ホロスコ星物語153
「つまり、コエリは生きてはいるけれど、会うことはできない、と」
城の屋上で、小恵理が話を終えると、ベスタは、屋上入り口の壁に寄りかかりながら、なるほど、と言って大きく頷きます。それは、安心というよりは自分の行動について、まあまあですね、みたいな、結果を評価しているような印象を受けました。手を打った甲斐くらいはありましたね、みたいな。
「あくまでも私が起きてからだから、その前どうしてたかはわかんないからね」
というより、その辺はそっちの方が詳しいでしょ、と小恵理はベスタへ続けます。あの異空間へと転移する直前まで魔力反応は追えていたというし、ベスタの分析能力であれば、そこで何が起きていたかもわかっているはずだから。
小恵理が知っているのは、あくまでもコエリがシリウスと戦いの佳境へと突入した辺りからです。それをどこまでわかっているのか、ベスタは、それから、と話を続けます。
「シリウスは小恵理が倒し、魔王が現れて、コエリを救出して離脱したと」
「うん、シリウスについては間違いないと思う。魔王公認だし」
ゾディアックとの全面戦争を回避するため、魔王は最初から小恵理にシリウスを倒させようとしていた、、理由はあくまで想像でしたが、魔王がシリウスを見殺しにしようとしていたのは、誰の目にも明らかでした。あの同じ異空間にいたのであれば、本当なら再び魔眼を発動したり、なんなら加勢することだってできたはずなのに、敢えてあの魔王は何ら手を出すこともなく、小恵理へとシリウスの命を差し出したわけです。
小恵理がその魔王の思惑を説明すると、ベスタは再び、ありそうですね、と頷きます。
「シリウスの光剣、光弾はいずれも光属性、聖女とされる小恵理には通じない。そしてそれ以外にシリウスには攻撃手段がない、、それを、教えられもしなかったんですよね?」
「うん、最期まで私をコエリと思ってたみたい」
もしシリウスを助ける気なら、少なくとも入れ替わりのことくらい事前に教えられていたはずです。魔王は、その原理を既に知っていたのだから。
けれど、魔王はそれを教えなかった。シリウスは知らぬ間に、コエリと相対していた時とはまるっきり逆の立場に立たされていたわけです。
そこまでを理解して、ベスタも、なるほど、と頷きます。
「となると、その推察は正しいでしょう。城内に隠す魔族としての選定は勿論、コエリへの対策にしても、あなたへの対策にしても、万全の人選だったわけです」
「魔王の野郎、とか言うくらい性格も悪かったんでしょ? 原作でも独走しまくる問題児だったし、切られても当然っちゃ当然なんだろうね」
と、そう横から付け加えるようにシリウスについて語る莉々須は、一見冷静な口調ではありながら、その瞳には、後悔や怒りといった、もしシリウスが目の前にいたら、、とでも思っているような、負の感情が渦巻いていました。
その心は、もう一人の聖女とされる莉々須には危ういもののように思えて、小恵理は、あのさ、と無理に明るい声を出して話を切り替えます。
「私がわかる話なんてこんなもんだし、私が眠ってる間どうしてたのか、みんなの話も聴かせてよ、ね?」
「いえ、その前に、もう一つ確認させてください。魔王は最後、本当に何もあなたに手出しせず、あなたをこちらへと返したのですよね?」
んー、ベスタ、空気読んでくれない。小恵理は、そのはず、と自分もその点には訝しく思いながら頷きます。特に、天王星スキル発動直後については、コエリにはスキルによって守りの力も働いていましたが、小恵理に対してであれば、何かする気なら、いくらでも手出しができたはずなのです。
「むしろベスタも見てみてほしいくらいだよ。分析能力ならベスタの方が上なんだから」
はい、と小恵理は言ってベスタに手を差し出します。丁度自分も気にはなっていたし、外から見て分析するだけでなく、手に触れることで、直接小恵理の内部の魔力の流れを診ることができるからです。
ベスタは、一瞬躊躇いながら、どことなく慎重に小恵理へと手を伸ばします。何か緊張でもしているのか、少し頬が赤くなっている気もします。
「あ、ついでに、なんならちょっと魔力持っていく?」
「いりません。もしほんのちょっとでも送ってきたら三倍にして突っ返しますからね」
何気なく、まだ少し魔力の消耗で疲れていそうだから、と話を振った小恵理に、ベスタからは思いのほか鋭い声と眼差しが返ってきます。むしろそこには、先程莉々須に見たような恨みがましさと言うか、後悔の疵のようなものが見えてしまって、小恵理も、そっか、なるほど、とその原因に思い当たります。
