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ホロスコ星物語21ーベスタ邸

「ーーで、そういう理由で僕は当分家には来るな、というわけですか。なるほど」

麗らかな昼下がり、ベスタ邸の庭では春らしい季節の花が咲き乱れ、鮮やかな色彩が色とりどりに屋敷の一角を飾っています。
そんな様々な花弁溢れる東屋で、紅茶を片手にゆったりと椅子に腰掛け、優雅に寛ぐベスタが、それはもう冷静に、とても静かな声で小恵理に答えます。

昨夜の事の顛末ーーそれは、昨夜小恵理の部屋でメイドのルナが何者かに命を狙われ、その狙った人間を割り出そうと推理する内、うっかり小恵理が口を滑らしてベスタの名前を出してしまったことで、ベスタを犯人だと思ったルナが屋敷中で、それはもう家の隅々まで、ベスタが犯人だと言いふらしてまわってしまったーーということで。

結局、そのルナの暴走によって屋敷の全使用人に誤解が行き渡ってしまい、しかもその誤解を解ききれないまま翌朝を迎えてしまったため、やむなくこうしてごめんなさいをしているわけです。

「あの、、ベスタさん? 落ち着き払っていらっしゃるのはけっこーでございますが、とっても怖ぁーいのでございますのよ?」

話を聞き終えたベスタは、表情一つ変えず、眉一つ動かさず、普段と何一つ変わった様子はありません。けれど、これでも6年の付き合いなのです。それが逆に怖いというか、なんかもー空気だけでこれ絶対絶対怒ってるでしょが小恵理にはダイレクトに伝わってきていて、怖さのあまり口調まで変になっています。

心中では、今すぐ出たい、今すぐ逃げたい、とめっちゃ繰り返していますが、ここで逃げたらもっとヤバイのが目に見えてわかるので、逃げたくても逃げられません。下手したらーーううん、下手しなくてもたぶん家まで追ってくるでしょう。ついでに部屋まで上がってきて、きっとそのまま説教3時間コースとかです。乙女座の観察眼から繰り出されるお小言の嵐は、きっとそりゃーもうネッチネチしてて地獄でしょう。

ひきつった笑顔でだらだらと冷や汗を流し、今にも飛び出しそうな小恵理に向けて、ベスタは更ににっこりと微笑んでみせます。

「僕に怖いとは、心外ですね。僕の金星水瓶座から判断するに、何か人とは違う、特殊な趣味があるはずだからという理由で僕の家を指定したことだって、僕は全く気にしてないというのに」

と言いつつ、目が全く笑っていません。背後からそこはかとなく漂うダークオーラに、ひいいっ、と更に一歩引いて、ますます冷や汗を流しながら更に逃げ腰になる小恵理です。

(えーっと、、どーーしよう、、)

というか、うっかり口を滑らせて、余計なことを言ったのは確かですがーーこの水瓶座の話だって、ちゃんと話の端緒で止めたというか、ほとんど真相は話していないのに、スキル精密分析で類推、推察の上誘導尋問まで駆使して洗いざらい吐かされたのであって、必ずしも小恵理の過失でもないような気がします。やってることがわりとトンデモというか、有能すぎる人間はこれだから、つーかもー、有能なのはわかってるからスキルまで使うなやって感じです。(ヤケクソ)

「で、でもでも、今会ってるのは東屋でベスタの部屋じゃないし、庭がきれいで、あれ、これがベスタの趣味なのかな? とか思いはしたけどさっ!」

、、、あれ?
どうどう、と手で抑えながら苦し紛れに放った一言に、ベスタがしばし硬直します。
そして、無言のままつかつかと歩いてきて、がしっと小恵理の両肩を掴んで。

「どこを、どう見て、どの辺が、僕の趣味だと? 詳しく聞かせていただけますか、ミディアム・コエリ、さ、ん?」
「ひゃああっ、近い近い近い!」

人にずもももっ、とか迫りながら青筋立てて微笑むのは、マジで怖いので本気で勘弁です。

慌てて飛び離れ、ゼーハーと肩で息をする小恵理に、ベスタはばつの悪そうな顔でそっぽを向いていたりします。
や、なんだか全然わかんないんだけど。何?

