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ホロスコ星物語223

「ピンチヒッター、という言葉が、あるらしいのだけれど、、あなた、知っているかしら?」

ランツィア、と小恵理に呼ばれていた青年は、驚愕のあまり、腰を抜かしたように山の芝へと座り込み、突然現れた黒衣の少女を見上げます。

顔の造形は、元々の小恵理とは変わりません。だから、その少女は、切れ長の目に長い睫毛、ふっくらとした唇、青みのかかった艶やかな黒髪、龍と蝶の紋様が幻想的な、黒絹のようなさらさらとした生地のドレスを身に纏い、美の化身たる女神像のような顔容と造形を持った、間違いようのない美少女であって。

普通に出会っていたなら、こんな風に驚きに目を剥くことも、腰を抜かすこともなく、それこそ、恋人の存在さえ忘れて、のぼせ上がった可能性すらあったのでしょうね、と、その少女はーーミディアム・コエリは、考えます。

天真爛漫、可愛らしく、気ままな猫のような印象を受ける小恵理と、鋭く冷たい、真冬の寒気を感じさせる冷徹な視線、氷の女神を思わせる冷然とした表情を持ったコエリでは、受ける印象は、全く異なるのが当然というもので。ランツィアは、これはいったい誰なのだと、呆けたように口を開け、問いかけるような目をコエリへと向けています。

小恵理は、無防備が過ぎるから、とコエリはそれを、冷めた瞳で眺めやります。勿論、ピンチヒッター云々というのも、答えを求めたような問いではありません。ただ彼が自分にどのような反応をするか探るための、ソナーを投げたようなもの、、小恵理の知識によるところの、誘い水です。

コエリは、ただ地面に座り込むだけの青年から、つまらなそうに視線を反らし、下方に流れる川と、その上流、先ほど小恵理の気にしていた、転移魔法陣のあった辺りを眺めやります。

魔力反応は、小恵理が川辺へと降りていた間も、龍の首に襲われていた間も、彼に背負われ、この丘へと帰ってきていた間も、何も変化はありません。

それは、決して起動していないわけでも、何も呼び出していないわけでも、なくて。

「小恵理には一度、魔力の本質を学んでもらった方がいいのかもしれないわね」

普通にあの魔術を読み取れる者なら、こんな失態を犯すこともなかっただろうから、と。コエリは微かに息をつき、自分の胸の内へと語りかけるように呟きます。まさかこんな場面で帰ってくることになるとは思わなかったわ、、と。

それからーーでも、心配しないで、と。愛しい相手に告げるような、優しい声で自らの内へと呼び掛けて、己の影から掌中へと、慣れ親しんだ、漆黒の剣を呼び出します。

「あ、おい、、!?」
「、、何?」

そこから一歩踏み出し、川辺へと跳躍しようとした背中に、ランツィアから、慌てたような声が届けられて。それにコエリは、それこそつまらない、巷に溢れる我欲と煩悩にまみれた男どもに向ける、忌避するような瞳を返します。

小恵理は、基本的に自分がどうしたいかや、何を思うかばかりを大切にしていて、自分に向けられる視線の意味を深く考えないと、コエリは思っています。だから、これまでの、一見紳士であったこの青年の、本当の思惑や、胸内に秘めていた低俗な望みにも、全く気付いてはいなくて。

仮に、ランツィアに恋人がいなければ、コエリであっても、許容する余地くらいはあったのかもしれないけれどーー私に、その手の欲望は隠せないわよ、と。

向けられる冷徹な瞳に戸惑い、口ごもり、二の句を告げられないランツィアに、コエリはうっすらとした笑みを浮かべます。小恵理であれば、ミアという恋人の存在を知っていてなお、年頃の男の子だから、若いから仕方ないよねと、笑い飛ばすこともできるのだろうけれど。年齢を言い訳に、不埒な願望など赦すコエリではありません。

そう、恋人がいる身でありながら、目の前の美貌の少女に心揺らいで、あわよくば、小恵理とも近付き、関わりを持ちたい、だなんて、、そのために紳士に振る舞い、アプローチの時を狙っていたーーそれを繰り返していた、低劣な、青年。