前回、小恵理が長く眠りについてしまったのは、国の抱える魔術師、数百、数千人分にすら相当しようかというほど膨大な自分の魔力を、枯渇するまで使いきり、自らの命まで削り取ってしまったからです。それ自体は、事情が事情だったので仕方ないと、今でも小恵理は思っているのですが、小恵理にみすみす枯渇するまで魔力を使い切らせてしまったベスタとしては、同じ轍は踏みたくないと、むしろ小恵理の魔力の消費には敏感になってしまっているわけです。
「私も、別に考えなしに魔力を送ったり使ったりしてるわけじゃないんだけど」
「関係ありません。さっさと精査しますよ」
ベスタは、ぴしゃりと言い切ると、じっとしててくださいね、と言って少し乱暴とも言える手つきで小恵理の手を取り、目を閉じて、小恵理の内部の魔力の流れ、小恵理の中に眠っているはずのコエリの存在まで、持ち前の分析魔術を通して調べ尽くしていきます。
ベスタの魔力ってこんな感じだったっけ、、と二人で父の毒殺未遂の犯人を追跡をしていた時のことを思い出し、なんとなく懐かしく思って、、数分程度が経過したでしょうか。やがてベスタは目を開けて、少し表情を険しくしつつ、何かを考えている風に、宙を見つめながら手を離します。
「確かに、何もありませんね、、僕の能力で、ネイタルも用いて見える限りの魔力の流れ、状態を全て見せてもらいましたが、魔王の干渉どころか、今のあなたの魔力には、魔族の魔力が入り込む隙すらありません。異様なほど消耗しているようですけどね」
ベスタは、最後にジト目で小恵理を見つめ、小恵理は、まあまあ、と手を出して宥めます。平気な顔をしているようですが、さすがにトランスサタニアン、海王星スキルほどではないとはいえ、天王星スキルを放った際の消耗具合は、いかに小恵理とはいえ、無視できるレベルではありません。ただ、さすがに倒れるほどじゃないし、何より、莉々須が心配で、自分のことになんてかまってられなかったのです。
ベスタは、小恵理らしくはありますが、と渋い顔をしてから、軽くため息をつきます。
「、、ひとまず、小恵理の魔力ですが。まだ完全ではないとはいえ、聖女特有の光の魔力は満ちていますから、魔王とはいえ、単に干渉する余地がなかったのかもしれませんね」
一応は杞憂のようですよ、とベスタは続けて、屋上入り口の壁から身を離します。
「ベスタ?」
「あなたが眠っている間の話は、莉々須の方がよく知っています。僕は色々と手を回しておくことがあるので、これで失礼します」
それだけを言うと、ベスタはさっさと城内へと姿を消してしまいます。策士で計算高いベスタに、手を回しておく、とか言われると、なんとなく闇の深い方向にイメージが膨らんでしまうのは、うーん、なんだろうね?
とりあえず、ベスタはいなくなってしまったので、小恵理は改めて莉々須の方を向き直ります。
莉々須について小恵理が覚えているのは、まだ莉々須が城から逃亡して、北の山の洞窟内に身を潜めていた時までです。それから入れ替わったコエリと何があったのか、外見の雰囲気は、中等部で見たゆるふわ系ではなく、高等部で改めて離宮で出会った時のツンツンした感じでもなく、むしろ白シャツにパンツルックという格好で、ラフで活動的な女の子、といった雰囲気が強くあります。
こっちに来た直後にあったみたいな、鬱屈した不満とか世界へのイライラなんかもなく、これが本来の莉々須なんだろうな、とわかる、根の素直そうな、あと言っちゃなんだけど、たんとお泣き、ができそうなその辺の雰囲気とか、女の子らしさが詰まった可愛い子、というのが今の莉々須から受ける印象なのでした。
小恵理は、なんとなく緊張した雰囲気の莉々須に、そんじゃあさ、と気楽な感じに話しかけます。
「とりあえず、私たちも戻ろう? 王子に言えばどっか適当に部屋も借りられると思うし、色々聞かせて?」
「うん、、私も、小恵理には色々聞きたいし」
うーん、でもなんだか、なんだろう、ちょっと雰囲気怖いというか、、ベスタの話だと、コエリとは本当に仲が良かったみたいだけど、私とはうまくやれるのかな、と心配になったりもして。
少しばかり気後れするような気分を味わいながら、小恵理は莉々須を連れて、城内へと戻っていくのでした。
ーーで。