しばし明後日の方を向いていたベスタは、少ししてから、諦めたように頷きます。

「まあ。そういうわけです」

なにが?
かなり露骨に顔に出したはずですが、ベスタは庭の木々なんかを見つめていて、全く反応を示しません。分析するまでもなく疑問符一杯の小恵理なのですが、スルーされるとそれはそれで悲しくもあったりします。

「こういうところ、素でカウンターを決めてくる辺りがコエリというか、油断ならないな。さすが僕が見込んだ人だな、、」

うん、だからなによ?
なんか一人でブツブツ呟いていて、別の意味で怖いベスタです。こっち見ろや、とか思うものの、目の前の人間に集中しないベスタというのもそれはそれで珍しいので、なんとなくそのまま観察してしまいます。

で。
ふ、と顔を戻したベスタと、ーーバチっと。目なんかあったりして。
お互いに息なんて飲みつつ、しばし硬直。
、、な、なんていうか、えっと、なんだ、気まずいっ。

「えーっと、、、べ、ベスタ?」
「ええ、っと、、なん、ですか、コエリ?」
「や、えーっと、だから、ゴメンねっていうか、ちゃんと火消しはしてるから、しばらくしたら誤解してる人もいなくなると思うから、そしたらまたうち来てっていうか」

うーん、、なんだろう、よくわかりませんが、なんだか気恥ずかしくなって、小恵理は辿々しく言葉を伝えます。なんか頬が軽く熱い気が。
ベスタは、やっぱりちょっと落ち着かない感じに、あ、ああ、そうですね、と頷きます。

「その、ルナを狙った木片ですか? 確かに、より詳細を確認するためには現場に出向く必要がありそうですし、その、使われたという木片も見ておきたいですしね」

と。そこまで言ったところで、不意に外に人を気配を察知して、ベスタが立ち上がります。

相変わらず気が早いな、とぼやきながらも警戒している様子はなく、おそらくは知人の来訪でもあったのでしょう。
近くに控えていたメイドに、来客をここまで連れてくるよう命じ、そこでベスタは思い付いたように小恵理を見つめます。

「ど、どしたの?」
「いえ、、普通の貴族邸ならば、来訪者への準備や刺客への警戒のため、家の周囲は警報結界に覆われているはずだ、と思いまして」

警報結界、と小恵理もその言葉を復唱します。
確か、警報結界はアラーム性能に特化した結界で、人の侵入を阻む、という結界にオーソドックスな障壁機能こそないものの、結界に触れた人間の魔力反応、生体反応などを読み取り、また近づいた人間を通報相手に伝えることで、急な来客やあらかじめ指定した特定個人の来賓、暗殺や襲撃目的の、悪意ある刺客の接敵などを知らせる役割を持っています。

基本的には常時発動してこそ意味のある結界のため、警報結界は、一般的には礎石と言われる魔法石を中心に展開し、誰かがずっと結界を張り続けなくても効能を発揮し続けられるよう、維持のための工夫が凝らされています。

構造的にもさほど難しいものはなく、基礎的とは言わないまでも、結界を使う魔術師にとってはわりとオーソドックスな魔術の一つです。野営の時などによく活用されるため、軍に所属する術者であればほとんど誰もが扱えます。

その、それだけ汎用的に使われる術が、筆頭公爵家である小恵理の家で使われていないはずはなく、では誰がどうやってそんな木片を置いてこれたのか、という話になるのだと、ベスタが説明します。

「なるほどね、警報に引っ掛からずに私の部屋に来られるはずはないし、内部犯、、だとは思いたくないんだけどなあ」

小恵理は悩ましく頬杖を付いて、誰なんだろう、と思案します。

何人に伝えるかも含めて、誰にアラームが伝わるのかは、結界を張った時に指定されます。家に設置するのであれば普通は家主、アセンダント公爵家であれば、まずは家長である公爵に伝わることになるわけです。

