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ホロスコ星物語218

結局、これ以上地下にいても意味がないと思うし、ということで、ひとまず地底湖からは一回離れることでランツィアと合意し、洞窟を抜けもう一度地上へと出たところで、周囲を窺います。

龍頭山脈は、大小五つの山が続いていて、龍頭山脈の入り口からは見えなかったけど、実際山頂付近から見てみると、その連なった山の列が、龍の背中のように見えることから、龍頭山脈、と呼ばれるようになったんだとか。

それだけ聞くと、龍頭というよりは龍背山脈だと思うけど、その山脈の最後の山だけが低くなだらかで、これを頭に見立てて龍頭って話らしいね。そんな山脈の小話をランツィアから聞きながら、とりあえず先行して繁みをかき分け、山道へと出てみます。

景色自体はどこの山も変わらず、緑の多い普通の山って感じで、人の気配はほとんどなく、土の剥き出しになった山道が、頂上まで曲がりくねりながら続いて、また次の山に進んでるみたいです。

だから、山道に出ると、頂上までは道が拓けてる分、わりと広く見渡せるし、周りの木々に人が隠れて、山道に出てきた人間をチェックするっていう風に、向こうから様子を見ることも簡単にできるわけです。

でもとりあえず、この洞窟から出てきた地点を監視する目はなし、と。人の気配を確認してから、ランツィアに、出てきても良いよ、と手招きします。

結構歩いたつもりだったけど、勾配と山の景色を見る感じ、ここは、まだ一つ目の山と二つ目の山の間の谷間くらいで、進捗は大分遅めかな。アラウダが順当に山登りをしていたら、大分遅れをとったことになりそうです。勿論、今から追い付くつもりではあるし、そのために、ランツィアにもすでにある程度の強化は施してあるんだけど。

「気を付けてくれ、キーリ。アラウダには腕の立つレンジャーたちが何人もいる。一見そこにいるように見えなくても、気配を消して急に近付いてくることもあり得る」

ランツィアは、自分も山道に出たところで、後ろからやや緊張した固い声をかけてきます。剣は納めているけど、いつでも抜けるよう、柄に手をかけながら左右に目配せして周囲を警戒していて、ここは、その緊張感を解すように、大丈夫、と笑いかけてあげます。

「大丈夫だよ、レンジャーってたぶんランツィア追ってるときに遭遇したけど、別に私、気配も普通に掴めるし、走って簡単に撒いたし」
「、、ならいいけどな」

ランツィアは軽く息をついて、でも、油断を責めたり無警戒に呆れてるというよりは、ちょっと元気がない雰囲気が感じられます。今更だけど、自分との実力差というものを痛感してしまった、というか、自分の力なんて必要ないんだなと感じてしまっているような、消沈してしまってる感じで。

「あの、、ランツィア? 別に、私がちょっと特殊で、人より大丈夫な部分が多いっていうだけだから」
「あ、いや、、悪い、気にしないでくれ」

ランツィアは、少し俯きながら、首を横に振って否定してきます。

でも、うーん、、そうは言っても、やっぱりあからさまに元気がなくて、ちょっと申し訳ないような気がしてきちゃう。

そうして、心配そうに眺めてると、ランツィアは、大丈夫だ、と目を上げて、少しひきつってはいたし、空元気のようには感じたけど、今度は、力強い微笑みを返してくれて。

「大丈夫、僕もまだまだ修行が足りないと、もっと実力をつけないとなって、反省してただけなんだ。だから、キーリは気にしないでくれ」
「それなら、いいんだけど、、」

本人が大丈夫って言うのなら、これ以上突っ込むことはしないけど。でも、ランツィアには、本当にちゃんと前向きな光が瞳に宿っていて、うーん、ピアさん、って言ってたっけ。本当に見る目あるよあなた、と心の中だけでランツィアの彼女さんに、称賛の声をかけておきます。