コエリと入れ替わりに帰ってきてしまったことで、アセンダントの家の人間には驚かれつつ、ルナは号泣するほど喜んでくれたけど、兄と妹には微妙な顔をされ。一応顔を出した学院では、やっぱり死んだことになってたみたいで、教員からも、たまたま学院に来てた生徒たちからも、あれこれ驚かれつつも、歓迎だけはちゃんとされて。
ジュノーに関しては、部屋を借りに行ったときに会ったけど、不思議そうな顔をされただけで、どうにも入れ替わりに気付いてもくれませんでした。面白くはないけど、うん、まあ形だけの婚約者なんてこんなもんだよねって感じです。
「莉々須って、原作の子犬ちゃんは太陽魚だったよねえ、、」
自室に帰った小恵理は、あの子何座なんだろう、と頭を捻りつつ、夜空なんかを眺めたりします。コエリは別の部屋を使っていたそうだけど、何ヵ月も留守にしていたのに、ちゃんと自分の部屋も綺麗に保たれているところに、メイドさんの仕事ぶりが窺えます。
まあ、莉々須の星座は、後でもいいや、と。一回気分を切り替えて。
さてーーと。これからの、今後の予定について考えて、小恵理は少しだけ微笑みつつ、遠くに見える、輝く皓月を見つめます。
一応、挨拶できる各方面には挨拶をしたけれど。そういえば、ディセンダントさんの方には顔出ししてないな、、公爵様に挨拶はしておきたかったんだけど、あそこもコエリと仲が良かったというから、ちょっと寄りにくくてスルーしちゃったんだよね。お世話になってたパラス殿下は、婚約したフローラさんと外遊に出ているみたいで、今は屋敷にはいないようだし、まあいっかなって。
ーーどっちみち、長くは留まらないしね。
魔王の狙いが、自分で。しかも諦める気がないと、言われている以上は。
まだ想像の範囲ではあるけど、ハウメアが魔王を背景に事件を起こしたことは、魔王本人の言葉から、もうわかっています。囚人の塔は立ち入り禁止になっていて、面会許可も得られなくて中には入れなかったから、直接は会えなかったけれど。
もしかしたら、ハウメアを唆して、自分を狙わせたかもしれないことも。
相手が原作を知っていて、それを背景に何かを仕掛けてこようとしていることも、わかっていて。ーーだったら、こっちからその原作にない動きをしてあげたら、相手の思惑に左右されることは、もうありません。
「私、昔からこういう暗躍って得意だったんだよね」
一応、食料やら着替えやら、長旅になっても大丈夫なように、昼間のうちに収納魔法を使って、ちょっと多目に備品も用意してあります。
小恵理は、窓枠から外を乗り出して。そこで幼少期、まだ初等部に入学してほどなくの頃に、貴族の子弟の誘拐犯を捕まえに、夜中に家を抜け出したことを思い出します。
あの時も今回みたいに、メイドさんを遠ざけて、枕を布団に放り込んで偽装して、真夜中に屋敷を抜け出したんだよね。
あれから9年、やってることが当時とまるで変わってなくて、案外人間って成長しないもんだね、と小恵理は一人笑います。
当時と違うことと言えば、身体が成長して、魔力も魔王と呼ばれていた当時とすら、比べ物にならないくらい成長したことと。
「あとは月と火星、冥王星だけか、、全部覚醒したら、この世界ともおさらばなのかな」
当時太陽の射手しかわかっていなかったネイタルは、太陽射手、水星も射手、金星蟹、木星蠍、土星牡羊、天王星も蟹で、海王星が天秤と、10あるネイタルの、7つまでが既に判明しています。金星の位置が太陽から遠すぎたり、同年代なのにジュノーやベスタといった、他のメンバーと木星以降の配置が異なるとか、いくつかの位置関係は、現代では明らかにおかしいのですが。まあ異世界だしね、でスルーするのは、もはや子供の頃からの常識です。
この世界の能力は、ネイタルの覚醒している数で強化されていくので、ここまで判明してしまえば、もうおそらく魔王軍ですら相手になる魔族はいないでしょう。魔王との直接対決がどうなるかは、まだちょっとわかんないけど。
「それじゃ、また帰ってくるから」
たぶん今度帰ってくるときは、私はいなくなって、コエリ一人だろうけど。コエリに出発の挨拶させてあげることはできないから、そこはちょっと我慢してもらうことにします。
ーーそうして、長年世話になったアセンダントの屋敷に、一度簡単に挨拶をして、小恵理は軽く跳躍、屋敷の屋根の上へと跳び乗ります。前回、子供の頃はうっかりしていたけれど、敷地の中で魔力を使うと警報結界に引っ掛かるので、影画も何も使っていない、生身での跳躍です。