地下を抜けて山道へ出た時に、ここぞとばかりに両手で小恵理の手を取った時の、あるいは、ガレネとの一戦の後に、小恵理を抱き留めた時の、もしくはその前に地底湖でセイレーンに追われ、隣を泳いでいた時に、密かに小恵理の肢体へ見とれていた時の、、また昨晩も劣情に駆られ、小恵理の寝姿に見とれていた時のーー娘を寝とりに来られた母親のような気持ちを、コエリは決して忘れてあげる気はありません。
仮に今、正真正銘小恵理のために、危険を推して必死の思いで川辺へと降り立っていたのだとしても。

「用がないのなら、邪魔はしないでちょうだい」
「あ、待ってくれ、その、怪我、、!」

、、ああ、と。コエリは、黒衣の内に刻まれた、自身の身体の傷に、ふと意識を流します。

小恵理であれば、出血多量で気を失うような出血でも、コエリにはさほど大きな傷ではありません。身体は同じものを共有している以上、物理的な出血自体は、どちらも変わらないにしてもーー、内在する生命力というものが、根本的に違っていて。

以前、砂漠の遺跡で小恵理は、ベスタに魔力とは生命力の変異体のようなものであり、魔力の強さと生命力は連動する、という話をしていました。事実、小恵理は砂漠の町のイダにおいて、意識を失い、生命力を尽きさせかけていたアルトナへ、自身の魔力を分け与え、それを生命力へと逆変換することで、アルトナの命を救っています。

けれど、真実は、それとは少しだけ異なります。
保有する魔力は、生命力と連動する、、実際魔力の枯渇は生命の危機に直結するし、それ自体に間違いはないけれど。実際は、魔力の中でも特に、自分の生命力と連動する魔力と、そうでない魔力というものが存在するのです。

具体的にいうと、自分の生命力が闇魔術由来の生命力であれば、当然変換されやすいのは闇魔術に用いられる魔力であって、他の、例えば風属性を持った魔力や、水属性を持った魔力は、生命力とは連動しにくいことになります。

これは、いわゆる幼少期からの魔力の扱い方によるもので、自分の魔力が使いやすい属性の魔力に馴染み、そのよく使う属性の魔力によって、自分自身の生命力もまた、その魔力の属性に染まっていく、と考えると分かりやすいように思います。その結果、生命力と魔力の連動が強まり、変換にも偏りが出るのだと。

よって、全魔術、全属性などという幅広い属性を用いる小恵理の魔力は、いくら膨大でも特定の色には染まりにくく、生命力への変換も、常に一部の魔力の変換にとどまるため、それほどスムーズには行われません。

対して、コエリの魔力は後にも先にも闇一色であり、魔力と生命力の変移は、ほぼ一直線に連動しています。よって、小恵理の場合は、魔力の絶大さに反して生命力は低く、コエリは魔力の大きさに従って、生命力も膨れ上がっていくことになります。

勿論、これはお互いに利点も欠点もあり、小恵理は逆に魔力の消費が生命力に影響しにくく、だからこそ、魔力が枯渇する寸前まで生命力を維持して、魔石作りができたり、誰かに魔力を気楽に分け与えることができたり、生命力が低下した状態でも、トランスサタニアン級の極大スキルを放つことができるのです。

逆にこれがコエリであれば、魔力の低下が生命力の低下に直結するため、魔力の低下はそれだけで疲労や死へと直結しやすく、例えば、特に長期戦においては、魔力の管理が極めて重要になってきたりします。

これが、同じ身体で、同じ傷を負っていても、重症になるのか軽傷で済むかの違い、、当然、コエリにわざわざランツィアへと解説する意欲はありませんから、そうね、と一言だけ返して黙殺することにします。治癒は、後でも足りると見たからです。

「私は小恵理と違って、甘くはないわーー誰に対しても」

勿論、その対象には、自分をすら含んでいて。そのコエリの気迫に、仕掛けた誰かが危機感でも持ったのか、漆黒の剣を構えたコエリに、谷底の川の水面がわずかに膨らみ、

「また、、っ!」

バシャア、という水音と、その水で組み立てられ、飛来する複数の透明な龍の首。そこからコエリは、襲撃者は、水辺からの距離など関係なく、あくまでここまでを静観していただけ、ということを見てとります。