実力に差があるのをわかっていて、それがどれだけ大きいかも、うっすらと感じていて、それでも腐ることなく前向きに努力しようって思えるんだから、それって十分スゴいことだと思うし。

ランツィアは、吹っ切ったように軽く微笑みながら山道を歩き始め、付いてきてくれ、キーリ、と少し前で振り返って、呼び掛けてきます。

「キーリの本当の実力は、たぶん今の僕には想像もつかないほど強大なものなんだろうと思う。今の僕は、せいぜいが道案内役だ。けど」
「、、けど?」
「いつかちゃんと、君のことも、勿論ピアのことも、守れるようになってみせるから」

だから、それまで待っててくれ、と。そう、両手で人の手を取って、正面からちゃんと目を見つめて、ランツィアは熱っぽく誓います。

うん、なんだか、、なんか、その目は、あんまり恋人のいる人から向けられる目、っていう感じがしないっていうか、どうにも、こそばゆさを感じてしまって、思わず道の外れに目を逸らしてしまいます。

「私はともかく、ピアさんのことはちゃんと守ってほしいかな」

少なくとも、魔王とは言わないまでも、道行くごろつきくらいからは守ってあげられないと、それはそれで恋人失格だと思うし、と。軽く肩を持ち上げて。

ーー勿論、アラウダの連中なんかにも遅れを取ってほしくはないし、さ。

ね、ランツィア、と。
顎で山の上を指し示して、視線を促します。

「あれは、、!」
「うん、それじゃ、そろそろ喧嘩をしよっか」

山道の先ーー、ちょうど、登りの勾配が終わる先、坂の上から続々と姿を現してきたのは、剣やら槍やらを持って待ち構える、アラウダの冒険者たちです。

たぶん、山の麓で見た連中かな。何人かは見覚えもあって、見張りの真似事でもしてたのか、律儀に山道を正面から上ってきた二人の姿に、向こうの方がびっくりしたみたいに、動きを止めています。まさか前から来るなんて、みたいな。

いたぞ、とか、おいおい、とか驚く声をあげた彼らは、一斉にこっちに走ってきていて、逃げようとすれば逃げられる距離ではあったけど、、ま、別にいっかな。人数は六人。どうせ後で対峙するなら、先に蹴散らしておいた方が楽だしね。

さて、初戦としては人数も適度で、良い運動になりそうだし。それじゃ洞窟と同じく、後ろに下がってランツィアに更に強化を施そうとしてーー、その、前にいるランツィアから、キーリ、と呼び止められます。

「どうかした?」
「キーリ、、君があの洞窟で、セイレーンたちを撃退してくれたん、だよな?」
「あー、、まあ、一応?」

自分が陸で寝かされてて、セイレーンたちの姿がないってなったら、そういう結論に帰着はまあ、するかなとは思うけど。でもあんまり素直に肯定もしたくなくて、言葉を濁します。

それにランツィアは、じゃあ、と怖いもの見たさ、みたいに少し頬をひきつったように歪めて、言葉を続けて。

「その実力、ここでちょっとで良いから、見せてくれないか? 僕がどこを目指すべきか、それで明確になると思うし、それに」

純粋に、自分の目で見てみたいんだ、ーーその、リアルな実力差というものを、と。

そう横目で、覚悟を決めたような瞳で、こちらを見つめてきていて、、うーん、本当は、あんまり人前で、必要以上に実力なんて披露したくないんだけどな。

「やっぱり来やがったか、、ただじゃ帰らねえと思ってたぜ、ランツィアよ」
「おい、やっぱこいつだ、エカルドの片割れだ!」
「水辺に落ちて死んだって言われてたはずだが、まさかこんなところを歩いてるとはな」
「けっ、悪運のつえー野郎だ!」

そうこうしているうちに、周りを件の集団に取り囲まれます。全員が30過ぎくらいの男たちで、剣を持っている男が二人、槍が一人、斧が一人、あとは短剣と弓、、みんな筋肉が凄い、人相の悪いちょいワル親父みたいな風体だけど、魔法使いはいないみたい。