それから、忍者にでもなった気分を味わいつつ、人様の家の屋根の上へと再びジャンプで跳び込み、宙にいる間に得意のステルスを発動します。これでもう、結界があっても、問答無用で探知を無視して走り抜けることができます。
準備を整えたところで、闇夜を疾駆しつつ、この、オリンピック選手を数十倍は上回るだろう身体能力の高さに、ちょっと楽しさなんかも感じながら。とりあえず貴族街を抜けるため、進路は大きな屋敷を通りつつ、一回西の森の方へと走ります。今後のため、以前発動したフィールドスキルがどうなったのかを、確認するためでもありました。
これで、自分が一回いなくなった状態でも問題なく維持されてるなら、王都全域に出発前に何かスキル撃っておいてもいいしね。一人で王都を出てから、魔王が攻めてこないとも限らないからさ。
軽く跳躍とダッシュを繰り返して、十数分くらいでしょうか。平原を抜け、西の森に着くと、そこには、相変わらず『天の抱擁』の発動したスキルの証、金の鱗粉を纏った半円形の別空間が展開されていて、うん、しかもほとんど弱ったり消耗したりっていう気配もなし。我ながらナイス。
一応中にも入ってみて、既にいくつかの家も建設が完了していて、ここが集落として機能している様子も見ることができました。自分が眠っている間に、すでに魔獣の残党狩りも終わっているみたいで、魔力反応を探ってみても、危険生物の気配もありません。
ここ、一応以前、自分が死にかけた森なんだけど。実際目にしたくらいじゃ、案外気にならないものみたいです。むしろ無事発展してて良かったというか、
ーーただまあ、うん、失敗とは言わないけど、、実は寄らない方が良かったのかなとは、思わなくもなかったり。
「ーーちょっとは上達したんじゃない? 隠れん坊の腕もさ」
集落の外れ、円形状に広場ができるよう木々が刈り取られて、広間のようになった草地にある、一本の樹。魔力反応は勿論、体温や呼吸といった、生体反応まで綺麗に隠蔽している樹に向けて、小恵理はちょっとだけ躊躇ってから、気楽に声をかけます。や、スルーした方が怖そうだったからさ。
しばらく反応はありませんでしたが、やがて、一分も経たない内に諦めたのか、その樹の後ろからは、この世界でも最も慣れ親しんだメガネ君、ベスタが、呆れた様子で姿を表します。
「はぁ、、今回はなんでわかりました? 生体反応に魔力反応に、今回は全て完全に消しましたから、今度という今度こそ、僕に落ち度はなかったはずですが?」
「いや、だってここって綺麗に円形状に草が刈られてるのに、なんでそんな半端な位置に樹が一本立ってるのよって」
周囲には草地が広がっていて、森の境目まで樹は一本も生えていません。その手前に一本だけぽつんと樹が立ってたら、なんじゃそりゃって思うのが当たり前というか。で、怪しんじゃえば、あとは隠蔽のための結界自体をピンポイントで探知すればいいわけです。
説明を受けたベスタは、周囲を見回して、ようやく自分が円をはみ出た位置に樹を立てていたことに気付いて、大きなため息をつきます。
「、、油断しました。暗くて境目がよく見えてなかったんですよね、、」
灯りをつけておくわけにもいきませんでしたし、と一言だけ言い訳がましく嘆いて、ポウ、と。ベスタは諦めて火魔術で光を灯して、改めて周囲を照らし出します。ベスタは白シャツにちょっと頑丈そうな皮の上着、スラックスなんかを履いて、片手には何かの袋を持っていて、昼間の格好とは上着だけが違っていました。
それから、手頃な切り株を見つけると、ベスタはそこに浅く座り、小恵理を手で招きます。どうやら座れってことみたいだけど、野晒しになってる切り株に普通に腰かけるとか、ちょっと潔癖性なベスタらしくなくて驚きます。勿論、自分は遠慮なく腰かけます。
「、、で、今って深夜で、しかもここ森の中なんだけどさ。なんでここにいんの?」
「あなたのことですから、どうせ一度は様子見に来るだろうと思って待っていました。明日は月曜日なので、ちょっとした賭けでしたけどね」
学院に遅刻してしまいますから、あと一刻待っても来なかったら帰ってましたよ、とベスタは不本意そうに続けます。むしろ来たことを責めているような口調で。や、まあ、黙って一人旅しようとしてたんだから、文句は言えないんだけど。