ランツィアからは焦る声がするけれど、コエリの目に、そんな川の水からの襲撃は、脅威には映りません。

弾丸のような速度で飛びかかり、食らいつく龍の首たちに、コエリはーー、ゴウッ、と。自分自身を、周囲の木々もろともに焼き尽くす、漆黒の炎で覆い尽くして。龍の首は、漆黒の炎に触れた瞬間、成す術なく蒸発し、消滅します。

剣で斬ったところで、実体が水であれば、構うことなく食らいつきに来ると、そこまで見越した上で、絶対に安全という範囲を見極めた、黒炎を展開したのです。勿論、その炎で自分が傷付くことはないと承知で。

そうして、黒炎に包まれるコエリを、恐怖と驚愕の入り交じる瞳で、蒼白ともいえる顔色で見つめるランツィアは、無視して。コエリは、改めて川の上流、転移魔法陣へと狙いを澄まします。まずは、これを黙らせるために。

「龍が好きなのね、、なら、返すわ」

ーー味わいなさい、と。
コエリは、軽く跳躍し、青白い輝きを続ける魔法陣へと、周囲を漆黒の闇色に染め上げる、強大な、暗黒に揺らめく魔力を解放します。

身に纏う、渦巻く漆黒の炎がーー、黒衣へと象られていた龍の刺繍が、見る間に巨大化し、全身を同色の炎に包む、黒龍へと変貌して。現れた巨木ほどの体躯を持った黒龍は、途中、新たに跳ね上がる水竜の首を一蹴しながら、グオォォ、という咆哮を上げ、一直線に転移魔法陣へと飛び込み、

「うっ、わ、、!」

バチバチバチッ、と。魔法陣にかけられていたであろう防御魔法を、青く輝く光の壁ごと飲み込んで、コンマ数秒で強引に突破し、黒龍は魔法陣を爆砕、その周辺の大地、枯れ枝や落ち葉、植生までまとめて、一気に焼き尽くします。

それでも、山火事になる、と思う間もなく、その漆黒の炎は、魔法陣を飲み込むと同時に、その猛烈な火勢に反して、燃え広がることなく、自然と収束していって、、後には、白い煙を上げ、僅かに燻る草原のみが残され、それによって、川全体に発動していた、召喚の魔術も停止します。

あの魔法陣はつまり、この川全体を召喚の陣として使用していた、転移先指定型の魔法陣だったということ、、川の上流に設置しておくことで、川の中であればどこからでもあの龍の首を、水の精を仕込んだ龍を、展開することができたわけです。それも、起動しているのはあくまで魔法陣だから、そこにだけ魔力反応を生じさせながら。

「あ、あんた、、いったい」

静まり返った空気と、平穏な雰囲気が戻ってきたことで、ランツィアは恐る恐る、コエリへと近付いてきます。
けれど、コエリはそれに、刺すような視線を向けることで、ランツィアの足元を凍りつかせ、その歩みを停止させます。

「小恵理は、名乗らなかったのよね?」
「え、、?」

問いの意味がわからず、ランツィアは呆けた顔で問い返します。けれど、コエリはそれを相手にせず、傷ついた自分の身体に、闇の魔力を注入して、まずは己の治癒を促進します。

そうして、傷口が塞がるのを確認してから、身に纏っていた黒衣を解き、深紅に染まるブラウスを、不快そうに見下ろして。

出血自体は、コエリから見ても決して少ないとは言えません。問題は、生命の危機云々ではなく、単純に目眩や倦怠感など、身体が決して軽くはない不調を訴えてきていることで。

「私は、ハンデなど好む性格ではないのだけれど」

失われた血液をすぐに造血できるような技術は、さすがのコエリにもありません。
だからーー仕方ないわね、と。微かに痺れを感じる自らの掌を見つめ、いつもより明らかに起動が鈍く、冷えて思うようにならない身体を、コエリはうっすらと微笑んで受け入れます。

