ホロスコ星物語219
ランツィアとガレネは、ちょっと年齢差はあるけど、元々は同じ田舎の村の出身なんだそうです。
軍事大国であり、皇帝制を敷く帝国でもあるプロトゲネイアでは、男子は皇帝の剣として、18才を境に徴兵令によって召集され、帝都へと務めに出る義務があるそうで。その後に冒険者など生計を立てに外へ出る者と、そのまま騎士や兵士として帝都に残る者、大体二種類に分かれるみたい。
この徴兵令、鉄則としてどんな男子も帝都へと召集されるんだけど、その後の進路は様々で、学業で優秀だった生徒は学者の道を歩んだり、商家の出身で家業がある子は家を継いだりと、ちゃんと兵役を果たした後は勉学や商人の道へと歩むことはできるみたいね。ただ、基本的には、この徴兵令によって戦いの訓練は積まされて、最低でも二年は帝都で留まらないといけないそうで。
村に帰って猟師や農家として生きるか、帝都に留まって騎士や兵士、魔術師となるかは、この徴兵期間でどんな成績を残したかで決められてしまうそうです。戦いに優れたものだけが、兵士として帝都に残れる、みたいな。
才能や素質、成績でその後の進路が決まる、、って辺り、要はこれって現代でいう、受験競争みたいな感じなのかな、と思います。
で、その、いわゆる予備校みたいな形で、ゾディアックの王立学院みたいに、この期間専用の軍事学校がプロトゲネイアには、あって。帝都に留まる上での身分として、二年間は兵士見習いとして、その軍事学校の生徒として在籍する、っていう話だそうです。
「建前としては、軍事学校を卒業した人間は、表向きはどんな成績の人間であれ、自分で軍に進むか帰郷するかを選ぶことができると言われている。だが、そんなのは表向きだ」
、、ま、要は、ダメな人間はその後の厳しい訓練でふるい落とされて、嫌でも故郷に帰ることになるし、逆に成績優秀者は、偉い人との会食なんかに招かれて、さっさと囲い込まれるっていう、ちょっと汚い世界がその後には広がってるってわけ。
学校といっても、この年齢ならいわゆる大学生みたいなものだし、軍事大国で優秀な人間を喉から手が出るほど欲しがっている帝国本部からしたら、そりゃそんな即戦力になりそうな成績優秀者は、簡単に村に帰すわけがない、と。
ランツィアの話は納得できるものだったし、なんとなく企業のリクルートとか思い出してしまって、そうだよね、と同意の声を返します。どこの世界も、やってることは変わらないっていうね。
で、ランツィアは、村ではやっぱり大人と子供の差っていうか、10も年齢の離れていたガレネには本当に手も足も出なかったという話で、そりゃランツィアが10才時点でガレネは20才、ランツィアにとっては苦い思い出らしいけど、それはまあ当然だよねと思います。むしろ勝てる方がおかしいっていうか。
ただ、それから10年、こんな頃からのランツィアの剣術の癖とかを見抜いて、それもしっかり覚えてたっていう辺り、あのガレネって大男、やっぱり頭も良いみたいです。動きだって他の連中よりだいぶ上を行っていたし、わざわざ山賊の風体をしているのが不思議なくらいです。
ちなみにこの当のガレネは、一度徴兵令で村を出た後、でも二年後には普通に村に帰ってきて、それから何ヵ月か後、今からもう十年以上前には、冒険者にスカウトされて、村を出ていたんだとか。
だからランツィアが18歳になった時には、ランツィアは村一番の使い手として将来を嘱望されていて、帝都に出向く際にも、盛大な見送りまでされたそうです。つまり、ガレネってそうすると今30ちょいくらいなわけで、老け顔だな、って、ちらっとだけ思います。