ベスタは、けれど実際は、来るまで待ってたんだろうな、とも感じました。ピンポイントでこの森にいるなんて、本当に賭けだとは思うけど、なんせハウメアの事件で眠りに就くまでの間、一番長く、親しくしてた男の子だったからね。元々分析能力の高いベスタですから、人の行動を読むなんて朝飯前ってワケです。
だから、小恵理は素直に、ごめん、と謝ります。
「昼間話した通り、魔王様ってば私のことを狙ってるみたいだし、国にいたら迷惑かけちゃうからさ。さくっと倒してまた帰ってこようかなって」
「まったく、あなたらしい理由ですね、、そうだと思ってましたよ」
言って、ベスタは立ち上がりーー手に持っていた袋から、いやちょっと待ってそれどんな構造になってんのよおかしいでしょ、と思うほどでっかいテントなんか取り出します。十人は余裕で寝られそうな、簡易版ぽいのに巨大なサイズの。
「ーー昼間に僕は言いましたよね、色々手を回しておく、と」
「、、、えー、、いや、なにこれ」
「あなたが魔王討伐に出ることなど、わかりきっていた、という話ですよ。ちなみにこれは次元収納機能付きの袋で、見ての通りキャンプ道具も食料も、傷薬その他各種長旅の備品三十点セットも常備されています。蛇や毛虫、蝿や蚊などの害虫対策もバッチリです」
「えーー、、、ごめん、話が全然わかんない」
そんな、めっちゃどや顔で深夜の通販サイトみたいな紹介されても。お買い得、でもなんでもないし。一個しかないんだから。
それも、だから何、って話でもあって、、小恵理は素直に、で、どういうことよ? と尋ねます。そもそもキャンプ道具なんかここで出されても、夜のうちに国を出るくらいまで移動するつもりでもあったし。こんな森で寝るなら、集落に行って空き家でも借りた方がまだマシです。
ベスタは、今取り出したテント一式を再び袋へと収納しつつ(吸い込むように消えていった。この袋超便利そう)、つまり、と話を戻します。
「その旅には僕も同行する、ということですよ。あなたを一人放っておいたら、何をしでかすかわかりませんから」
「ーーいやちょっと待って学校は!?」
「休学申請を出して、既に受理されています。親切な友人がいましてね、学院の生徒たちにも、彼を通して明日の朝話がいくはずです」
クライスト子爵の息子で、パラス殿下の付き人候補なんですよ彼、と、実際はベスタは彼の素性なんてさほど興味もなさそうに続けます。なんとなくこっちがどんな反応をするかだけは見られてるみたいだけど、クラスメートの名前なんて相変わらず覚えてないし、どうせ誰だかわかりません。
で。これってつまり、明日が月曜で、とか言ってたのは何の関係なかったってことね、、マジで賭けもいいところじゃん。もし私がここに来なかったらベスタ、明日からどうしたんだろう、と興味深く思う反面、ベスタはいかにもしてやったぜ、みたいな顔でニヤついていて、なんか騙された感もあって、ちょっとムカつきます。樹の偽装がばれた分の、リベンジでもされたみたいな気分です。
「あのさあ、同行の申し出はありがたいんだけど、、行くとこわかってるんだよね?」
それもあって、小恵理は意地悪く問いかけます。
ベスタってば、わかってるのかわかってないのか、気軽に同行とか言ってくれてるけど、これはちょっと気楽な旅行なんてものじゃなく、行き先は魔王城、魔族は勿論、凶悪な魔物の徘徊する辺境で、下手したら、最後に行き着く先はあの世かもしれない旅路なのです。
一応心配して確認した小恵理に、ベスタは、勿論ですよ、とちょっとどや顔を残しながら頷きます。
「ズボラでいい加減なあなたですから、旅先で色々困ることも起きるでしょう。ちゃんとフォローできる人間を連れていくのは大切だと思いますよ」
そもそも、道順や何日程度の旅程になるかはわかっているのですか、とベスタは続けてきます。
うーん、魔王領が東だってことだけはわかってたから、行けるところまで町づたいに行って、適当に人に聞いていけば辿り着けると思ってたんだけど。
素直にそう答える小恵理に、ベスタは苦笑して、そういうことですよ、とあっさりと言って、手を伸ばしてきます。さあ行きますよ、とでもいう風に。むしろ自分がリードする感じで。
うーん、まあ、、一人じゃ不安があったことも、危険があると思ってたことも、確かではあったし。
ーー頼れる同行者が一人いるってのは、いいことかもしんないよね。
小恵理は、仕方ない感だけは表に出しつつ、迷いはしながらも改めて、それじゃ、これからよろしくね、とそっとその手を取るのでした。