小恵理は、あえて大きな魔力の使用を控え、ランツィアを小まめに気にかけ、決して傷付くことも、危機に陥ることもないようにと、配慮を欠かさなかった、、それはランツィアに限らず、敵であっても他の人間を殺害することもないように、という、相対する冒険者らへの配慮すらも、同時に内示するものでした。

ーー甘いわね、と。その過保護さには、思わず苦笑もしてしまうけれど。それがあの子の良さでもあると思うから、その結果もたらされた、この失態を責める気持ちはありません。むしろ、この程度には縛りがあった方が、コエリでも、あの程度の冒険者を相手にするには丁度良いと思います。

何より、昨夜小恵理の暴れた痕跡を思えばーー闇魔術に対しては、冒険者たちも敏感になっているとは思うから。今後の方針は、むしろ楽になったとすら、思っていて。

どうやら、思わぬ場面で、小恵理の続きを引き受けることになってしまったけれど、、それが小恵理の意思だったというのなら、その方針に引き続き従うことも、コエリにとっては吝かではありません。

今度は、自分の意思で。
確かに、以前の自分を、ただ小恵理の代役として生きていた時代は終え、贖罪と後悔という、己の生き方を縛り付けていた鎖もまた、今は既にないけれど。かつてそうしていた通りに、小恵理の望みを汲むことも、決して嫌ではなかったから。

「その、、あの、」
「、、いいわ。あなたはランツィアね。小恵理の代わりに、あの子が目覚めるまでの間、あなたのことは私が守ってあげる」

感謝なさい、と。コエリは今までの笑みとは違う、揶揄するような苦笑めいた笑みを向けます。本来の自分であれば、二心を持った邪な男の生死など委細考えず、容赦なく野に放っただろうけれど、という、自分の甘さに対する苦笑いの意味も込めて。

ランツィアは、けれどそのまま背を向けるコエリに付いていく前に、待ってくれ! と声をかけます。

「、、何? まだ何かあるのかしら?」
「いや、まだって、、頼むから、僕の質問に答えてくれないか? 君はいったい誰で、怪我は大丈夫なのか? キーリはどうしたんだ? 悪いけれど、僕には、君が素直に付いていけるような味方には思えない」

これまで溜めていた鬱憤を晴らすように、いくつかの疑問を言い終え、ランツィアは黒衣を解いた、かつてキーリと呼ばれていた少女と同じブラウスを着ている、けれど明らかに別人と思われる少女を、慎重に眺めやります。

彼女が明らかに常人離れした、桁違いの戦闘能力を持った存在であることは、まだ平凡に毛が生えた程度の実力しかないランツィアをもってしても、理解することができています。

身のこなしは常に一分の隙もなく、また龍の首を撃退した黒炎、魔法陣を破壊した黒龍の炎と、第一級の帝国魔導師団の魔術師らと比較してさえ、大きく凌駕する魔力を放っていたと、魔法には素人のランツィアでさえ、感じ取れたのです。

ただ、同じように強大な魔力を持っていても、極めて自然体で無防備、優しく時に常識知らずで可愛らしく思えていた美少女だったからこそ、大きな警戒心を抱かずに済んでいたキーリに反して、今目の前に立つ少女は、顔の造形こそ同じに見えるものの、油断も隙もなく、むしろ鋭く冷たい瞳で常に人を威圧する、氷の刃のような存在にしか思えません。油断すれば、次の瞬間には命がないと思うほどの。

ランツィアの問いに対して、コエリはうっすらとした笑みで軽く首をかしげ、さあ? とはぐらかすように答えます。

「それらの質問は、いずれも意味がないわ。私は今回あの子の危機を察して、自発的に表に出てきただけ、、あの子が目覚め次第、またすぐあなたの前からは姿を消すわ」
「いや、意味がないって、、どういうことなんだ? 君は自分がそんなひどい怪我を負っていて、それでも気にするなとでも言いたいのか?」
「そうよ?」

何を言っているの、と今度は、コエリの方が不可思議なものでも見たように小首を傾げます。

コエリにとっては、行きずりのたまたまに知り合った相手が生きようが死のうが、それこそ目の前で重症を負って死にかけていたとしても、不幸なことね、と同情こそすれ、積極的に助けようとは思いません。