元老院に所属し、広大な筆頭公爵領を支える能力を持つ父が、身元の知れない者や危険人物の侵入を許すはずもなく、父の公認で家に侵入できる人物、と考えると、対象はかなりの精度で絞られてきます。

アセンダント公爵家は、気さくで明るく、いつでも偉ぶらない小恵理の影響もあって、普通の公爵家に比べると砕けた雰囲気が強く、使用人同士の仲も良好です。ルナ本人も素直な良い子で、誰かに恨まれるようなことをしたとも思えません。また屋敷が心地良いのか、敷地外に出ること自体あまりなく、怨恨や痴情のもつれ、みたいなケースは考えにくくもあります。

ルナの交遊より、やっぱりミディアム・コエリ憎しの行動と見る方があってる気はするのだけど、そうすると逆に、どうやって警報を潜り抜けたのかの方が問題になります。

うーん、と小恵理はひとしきり悩んで、ねえベスタ、と呼び掛けます。

「私、うちのアラームって父様以外に誰に設定されてるかも知らないんだよね。少なくとも私は指定されてないし、父様を経由しない可能性があるなら、他に誰に通知が行くのかはやっぱ父様に聞いてみないとかな」
「いえ、、アラームで伝わる人間は確かに数人程度まで設定はできますが、ある人物の来訪がそのうちの誰か一人にだけ伝わるような、特定した個人への指定まではできません。誰の訪問であれ、通報相手の登録にお父上が設定されていれば、来訪者の存在は必ずお父上には伝わっているはずです」
「なら、犯人は確実に父様公認ってことかあ、、イヤだな」

金星蟹の影響もあって、小恵理は身内を疑うというのがどうにも苦手です。親しい人とは楽しく心地よく過ごすのが普通なので、まずは相手を信じるのが当たり前、それが大前提なのです。

「なんだ? 二人揃って難しい顔をしてるな?」

と、そこにメイドに案内をされてきたセレスが声をかけます。普段は制服ですが、今日は貴族の令息らしく、カラーの入ったシャツに紺のスラックス、騎士の外套を合わせて着こなしています。

何故ここにセレスがいるのかと言えば、ベスタいわく、どうも小恵理との話の後、小恵理が良ければ3人で、もし嫌なら2人で街に出掛けるつもりだった、とのことです。ただ、騎士団長という規律大事、時間厳守当然の部隊の親を持つ子息の故なのか、単に太陽牡羊の故なのか、約束をするとセレスはいつも、決まって30分は早く来てしまうのだとか。

セレスは、小恵理と近しい関係になったのは実力披露からですが、ベスタとは付き合いも長く、今ではほぼ親友と言って良い間柄です。別に彼を省いて話をする理由もないので、ベスタに「セレスも一緒に話そう?」と提案して、小恵理はセレスにも昨夜の事件の顛末と、ここに来た事情を説明していきます。

「暗殺未遂とは、穏やかじゃないな。まずはメイドさんが無事で何よりだった」

聞き終えたセレスは顔をしかめ、いかにも不快そうに吐き捨てます。きちんとメイドさんに気を使える辺り、さすが水星牛が窺えます。

「代わりに、私の手は無事じゃなかったけどね」

小恵理は手をヒラヒラさせて、あはは、と笑います。
傷は魔術で簡単に治療ができますが、痛みの記憶が消えるわけではありません。そういえば、この世界に来て本格的に傷らしい傷を負ったのは、あれが初めてだったな、と思い出します。

右手を開くと、今でもあの時の痛みが甦ってくる気がして、、なんとなく、手が震えてきます。でもあの時のルナの怖がる様子も一緒に思い出してしまって、私が守んなきゃ、という決意も沸々と湧き上がってきます。なんせうちの可愛いルナを狙ったんだから、相応のリベンジは覚悟してもらわなきゃです。