でも、ランツィアは、エカルドの名前を出された瞬間に、ーーその連中のうち、とりわけ身体の大きな一人の男の姿を見つけた瞬間に、

「ガレネ、、っ!」

憎悪にも近い昏い炎を瞳に宿し、奥歯を噛み締めて、激しい怒りに身を震わせ始めます。

今までの、ちょっとリーダーを頑張っている一国の兵士、っていう感じじゃなく、親の仇でも見つけた、みたいな変貌っぷりで。男たちに囲まれたことより、こっちの様子の方が危うく感じて、こちらの背筋にも、ピリッとした緊張が走ります。

ガレネ、と呼ばれたのは、体格は大柄で、190とか超えてそうな、大男で、、髭もじゃでむさ苦しい、雰囲気的には山賊にしか見えないような風体だけど、瞳だけは、どこか理知的な光を宿していて。何か、底知れないような空気があります。

この、最初にランツィアに呼び掛けてきた、リーダー格っぽい男、、彼とランツィアが、過去に、何があったのかは、わからないけど。ランツィアは、番犬が唸りをあげるように、露骨に敵意を剥き出しにしていて、

「、、大丈夫だ」

それでも、かろうじて理性は残しているとわかるよう、深く呼吸をしながら、ランツィアは片目で、こちらをちらっとだけ気にしてくれていて。少しだけ、その様子に安心もするけれど、

「おいおいランツィアよ、まさかの女連れか? てめえ、ピアちゃん放っておいて浮気かよ? 隅におけねえなあ?」

その、ランツィアと顔見知りらしい、剣を持った大柄な男が、無警戒とも言えるような軽い足取りでランツィアに近付き、頭の上から見下ろすようにして、揶揄する口調で話しかけてきます。怒りで手に持った剣を震わせるランツィアに、あからさまに挑発でもするように、下卑た笑いを浮かべて。

男を睨み付けるランツィアの目には、殺意さえ宿ってそうで、でも、この距離にあって、すでに剣を手に握っている状態で、なお迂闊に手を出さないっていうのは、、この男の実力が、自分よりも格上であることを知っているから、ということでも、あるのかも。たぶん、一回も剣で勝ったことがないとか、それこそ癖でも見抜かれてるくらいに。

ランツィアは、耐えかねたように、呪い殺さんばかりに大男へと睨み付けながら、忌々しげに口を開きます。

「ガレネぇ、、っ! 貴様、よく僕の前に顔を出せたな!!」
「はっ、何の話だ? エカルドも報われねえなあ、こんな剣を振る度胸もねえ、浮気者のガキに自分の妹を託すことになって、自分は、、おっと!」
「黙れっ! それ以上エカルドさんの名を口にするなっ!!」

ランツィアが激昂し、思わず怒り任せに振るった剣は、けれどその巨躯に似合わず、ガレネと呼ばれた大男が驚くほど身軽に後方へと跳躍、宙返りをしたことで、あっさりと空を切ります。

や、これ、本当に見切られてるっぽい。地底湖の洞窟っていう、一応の安全圏から山に出てくるに当たって、最低限アラウダにも対応はできるよう、ランツィアにはある程度の強化はしてあったはずなんだけど、、癖を見抜かれてるっていうよりは、むしろガレネの反応が早すぎて、剣を振るっていう挙動の前に、最初から太刀筋を読み切られてる感じです。まずもって、お話にならないというか。

それでも、強化がされていた分、着地したガレネの腕の袖口は、ハラリと切り落とされて、中から手甲が露出します。完全に見切られてはいたけど、ランツィアの剣速が、ガレネの反射速度を上回ったわけです。