そのランツィアの才能は、期待されていた通り軍事学校に入っても存分に発揮されて、無事優秀者としての成績を残した結果、速攻で軍のお偉いさんとの食事に連れていかれ、君は残るんだよな? まさか私の期待を裏切りはしないよな? と見事に脅されて帰郷を許されず、結局軍に入隊。訓練を積んできっちり成果も収めるものの、将来の有望さに反し、実戦経験の少なさから対魔族戦の兵士としてではなく、今回の龍頭山脈の管理人という役割を拝命して、今に至る、と。
「んー? さっきの、その、エカルドさんやピアさんっていうのは、、?」
こっちは勝手に、村の幼馴染みとかかな、と思っていたんだけど、、今の話には二人とも登場していなくて、どこの人なの? と疑問を差し挟みます。
それに今の話だと、ランツィアとガレネの因縁は聞けたけど、でも、それもガレネが村を出るまでの、せいぜいランツィアが10才とかまでの話で、この二人にしたって、そこまでいがみ合うほどの関わりがあったとも思えません。むしろ年の離れた兄弟によくありそうな話、というか、聞いてる感じだけだと、喧嘩になるような仲ですらなかったと思います。
ランツィア自身は、そこに疑問はないみたいで、少し恥ずかしそうに前髪をかき上げながら、ピアとは、、と馴れ初めを切り出します。
「彼女とは、軍事学校時代に出会って、、元々は、エカルドさんの縁だったんだ」
帝国の中枢である帝都とはいえ、そこは軍事大国、荒くれ者や血の気の多い者も多く、帝都の治安はそこまで良くなかったと、ランツィアは言います。その口ぶりからすると、たぶん、ゾディアックの二柱と宰相っていう、三本の柱が内外を治め、抜かりなく平和を保っていた王都からは、想像もつかないくらいに。
身分上は軍事学校の生徒とはいえ、そこは徴兵令で召集されている身、それら治安維持をかねて、軍事学校の生徒らも、帝都の見回りに駆り出されることはよくあったと言います。
「僕も当時、同僚の友人と見廻りをしていた際、そこで揉め事を発見してしまった。それも、一人は帝国の正規兵で、一人は柄の悪い冒険者で、、」
「それが、エカルドさんとガレネだった、、っていうこと?」
大体の流れから、たぶんそうかなと予想して投げかけた問いに、ランツィアは、そうだ、と苦々しい顔で頷きます。
「それも、原因はガレネが酒に酔って暴れていたところを、丁度居合わせたエカルドさんが止めに入って、そのまま外で勝負をすることになってしまった、という話だった」
当時のガレネは、まだ帝都で冒険者をしていて、ほとんど面識もなかったはずなのに、どういう理由か、エカルドさんの妹のピアさんに懸想して、付きまとっていた時期でもあったんだとか。それで、酒場に見回りに来ていたエカルドと鉢合わせたことで、この際だからと、急に兄であるエカルドに決闘を挑んできて、自分が勝ったらピアさんをよこせ、なんて喧嘩を吹っ掛けてきていたと。
なんていうか、、ピアさんにとっては迷惑極まりない話だし、そもそも逃げられてる時点で諦めなよって話でもあって。でも、あのガレネがねえ、、さっきの、どこか掴み所のない大男の風体を思い出して、なんか不思議な感覚に陥ります。や、なんか、行動と内心が一致してなさそうと言うか、食い違いがありそうな感じがしてたからさ。
で、エカルドさんは当然、そんな勝負は受けない、と大人な対応をしていたのに、ガレネに、酒場にいた他の民間人に暴力を振るわれたり、帝国兵を侮辱するような発言をされて、やむなく制圧するため剣を取ることになってしまったのだと、ランツィアは続けます。
「エカルドさんは、本当は戦いたくなかったんだ。でも、ガレネのやつ、店の人間を締め上げたり、俺と戦わなきゃこいつらの首が飛ぶぜ、なんて、剣を突きつけて脅迫までしてきたらしくて、、」
「ふうん、、」
その辺りの頭の回転の良さは、らしい感じもするよね。ただ喧嘩を売られただけなら流すこともできたけど、相手が暴徒になるっていうなら、鎮圧するのは帝国兵の責務になるから。それを見越して、わざと荒事にしたわけです。
