ホロスコ星物語175
「、、ん」
ふと目を開けると、場所はどこかで見たような、地肌がむき出しの窪みの中にいて。
身体を起こすと、ちょっと離れた位置で、何やら簡易組立式の椅子に座って、本なんか読んで寛いでいるメガネ君も見つけて、、うーん、でも何してたんだっけな、、なんでこんなところに自分がいて、どうしてこんなところで転がっているのか、いまいち思い出せません。
「、、目が覚めましたか」
「ん、一応、ね」
うーん、メガネ君、もといベスタ、目端が利くのは相変わらずだけど、どこか不機嫌そうというか、物思いにでも耽っているみたいで、どことなく元気がなく、憂鬱そうに見えます。でもこっちは自分が何をしてたかも記憶にないし、そんな反応されてもちょっと困ってしまいます。
とりあえず上体を起こし、小恵理は、自分が柔らかな敷物の上に寝かされていて、だからゴツゴツした岩肌が見えてたわりに、寝心地が悪くはなかったんだなと気が付きます。確かこれ、ベスタが出発前に見せてくれた旅の備品三十点シリーズの一つだったはずです。
とすると、ここで何か、寝転がってしまうような事態があって、ベスタがとりあえず敷物を用意してくれた、ってことになるんだろうけど、、額に手を当てて思い出してみるも、全く覚えもなくて。
うん、、ダメだわ。邪魔しちゃ悪いかなとも一瞬思ったんだけど、諦めて、小恵理は、ねえベスタ、と呼び掛けます。
「えーっと、、ごめん、ちょっと私、最近の記憶が全然ないんだけど、、あの、これ、何がどうしたの?」
「ここはデネブが空けた大穴の中ですよ。ここにいるのは、あなたが無茶をしたからです」
手を広げて、周囲全体に、これ、と指し示して聞いてみるも、バッサリと切ってくるベスタ、生憎それじゃ説明らしい説明になってなくてさー、、無茶って言われても、だから記憶にないんだってばって感じだし。
でも、デネブって、、ああ、とここでようやく、小恵理も自分達が、ベツレヘム領北東の辺境まで来て、アルトナの捜索をしていたことを思い出します。
で、確かあちこち捜索に廻っていた集落の、そのうちの一つに、デネブっていう、昔のコエリと縁の深かった女性の墓を見つけて、、で、コエリのその人への思い入れの深さ、無念の大きさ、、後悔は、自分も知っていたから。だから、コエリを呼び戻すために。
そっか、とここでようやく、自分が何をしたのかも思い出しました。全魔力を魔石に納めて、手持ちの魔力を強引にゼロにしてしまえば、枯渇状態になって、仮死状態になって、コエリも目覚めるんじゃないかっていう、、予想しただけで、これでコエリが目覚めなかったら笑えるよねっていう、ぶっつけ本番の無理やり枯渇を試してみて。
だから無茶ね、と思い出しはしたものの、、んー、上空の青空と太陽の傾きを見る限り、時間はまだ昼前っぽいんだけど、何日経ったのかはわかんないし、結局その辺の因縁とか集落跡の人とか、結末がどうなったのかは、やっぱり全然わかりません。
ただ、作ったはずの魔石がなくなっていること、この周囲に、懐かしい闇の魔力の残滓が感じられて、、なんとなく、コエリがするべきだった用件は済んだんだろうな、とも思います。少なくとも、あの子、未練が残るような形の結末なんて迎えない子だし、自分で納得できるくらいには、きっちりとやることは終えたのだと思うな。
で、ベスタは、バッサリ切ってから、どこか苛立ちを残した様子で、じっと睨み付けるようにして本に目を落としていて。そのデネブについても、あの子に、コエリについて特別何かあったとかも言及してこないので、それをベスタがどう関わって、どう見守ったのかとかはわかりません。気になるっちゃ気になるんだけど、触れていいような、悪いような。ちょっとで良いから自分で、こうだったんだよ、とか解説してくんないかな。
、、ま、仕方ないか。ベスタを見つめ、そっか、と微笑み、小恵理は、とりあえずその場で立ち上がろうとして。でも軽く目眩がして、おっと、と足を止めます。どうも、魔力が身体にうまく馴染んでいないというか、まだよく浸透していない感じがします。
それを見てか、ベスタは、軽く息をついて立ち上がり、本を閉じて、小恵理の方へと歩み寄ってきます。で、急に人の額に手なんか当ててきたりして。