ガレネは、ん? 一瞬だけ、こちらを見たと思うと、ほう? とか余裕の笑みを浮かべて、その露出した手甲を振って、中から短剣を三本も取り出します。

「おい、やるじゃねえか、、ほら礼だ、受け取りな!」

そう、ガレネが鋭く腕を振ると、しゃっ、と鋭く空気を切る音と共に、ランツィアの胸元へと正確な狙いで短剣が迫ります。
それも、その剣速は、十数メートルの距離も一瞬でゼロにするほどに迅く、明らかに、ランツィアの反射速度を上回っていて。

命の火を吹き消す寸前の、一瞬の、空隙ーーの後、キイン、という音が宙へと舞い飛び、ガレネは、ほう、と再び愉快そうな声を上げます。

、、だって、放っておけなかったから、さすがに。あの大男に誘われて動かされたのだと、わかってても。

まだ、ランツィアの後ろで支援に徹してただけのはずだから、実力なんてバレてるはずはないと思ってたんだけど、、ちょっとこのガレネって男、見た目以上に洞察力があるっぽい。

「ふっ、やるじゃねえかお嬢ちゃん、、思った通りか。その剣といい腕といい、ただのこいつの浮気相手じゃねえな」
「生憎ね、私は浮気相手でもなんでもない、途中でランツィアを拾っただけの女の子だよ。この子の中には、ちゃんとピアちゃんがいる」

そう、剣を振り上げた格好のまま、ガレネへと返答をします。

とっさだったから、取り出したのは最初から形のある、魔術で形成する時間を省くことができる、コエリから無断で借りた、死を呼ぶ剣です。だから、、右手には、黒いオーラを放つ漆黒の長剣が、禍々しい輝きを放ちながら、収まっていました。

ランツィアは、見るのは二回目のはずだけど、それでも剣の持つ暗黒の魔力に何かを感じたのか、驚きの目でこちらを見つめています。薄暗い洞窟で見たときよりははっきり見えているはずだから、よりこの剣の危険さが感じられてるのかもね。

勿論、ガレネもそうだし、他のアラウダの冒険者たちも、この剣の異様さには気付いていて、取り囲んでいた輪がわずかに後ろに下がります。剣一本でそこまであちこち警戒心を誘発する辺り、コエリの剣って本当に危険なんだな、ということを実感しちゃう。

でも、この剣で誰かを斬る気はないんだよね。それが誰でも。ーーエカルドさんの、仇でも。

エカルドさんって、、そう、思い出したよ。確か、最初にこのランツィアを探して山を登っていた時、朽ちた死体の中で唯一まだ新しい、帝国の兵士の死体があって、、あれが、エカルドって呼ばれてる兵士だったんだ。

ランツィアの言い分からすると、このガレネっていうのが、おそらくはエカルドっていう、たぶん、ピアさんのお兄さんで、、途中で見つけてしまった死体の、ランツィアの仇。

でも、ごめん、私は人殺しは、したくないから。

「これは暗黒剣、死を呼ぶ剣、、これで斬られたくなければ、道を空けて」

すっと、誰にも当たらない距離で軽く剣を振って、周りへも目配せしてゆっくりと呼び掛けながら、改めて漆黒の剣先を、周りの六人へ、そして正面のガレネへと、突き付けます。

みんな、更に一歩二歩と足を引いて、さすがのガレネも、まさに暗黒剣というに相応しい闇魔術の気配と、その宣言には、一歩足を引いたけど。

「お嬢ちゃん、、そんな物騒な玩具、振り回すもんじゃねえぜ?」

いい子だからこっちに寄越しな、と。
これ、失敗したかな、、ガレネだけはむしろ、冒険者っていう、お宝を集めるハンターとしての血の方が騒いじゃったみたい。垂涎の逸品を前にした猫のように、ガレネは剣をしまって、武器も持たずに背中を屈め、じりじりとにじり寄りながら、隙を見て飛びかかろうという構えを見せてきます。