どうもガレネ、相手のネックになるようなポイントを押さえるのがすごくうまいみたい。どうしたら相手が自分の望むように動くのかを熟知してる感じで、それはそれで、あんまり冒険者ぽくない能力です。むしろ参謀とかに向いてそう。
それでいうと、疑問は他にもあるんだけど、、その話はまた後で聞くことにして、その話の続きを促してみます。オチはどうなったんだろう、って。
「それで、、ランツィアが、その二人の仲裁をした、とか?」
「いや、、僕にもよくわからないんだが、ガレネは僕のことを覚えていて、二人を相手にするのでは分が悪いと、その場はあっさり引いていったんだ」
「へええ、、?」
なんか、、そこまで暴れて挑発しておいてそれ、って感じ。その肩透かしにも近い退き方にすごく違和感があって、思わず首をかしげてしまいます。
頭の働くガレネなら、たぶんわかっていたはずだけど、、普通に考えて、民間人に手を上げた時点で、エカルドさんだけじゃなく、帝国兵そのものを全面的に敵に回すことにはなるわけです。それも、その瞬間だけでなく、一種の指名手配みたいな形で、捕縛の瞬間まで。
その辺り、ガレネがわかってなかったとは思えないし、ガレネの考え方からして、なんとなく、他に狙いとかありそうではあるのだけど、、ともかく、それをきっかけに、エカルドさんとランツィアは親しくなって、エカルドさんから妹のピアを紹介されて、ガレネも、ピアさんからは身を引いて、、っていう、二人の出会いとしては、そういう流れってわけです。
なんかね、正直できすぎっていうか。最後のエピソードだけ、どうもモヤっとするっていうか、、よくわかんないな、と改めて、まだ地面に転がったままのガレネに目を向けます。なんでガレネは、そんな半端なことをしたんだろ、って。まるで、最初からピアさんめぐる争いなんてする気がなかった、みたいに見えちゃう。
とりあえずーー、まあいいや、二人の馴れ初めや、エカルドさんやガレネとの繋がりは、大体理解ができました。
で、この先は、ガレネはガレネで予想通り、帝国兵を侮辱したことがエカルドさんやランツィアを通じて、近衛兵団まで伝えられてしまって、冒険者ギルドからは追い出され、帝都からも追われる形で帝都を出奔。プロトゲネイアの中では辺境とも言えるアラウダの冒険者ギルドに移籍して、ランツィアはランツィアで、これを期にピアさんと親しくなって、今では恋人にもなった、と。
ここまで聞く限りだと、ガレネの方は、エカルドさんに、愛しのピアさんを譲り渡させることができなかった無念さとか、帝都を追われた恨みとか、ランツィアに対しては、ピアさんを事実上取られたっていう恨みとか、あるかもとは、普通に見たら感じるんだけど。
「ちなみに、エカルドさんっていうのは、どんな人だったの?」
「いや、普通にいい人だったよ。真面目で責任感があって、少し早とちりで抜けているところもあったけれど、兄として、ピアのことはとても大切に思っていたと思う」
だからこそ、ガレネのような安定感のない冒険者ではなく、帝都に勤める役人や兵士長のような人に嫁がせたがっていたと、ランツィアは説明をしてくれます。
それで言うと、いくら将来性があるとはいえ、一兵士に過ぎないランツィアっていうのも、内心少し不安はあったみたいで、ピアを譲り渡す条件に、兵士長までは最低でも昇進すること、なんて条件を出されてしまったと、ランツィアは苦笑しながら付け加えます。
この辺り、エカルドさんがガレネを拒否した理由は、比較的わかりやすいし、理解もできると思います。ちょっと過保護のようにも感じるけど、どうもこの二人、子供の頃から兄妹二人だけで生きていたみたいで、エカルドさんが親代わり、みたいなところもあった、っていう話だし。