「熱はありませんね、、体調は大丈夫ですか? これより以前の記憶はありますか?」
「んー、身体自体はなんともないと思う、、魔力はちょっと減ったかな? 記憶は微妙。確か奥の集落までは行ったはずだし、そこで、魔石を作ったことまではちゃんと全部覚えてる、、と、思うけど。ここにいる理由はやっぱりわかんない」
跳んで戻ろうとしてうっかり落ちたとか? と小恵理が笑って冗談めかして言うと、ベスタはわずかに表情を緩めて、正気ではあるみたいですね、と微笑みます。
「そういう不真面目な発言が出てくる辺り、ちゃんと小恵理ですね。安心しましたよ」
「や、そういう基準で判別されても、、」
不真面目さでちゃんと正気って言われるの、結構失礼な気がする。ちょっとぶーたれた小恵理に、ベスタは、そこでようやく表情を緩め、軽く息をついて、ここまでの大まかな経過を話してくれます。
ーーとりあえず、眠ってしまってからの話を、全部聞いてみて。入れ替わった当初の目的だった、コエリの魔物の巣の討伐、助けた人がどうなったか見てくるっていう用事は終わっていて、またアルトナの捜索には戻れる状況ではあるみたいっていうのは、わかって。ついでに、新ベツレヘム侯爵が魔物の一掃を目指していたり、その関係で王都から冒険者も来ていて、同じくアルトナを探しているという話も聞いて。
改めて、そっか、と頷きます。
たぶんジュノーの采配だっていう話だけど、騎士団だけではなく、わざわざ冒険者まで動員してる辺りは、ジュノーのアルトナ捜索の本気具合が窺えます。ただ、それって確かーー
「アルトナってそういえば、魔王が誘拐宣告かなんかしてたんだっけ?」
「ええ、休戦破棄の通告の際に、こちらで預かっている、と」
ははあ、なるほどね。確認した小恵理に、ベスタは、出発前に聞いた話ですが、と断った上で、それがヴェラという別の魔族からの告知であったことも教えてくれます。
それで、ベスタいわく、面と向かって誘拐告知を受けたジュノーは、休戦破棄の宣言もあったことで、それならば遠慮なく取り返させてもらうと、場合によっては魔王領まで出向く可能性すら示唆して、捜索隊を編成、結集させたと。だから、王都から冒険者もここまで来ている、と。
うん、、つまり、今更だけど、要注意ってコト。あの坊主が、カイロンが絡んでて、しかも釣り出すに等しい告知までして、何もなかった試しなんてまずないんだから。
それじゃあ、ちょっと調べないとダメだよね。
「ベスタ、ちょっといい?」
「なんです? 無理はしないでくださいよ」
またふらついたりしないでしょうね、と心配そうに眉を寄せるベスタに、大丈夫、と頷いて、小恵理は遠慮なくベスタの手を取ります。で、目当ては勿論、
「おっけー、金星スキル、『魔改造』!」
一瞬でスキルを間借りされたベスタは、またですか、と呆れたように口許をひきつらせて、小恵理を見つめてきます。だってこれ便利なんだもん。射手の研究スキルと組み合わせると、ものすごく発展性があるから、ついつい使いたくなっちゃうのです。
「セクスタイル、でしたっけ? 僕の金星とあなたの太陽だか水星だかは、よほど良いシナジー、、ソフトアスペクトがあるのでしょうね」
「おっ? ベスタもわかってきたじゃん。じゃあ、今度ちょっとコラボしよ?」
ソフトアスペクト、つまりは、仲良し星座、協力関係を築きやすい関係って感じかな。男性、女性っていう星座の区分の、同性同士がこれに当たるやつです。
この星座同士は手を取り合って活動するのに向いていて、こっちの世界でもスキル同士、良い影響があるみたいです。実際、こうして勝手に使わせてもらってても楽しいけど、二人で合同して協力スキルを撃つのも楽しいと思うからね、と小恵理は笑います。
それにベスタも、やれやれ、と肩を竦めながらも、仕方ないですね、とどこか楽しげに、でも、一瞬だけ何か痛んだように顔を歪めてから、頷いてくれて。ーー何か、、別のことでも、思い出したみたいに。