掌を見つめて思案する小恵理に、セレスは一瞬遅れて、なにっ!? と叫び、大慌てで小恵理の手を取って、まじまじと見つめてきます。

「すぐ治療したから、痕も残ってないと思うけど?」
「そういう問題じゃない! このコエリ嬢の至宝、右手が怪我をした自体が問題なんだ!」

セレスは小恵理の右手を見つめ、わなわなと軽く震えていて、うーん、、心配してくれるのは嬉しいのだけど、どうも右手が本体みたいな言いように、なんとも言えない気分になります。せめてリアル本体の心配も一緒にしてほしかったというか。

「あ、一応その木片は持ってきてあるんだ。セレスも見る?」
「、、あるんですか?」

ベスタは反射的に顔をしかめます。あわや小恵理の手を貫通しかけた危険物をここに持ち込むなんて、と考えているのはわかりますが、だって部屋に置いておくとまた誰かに向かって勝手に飛んでいきそうで、怖かったんだもん。仕方ないじゃん。

小恵理が取り出したのは、縦横共に長さで10センチ程度、屋根の梁から切り出したようなほぼ角錐の形状で、一見すると折れた切っ先のようにも見えます。しかしよく見ると先端は不自然に尖っていて、誰かに削られた痕があることがわかります。
セレスは一瞬固まって、小首を傾げます。

「なあ、、こんなものが部屋に転がってたら、いくらなんでも不自然というか、メイドたちは普段から部屋の掃除だってしてるだろうし、これが夜まで見つからずに残ってるなんてことがあるのか?」
「あー、それね、こういうこと」

小恵理は、もう一つ、側面の破れた1枚の包みを取り出します。
あれから室内を探してみて見つけた、よくプレゼントのラッピングなどに使う、柄物の用紙です。一部にリボンがかけられていて、なるほど、とベスタは呆れたように頷きます。

「王子が休学状態になってからというもの、コエリに対するプレゼントは一気に増えていましたからね。その中の一つに紛れ込ませたわけですか。となると内部犯とも言いがたいですね」

そう言いながら、ベスタはけれど、別のことにも思いを馳せているようでした。一瞬だけセレスと目配せをした気がして、小恵理は首をかしげます。
二人が何を考えてるのかはわかんないけど、、言いたいことはわかるので、小恵理も神妙に頷きます。

「この手口、知ってるよね」

何も知らない誰かを利用し、部屋に物を運ばせて下準備をして、密かに実行に移すという、この手法は、奇しくも6年前に見覚えがあります。当時利用されたのは王子でしたが、今回はメイドの誰かかもしれない、ということなのです。

ベスタは、しかし小恵理の考えを読み取ったように首を振って、6年前の事件とは無関係でしょうけどね、と返します。

「あの事件の実行犯は、全員刑が執行されているはずです。王子が利用されたとあって、王が騎士団長と魔術師団長に徹底した捜査を命じたはずですから、関係者が残っている可能性は限りなく低いでしょうね」

う、そうだったんだ、、小恵理は意外そうに目をしばたかせます。解決したことだけ見届けて、そう言えば犯人の素性や犯行理由、その後犯人や子供たちがどうして過ごしていたのかとかは全く気にしていませんでした。小恵理の中では、犯人が捕まりました、子供たちが帰ってきました、で、めでたしめでたしだったのです。

そうすると、この手口もいわゆる他人の空似、似てるだけってことです。じゃあ誰なのよ、と小恵理は思わず天を仰ぎます。せっかくヒントを得たかもしれないと思ったら、結局振り出しです。手口は近いと思ったんだけどな。

ベスタはしばらく固まっていましたが、まだ捜査網の及ばなかったような、遠縁に関係者がいるかもしれないからひとまずはその辺りから調べましょう、と提案し、小恵理もその辺りかしらね、と頷きます。それでとりあえず今日のところはお開きとなりました。

ーーベスタとセレスが、その直後、小声で何かを頷きあったことに、小恵理が気付くことはありませんでした。

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renkard
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