でも、、うーん、ここで、やっぱりさっきのガレネのモヤモヤが甦ってきます。あとから同郷のランツィアが恋人に収まったとして、そのあとガレネは一切ピアさんには関わってきてないというし、それで完全に身を引いたっていうガレネの本心が、これだけだと、やっぱりよくわからない感じで、、うーん、、やっぱりモヤモヤが消えないな。
結局ガレネがやったのは酒を飲んで暴れて、帝国兵を侮辱して、暴力事件を起こしてまで、ピアさんを賭けた決闘を申し込んでおいて、結局何もせず、剣も取らずにあっさりと撤退して、、帝都を、追われた。
帝都とアラウダは、馬で飛ばしても二週間はかかるほど距離があるという話で、いくら帝都を追われたとはいえ、その後にわざわざ辺境のアラウダまで移籍していたり、やっぱり何か、他に狙いがあっても良いように思います。ランツィアの中では、そういう疑問は生まれていないみたいだけどさ。
それにーー結局、エカルドさんは、ここでガレネに、殺されてしまった、というから。ランツィアだって、自分が見つけたとき、普通に結構ピンチだった状況を考えれば、その、エカルドさんやランツィアへの、この時のガレネの恨みは、回り回って、結果としては果たされたようにも見えます。
「それで、ランツィアは、ガレネにエカルドさんへの恨みがあって、、?」
その結果、ランツィアがガレネに激しい憎悪の瞳を向けている、、義兄を殺されたとすれば、その怒りは理解はできるけど。
ランツィアは、その昏い光を宿した、危険な瞳で、今も倒れたままのガレネを見下ろします。それを聞くために待っているんだ、と。
「実際、僕も、確信があるわけじゃない。だが、結果としてここで僕を逃がすため、エカルドさんは亡くなった、、こいつには、それを聞かなきゃならない」
ランツィアは、ふと倒れたまま動かないガレネの前へと歩み寄り、思いっきり奥歯を噛み締め、睨み付けてーー
「アラウダの人間を手引きして、先に待ち伏せをさせたのはお前だろう、ガレネ、、! 寝たふりなんかやめて、さっさと、起きろっ!!」
「おっと!」
ランツィアが、弓を引き絞るように思いっきり足を引き、ガレネの胴体へと爪先を蹴り入れようと、勢いをつけてーー、それが振り抜かれる直前に、ガレネはゴロゴロと地面を転がって、ランツィアの蹴りをかわします。それから、勢いのまま地面に片手を付き、素早く上体を起こして立ち上がります。
いつから目覚めてたのかは知らないけど、やっぱりさっきと同じ、ほとんど重力も感じさせない、鋭敏な猿のような身軽な動きです。体型的に、普通に体重も90キロくらいはありそうなのに、よっぽど鍛えてないとこんな動きはできません。
「やっぱり起きていたか、、! この反逆者が!!」
「へっ、なにやら昔話が聞こえちまってな? そのまま語らせておくか、黙らせるかは迷ったんだが、、昔を知られたところで、口封じをしちまえば済む話だからなあ?」
「そもそも、そんな口封じをしなきゃいけない過去もなかったけどね」
おっと。うっかり口が滑ってしまって、ガレネから、なんだと? という低い声と、威圧するように目を細めた、睨みを向けられてしまいます。
や、、でも、実際そうだよね? ガレネみたいに酒に酔って暴れる冒険者なんて掃いて捨てるほど、それこそ治安が良くて知られる、ゾディアックの王都ですら見かけたことがあるくらいには普通にいるし、それで都落ちした冒険者だって、少ないにしろ、ちょっと大きな街なら一人二人は当たり前にいるくらいです。
だから、そもそもの、ガレネの都落ちって言う部分から、疑問はあるんだけどーーガレネの反発の意味も、ランツィアが怪訝そうにこちらを見つめる理由も、よくわかりません。