見た感じ、コエリとでも、何かあったのかな、と思うけど、、うーん、でもそういう人の過去とか、デリケートそうなゾーンに触れるのって、苦手で。嫌な思い出というよりは、自己嫌悪、、罪悪感、なのかな? とりあえず、一回スルーしてしまうことにします。
「ソフアスについてはさ、眠りに就く前はベスタともある程度研究したけど、まだ判明していない星座も多かったからね、今度、改めて二人で調べてみても面白そうだよね」
ね? と。一応、ちょっとだけ気を使ったつもりで、そんな前向きな提案なんかを、してみたりもして。
ベスタは、そうですね、と今度はわりと自然な感じの笑顔で頷いてくれます。うーん、、でも、逆にそれがわざとらしいっていうか、気を使わせた感じ。なんか、もっと触りにくくなった気がする。
うーん、、と、困って眉を寄せる小恵理に、ベスタは、そうですね、、と呟きながら、今度は何を思ったのか、興味深げに、スキルの稼働する人の手元なんかを覗いてきます。そのいつものちょい意地悪な感じじゃない、穏やかそうな微笑みが、でも大丈夫なんだ、とは感じさせてくれて。ベスタ、なんだかちょっと見ない間に、少しだけ成長したような気がします。
「で、今は一体何を改造してるんです? 随分時間がかかっていますが、、」
「ん、全探索するなら範囲は広い方がいいからね、、っと、できたあ!」
小恵理は、ゆし、と両手を上空へと掲げ、早速完成した術法を中空へと展開し、今いる大穴の直径すら容易に上回ろうかというほどの、巨大な魔法陣を構築します。
その、プラネタリウムを思わせる天板の、あまりのサイズ感、迫力と、そこに点在する様々な色の光点の数々に、ベスタは思わず呼吸も忘れた様子で、まじまじとその方陣を見つめて。
「これは、いったい、、?」
「ふふふん、これぞ探査魔術、サイズ極大! 一応こういうの初期案だけは前からあったんだけど、規模が大きすぎて一人じゃ展開できなくてさ。一回、これでベツレヘム領全域の人間の動きを検索するよ!」
うりゃあっ、と気合いの一声をあげて、手を更に外側へと広げ、そのサイズを、一気に10メートル強にまで広げて。こうなると、もう視線じゃ追えないから、あっちこっちに首を動かすことになるけど。そこに、ベツレヘム領全域の地図を表示します。
この光点は、ベツレヘム領に元々存在する人間と、他地域からやって来た人間を、土地に定着している波動に合わせて峻別していて、要するに、ベツレヘム領の地図の上に、元々住んでる人間を青、他所からやって来た人間を赤の光に変換して表示している、って機能をもった方陣です。
ただ、一つの侯爵の領土と言っても、そこはやっぱり人の住む土地、面積にして何キロ四方もあるわけで、自分だけでこれを完成させるのは、いかな万能魔力と言えど、今までは不可能でした。それを、魔改造を用いて探査範囲の上限を解放、これまで通ってきたルートの魔力探知を利用することで、アルゴリズムパターンの抽出、、と、ここまでやって来たベツレヘムをでの経験も交えて、あれこれ様々な行程説明めんどい以下略を経ることで、全範囲探査を実現したわけです。詳しくはウェブでってやつです。
その出来映えは、さすがベスタ工房、個々の光も今現在の人間の動きに合わせて、あるものはちょこちょこと、あるものは素早く、その人間の動作に合わせて地図上でも動くくらいはするようになっていて、人の動きに関しては、そこそこ分かりやすく表示されていると思います。イメージ的には、一世代前に流行った、部隊を手で動かす戦略系アーケードゲームの超広い版みたいな感じです。
「ま、土地の人口なんて正確にはわかんないし、青印は結構テキトーだけどねー、、でも今回は、赤がわかればいいわけだしさ」
人口の正式な分布なんてものは、数万人単位に及ぶせいで、さすがに全部は表示できないし。昔に、一都市でならどうよ、って試してみた、王都の中ですら正確にはわかりませんでした。だから、とりあえず今回は土地とその人物の親和性の高さだけ見て、人種の判別だけをしています。生まれてからずっととか、長く住んでればその土地の魔力にも馴染むでしょって前提でね。