闇魔術に、そもそも治癒を促進できるような術がほとんどない、という理由もあるけれど。元々小恵理のように、自分に関わる全ての人々を救おうと考えるような思考自体が、コエリには容易に理解できるものではありません。それはもう、お人好しの域さえ越えた、聖人君子の所業でしかないから。

けれどーーそうして、聖人君子の真似事を反射的に行ってしまう小恵理については、コエリは可愛らしくも思えるし、応援したくもなるのです。だからこそ、本来の目的である、神域を目指す道中、明らかに足手まといになるであろうランツィアを守ることも、進んで引き受けようと思っています。

あくまでも、小恵理のために。
他ならぬ、彼女の思いを無為にしないため、、小恵理の半身であることは止めたけれど、小恵理という少女へ自分の意思と想いで情愛を向けることは、決して恥ずべきことではないと思っているから。

「私のような行きずりの他人が死のうが生きようが、貴方には関係ないじゃない? 幸い、私にとってあの傷は致命的ではなかったし、もう治癒も終えているけれど、、あなたにそれが、何か意味があること?」
「意味があるって、、」

心底不思議そうに首をかしげる少女に、ランツィアは思わず言葉を切ります。

ランツィアにとって、自分の常識では、傷付いた人がいれば気にかけるのは当然だし、命に危機があるのなら、何としても助けなければならないと、、一国のただの一兵士とは言え、戦場に身を置く身であるからこそ、人の命の尊さというものは痛感しているのです。

例えば先日、昔馴染みの手によって命を断たれてしまった、エカルドのように。今まさに目の前にいる相手が、どんな理不尽によって、いつ命を失うともわからない環境だからこそ、大切にすべきと思う命をーー、この少女は、何故そんなものを気にかけるのか、と問うているのです。

それはもう、自分の中の常識というものが、この少女とは、決定的にかけ離れている、ということの証左でしかなくて。むしろこの子に、はたして、自分の言葉は通じるのか? という疑問を抱えてしまったからこそ、ランツィアはそれ以上、言葉を続けることができませんでした。

そうして黙り込んでしまったランツィアに、コエリは漆黒の剣を自らの影へと収納し、あっさりと背を向けて、行くわよ、と声をかけます。

「あなたは余計なことを考えず、神域へと進むことだけを考えなさいな。協力が欲しいのでしょう?」
「、、、わかった。アラウダが、、僕らと敵対する冒険者が、おそらく僕らの前進を阻止してくるはずだ」

ランツィアは、根本的な会話を諦めて、少女の隣へと並び、気を付けてくれ、と忠告を口にします。

キーリであれば、常にかけ続けてくれていた身体強化の補助魔法は、この少女の登場と共に、切れて効果を失ってしまっています。だから、次にアラウダが出てきたときには、自分の基本となるスペックのまま、戦わなければなりません。

アラウダは辺境に位置するだけに、国境沿いの魔物や外敵たちとの戦が多く、冒険者の質も相応に高く、それこそキーリほどの実力があったからこそ、鎧袖一触に切り払えてきたにすぎません。そこには、いかに学校の成績に秀でていたところで、強化の一つもない、まだ修行中の一兵士の剣術など、ほぼ全くと言っていいほど通用しない世界が広がっています。

そして、弱ったことに、あなたを助ける、とは口では言うけれど、どう見ても自分に友好的な感情のない、名前を名乗ってすらくれないこの氷の刃のような少女が、本当にいざというとき、自分を助けてくれるとは、ランツィアには思えなくて。

だから、ここから先は本当に命はないかもしれない、と。帝都の恋人を思い、ーー先程まで同行してくれていた少女を思い出して、ランツィアは悲壮な覚悟を決めます。

そんな、決死の思いを固めるランツィアに、コエリは、うっすらと冷笑を浮かべて。

「前進を阻止、、ね? できるだけの相手が、いるといいわね?」

そう、クスリと微笑み、どこか無邪気な、悪意なき殺戮者を思わせるような仕草で首をかしげるコエリに。
ランツィアは、背筋を駆け抜けるような悪寒を感じて、大きく息を呑むしかありませんでした。

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renkard
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