三人ともしばらく固まっていたけれど、でもガレネの方がそこは年の功、何かに気付いたらしく、ははあ、と声をかけてきます。
「お前、、さては余所者だな? その貴族の格好、どこの辺境伯の娘かと思ったもんだが、お前、他国の人間だろう?」
ーー、、そっか、ミスった。
ちょっと、ね。今のは嫌な指摘だったな、と感じてしまいます。
だって、ランツィアが。今度はこちらにも驚きの顔で、反射的に数歩下がって距離を置きながら、その奥底に、驚きと、それ以上に、警戒する光が宿ってしまった瞳を、向けてきていて。
同時に、プロトゲネイアの地理を知らなかったのも、そういうことかと、納得はしてくれたようだけど、、ただでさえ他国を敵視しがちなプロトゲネイアで、そういう教育をされてきているランツィアが、願いを叶える奇跡の山、なんて場所の管理人なんていう立場にいて。そこで他国の人間が味方面して一緒にいた、なんて、不信感が生まれるには十分すぎました。
龍頭山脈の伝承は、ベスタもレグルスも知っていた辺り、わりと他国にも広まっているみたいだし、そうやって味方面して自分を騙そうとする人間には注意しろとか、管理人を拝命するくらいだから、そういう心得は、ランツィアも叩き込まれていたんだろうね。その点、ちょっと視野が狭くて、融通の利かないくらいのランツィアなら、適性があったんだろうなとも思うし。
、、ま、ごまかしたって仕方ないし。そもそも、ここは近隣諸国の中では、断トツに国力に優れたプロトゲネイアが勝手に自国領と主張して管理している、っていうだけで、国際的にはプロトゲネイア領と認められている地域ではないから。他国の人間がいたところで、領域侵犯を問われる理由もありません。
無言で、首だけ動かして軽く頷くと、ガレネの方はほとんど気にした様子もなく、だと思ったぜ、とか腕組みをしながら、はははっ、と意外と人懐こく、楽しげな、朗らかな笑みなんか向けてきたりします。
「お嬢ちゃん、確かにこんな血生臭え帝国にゃ似合わねえ、平和そうなツラしてやがるもんな? おいランツィアよ、てめえマジでどこでこんな上玉引っかけやがったよ? 俺に紹介しろよ、先によお?」
「僕は、、! お前の仕掛けた罠にかかった後、この子に助けてもらっただけだ!」
勝手に人を浮気者にするな! とランツィアは、軽く剣まで振ってガレネを怒鳴り付けます。
ガレネは、それも気にした様子もなく、自分の顎を撫でながら、へえ? と感心というか、半分くらいは安心したような声でこちらを見つめてくると、お嬢ちゃん、ともう一度、少し丁寧な語調で呼び掛けてきます。って、、なんか。
ガレネ、、? なんか、この声の感じと、目線、瞳の、この雰囲気、、やっぱりこれ、本物の悪人が持ってるような感じじゃ、ないんじゃーー?
ガレネは、お嬢ちゃん、と呼び掛けた後、年配の人が持つ独特の落ち着きと、経験則から来る、ちょっと重い言葉を、かけてきます。
「あのな、お嬢ちゃんもな、プロトゲネイアに行くなら覚えておくんだぜ。あの帝国じゃあな、こいつも含めて、帝国兵や帝国騎士ってのは、いわゆる特権階級って奴なのさ。侮辱すりゃあ牢に放り込まれて普通、それも時効はねえ。それだけの権威と権力が与えられる。だから徴兵制も成り立つ」
、、そっか、なるほどね、ランツィアの話だと嫌々兵士になってるような印象だったけど、実際は万人が特権階級に一度は就けるっていう、そういう利点もあって。だからランツィアも、村で将来を嘱望される、っていう話にもなっていたわけ。
でも、ガレネは早々に冒険者になってその立場を放棄したっていう話で、、ーーそっか。さっきの違和感の正体って、これだ。