そうして、宙に浮いた巨大な方陣には、まばらに固まって表示される青の印と、南から少しずつ広がっていく赤の印が、少しずつ増えながら表示されていて。青の塊は人口密集地、つまりはいわゆる都市や町で、前々から住んでる人たちが集まってる点の集合。赤の印は、まずは南から北に向けてまばらに進む小さな点があって、たぶんこれが冒険者で、赤の塊もいくつかあって、このベツレヘム領に、わざわざ団体さんで外からお出ましになるような人間、と考えると、これが派遣されてきた騎士団ってことです。
ベスタはしばらく呆然とこれを見上げて、さすがです、と少し尊敬してくれた風に、楽しげに微笑みかけてきます。
「これを表示することで、王都の動きを探ろうというわけですか、、領内全域の表示とは、相変わらずすることが凄まじいですね」
「や、まあでもこれ欠陥だらけなんだけどね。見ての通り表示領域が超大きいから、魔力もそれだけ無駄に使い続けてるし。表示されてる印だって、数も適当なら誰って特定もできないし、王都から来てる人だって、ぶっちゃけベツレヘム出身者なら青で表示されるって程度のレベルの不正確さだし」
赤の印にしても、土地への馴染み具合を基準にしている以上、この領内に長くいれば、外から来た人間だってだんだん青に変わっていくはずです。これはあくまでも、今現在の王都の動きを把握するため、即興で作り上げた方陣に過ぎません。
ただそんな欠陥品でも、これで、個別の赤い点があちこちに動いていれば冒険者、一ヶ所に留まって南でも西でも、方々に帰っていくようなら商人、団体の赤い点がきっちり固まって動いていれば王都からの騎士団だろうと、おおまかな推察はすることができます。あとは、魔王の魔力も判別できるようにすれば、魔族を判別したりアルトナを探すことにも役立つとは思うけど、そこまで改造を加えてる暇はないので、今はとりあえずこれで現状の把握だけすることにします。
「さて、これってここがクリュセイスじゃん? 見た感じ、騎士団はクリュセイスに第一陣が到着した、って感じかな。でも、冒険者は結構あちこちに散ってるよね。何故か主に東岸に寄ってるみたいだけど」
「ああ、それは冒険者には、アルトナは東に移動した、という情報が王子から言い渡されたようですから、おそらくそれが理由でしょう」
どこから出てきた情報なのかは知りませんが、と疑わしげに付け加えて、ベスタは冷たい目で答えます。確かに、誰情報なんだろうっていう疑問はあるけど。王子とベスタってば昔から犬猿の仲だから、もしかしたらベスタ、森で合流してくる前に、ジュノー本人には、特に話を聞いてこなかったのかもしれません。
「で、他の都市にもまばらに赤がいるよねー、、なんだろうこれ?」
東側に限らず、西の都市であっても大体どこでも一つ以上は赤印があって、赤ってことは来てからそんなに時間も経ってないはずだし、東を目指してるっていうなら、冒険者にしては少し違和感があります。や、普通に考えたらただの商人って可能性が一番高いんだけど。
とりあえずまあ、それは考えてもわからないから、一旦留意しておくとして、、ちらっと横目で見ると、ベスタは、それよりも、何か気になることがあるのか、今自分達がいる大穴から更に北上した、領土の北端辺りに視線を集中させています。
その視線の先を追ってみると、ゆっくり動く青い点がいくつかと、留まって動かない、うっすらと明滅する少しの青い点が、あって。これが集落だとしたら、せいぜい人口で10人とか、かなり小規模だと思われます。で、その中に一つ。
「なんか、、変だねこれ。動きが速すぎ、、っ!?」
と。なんか一つだけやたら速く動く、赤い点があると思ったら、ーーゆっくり動いていた青い点が複数、急にパッと消えてしまって。残りの青も、うっすらと宙に溶け込むように、消えていってーー
点が消えたーー、ってことはつまり、いなくなったってことで。それも、位置的には、ベツレヘム領から出たわけでもないのに。
ベスタもそれに気付いたのか、急に血相を変えて、人の腕を掴んできます。
「小恵理、行きましょう!」
「うん、たぶんこいつ、人殺し、、っ!」
距離にして、たぶんここからなら1キロそこそこくらいなはずです。小恵理は魔法陣を消すと、ベスタと共に大穴から飛び出し、北へ向けて駆け出します。
何か、、自分を窺う、奇妙な魔力の波動を、感じながら。