちょっと怖かったりもします。

ベスタは、一度何かを考えるような仕草をすると、わかりました、と何をわかったのかわからない感じにもう一度頷きます。

「この魔族は僕に任せてください。こんなでも斥候だというなら、何か情報も持っているでしょうし、ゆっくりお喋りでもしながら聞き出しておきますよ」

だから二人は行ってください、と。うーん、笑顔で語るベスタ、なんかもーブラックオーラまで見える感じでめっちゃ怖い。

何をするのかわかんないけど、レグルスはヒブリスのことなんて別にどうでもいいみたいで、ほら行くぞ、とか改めて出発を促してきます。魔族に仲間意識はないと言いますが、本当に煮るなり焼くなりお好きにって感じみたいです。

仕方ないので、小恵理は、気を付けて、とベスタに一応声だけかけて、渋々部屋を出ていきます。何に気を付けてほしいって言ったら、色々ありすぎて、とりあえず全部にって感じです。ベスタのことだから、アブない階段は上らないと思うんだけどさ。

一階のカウンターでは、おっちゃんが相変わらずダルそうにしていて、気を付けなって言ってたのは、もしかしてあの熱烈なハグのことだったのかな、とか思い当たります。男と見れば誰彼構わずあんな風にグリグリしてたんだろーか、とか、だから客が他にいないんだろーか、とか。

「魔族の世界も奥が深いなあ、、」

今は誰にでも人権が守られる時代だもんね、と無理矢理な感じにまとめ、小恵理は二階を一度だけ心配そうに振り返りつつ、改めてクリュセイスの街へと繰り出していきました。


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renkard
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