ガレネは、頭の回転も早いし、体格にも恵まれていて、剣の実力だって、さっきのランツィアとの戦いを見る限り、年齢差を別にしても、手も足も出なかった、っていうのも、伊達じゃないくらいにはあって。十分正規兵に抜擢される実力だってあったと思うのに、わざわざガレネは、酒場での戦いを避けた。そんな特権階級をも避けて、冒険者になった。
その理由や、逆にランツィアの徴兵令に対する、嫌々そうな口ぶりの方が、疑問になってきちゃう感じで。じゃあ、、とガレネにその問いかけをぶつけようとした、その時に、
「話を逸らすな、ガレネっ! 僕の質問に答えろ!」
と、そこでランツィアが強引に話に割り込み、ガレネに剣先を向けてきます。
「いいか、僕とエカルドさんは、どちらもきちんとアラウダを警戒して、武装解除させた上で神域までの案内をさせた、、にも関わらず、僕らは途中で奇襲を受けた!」
その奇襲を受ける中で、僕は後方に腕組みをして立って、こちらを見下ろすお前を見たぞ、と。ガレネを糾弾するように、奇襲を受けた瞬間の、驚きや動揺、怒りを思い出すように、ランツィアはガレネを怒鳴り付けます。
ガレネは、顔色一つ変えず腕組みをして、それどころか、ニヤリと、笑みさえ浮かべてざんばらに生えた顎髯なんか撫で付け、それで? と太々しく話を促します。傍からは、告発にすら見えたランツィアの話の内容なんか、どうでも良いとでも思っているみたいに。
ランツィアは、その落ち着き払った振る舞いに、ますます腹を立てたみたいに、僕は! と話を続けます。
「僕は、エカルドさんの補佐を得ながら、お前を避けるように沢へと逃亡した、、でも、僕は!」
振り向いた一瞬で、ガレネの剣がエカルドの胸部を貫いたのを見たのだ、と、、ランツィアは、半分泣きそうな顔になって、ガレネを糾弾します。その顔は、なんでそんなことをしたんだと、お前のせいだと、訴えているようでもあって。たぶん、、ピアさんが、独りになってしまうことに、対して。
その先は、もう逃げるのに必死で、あまり見ることはできなかったというけれど、、ただ、エカルドの、血を吐き出しながらランツィアを見る、もの悲しげな瞳が、忘れられないと、、ランツィアは、それこそ血を吐くように叫び、ガレネへと怒りで震える剣を向けます。
「お前が、ピアを自分に渡さなかったことで、エカルドさんを恨んで、罠に嵌めて殺した、、!! 違うか、ガレネ!!」
、、なんか、ランツィアがガレネを恨みに満ちた瞳で見る理由は、理解したけど。ガレネは口の端を歪め、顎を撫でながら、へっ、とそれでもなおふてぶてしい笑みで、ランツィアに答えます。
「だったらどうするってんだ? お前にゃ俺は殺せねえよ、青二才が」
「ガレネ!! 貴様っっ!!」
ランツィアは、ついに怒りが爆発したように、怒り任せに剣を振って、けれどガレネはさっきと同じように、ランツィアの剣は完全に見切っていて、強化魔法は続いているはずだけど、今度はもう服を掠めることすらできません。
なんか、、これ、変だ。
ただ振り回すだけになっているランツィアの剣と、それを慎重に見極める、ガレネの目。なんとなく胸騒ぎがして、漆黒の剣を一度しまって、代わりに、光魔術の剣を取り出します。半分、無意識ではあったけど、、何か嫌な予感がして。万一の時、即死効果が発動しないように。
ランツィアは、必死に何度も剣を振って、ガレネの胴や首を狙うけれど。ガレネは、それを身体を反らすだけでかわして、
「おっと、、!」
ーー不意に。避けた拍子にか、足元の草を踏んでガレネの足元が滑り、思わずガレネが、後ろに倒れます。いや、その地面につく寸前に、反射的にーー少なくとも、ランツィアにはそう見えるように、後ろに両手を付いて、尻餅は避けて、でも、
「もらったっ!!」
ランツィアの剣は、その隙を逃さず、持ちうる最高速でもって、ガレネの首筋めがけて、閃くーー