こっちが女だから、組み伏せてしまえばどうとでもできる、みたいな油断と、その動きに触発されてか、距離を空け始めていた周りの男たちも、少しずつ輪を狭めてきて。

本当、、怖いもの知らずって凄いね。ただの蛮勇だけど。

「ランツィア」
「、、なんだ?」
「少しだけ、見せてあげる」

本物の実力っていうやつを、ね。
そう、静かに、ランツィアに続けてーー

「なっ!?」
「はあ!?」
「っ、、!」

ガギイン、、という、金属音が一つだけ、こだまするように山中へと鳴り響き、でも、同時に、周りを取り囲んでいた五人、全員の手から剣や槍、短剣に至るまで、全ての武器が一斉に宙へと吹き飛びます。

そしてやがて、時間差でザクザクザク、と落ちてきた剣やら槍やらが、山道の遥か前方の、この連中が現れた辺りの地面に突き刺さります。

「人殺しはしたくないから、今回はこれで許してあげる」

真横に剣を振り抜いた格好のまま、ガレネを除く五人を、コエリみたいに、わざと冷たく感情を乗せない瞳で、見回して。
たった一刀一振りで、周囲全員の持っていた凶器を狙い過たず、それも反応さえさせずに、弾き飛ばしたーーそれも、中心にランツィアを置いた状態で。それを、示してあげます。

普通に剣を横に振ったんじゃ、ランツィアを巻き込んでいるはずの挙動なのに、ランツィアは巻き込んでない、、それはつまり、ランツィアを中心に、円を描くように滑りながら、その軌道に沿って武器を弾き飛ばしたということです。それも、音が一つにしか聞こえないほどの一瞬で。

剣を振るだけなら、抜刀の勢いで振り抜けばできるかもしれないけど、今の一芸は、同時に、それに劣らない速度で動ける身のこなしが、できるということ、、素人ならわからない剣技でも、そこはアラウダ精鋭のギルドメンバー、それが、冷静に理解できた男から順に、顔色を青くして、愕然と震え始めます。

でも、それも、見た目がやっぱりネックだったのかな。こんな細身の少女に、っていう、このギャップに、何が起きたのか正確に認識できないみたいで、逃げるっていう行動に移れるところまで、頭が働かないみたい。彼らはただ立ち竦んだようにこちらを見ていて、逃げ出してくれません。

もー、仕方ないなあ、、一度体勢を起こして、ガレネ以外の五人へ、今度はもう一度剣がはっきりと見えるよう、禍々しさが感じ取れるように、剣を目線まで持ち上げて。

「、、逃げないの? 死にたい?」
「、、っ!!」

その、一言で、ようやく弾かれるようにして、男たちが一斉に駆け出します。それも、ここから離れたい一心で、山脈の入り口に帰る男、山奥に登っていく男、藪の中に茂みの中にと、蜘蛛の子を散らすようにして。

ふう、、鈍い男ってこれだから。これでやっと残るは、ガレネ一人だけどーー

「うおおおっ! 剣を寄越せ!!」
「!」

当のガレネは、本当豪胆というか、これだけ脅している状況で、この五人に注意を向けている隙に、いつの間にか手が届きそうな距離まで、背後から近付いてきていました。それも、切り払おうとこっちが剣を振れば、その柄を取って強引に奪い取ってやろうっていう、両手ともに素手のままっていう、大胆さで。

でもーーなんか、その大胆過ぎる挙動のわり、に。目が、、あれ、、?
一瞬だけ、迷いというか、、疑問が、生まれて、

「キーリっ!!」
「っ、ランツィア!?」

その、止まってしまった時を動かすように、ガレネとの間に、ランツィアが強引に身体を割り込ませます。

ランツィアは剣を構えていて、それをガレネに向けてはいたけど、頑丈な金属でも使われてるのか、ガレネはその剣を手甲で受け止めていて、いくら押してもびくともしません。それどころか、体格で劣るランツィアは、それこそ男女の差があるのかと思うくらい、逆に力で押し込まれてしまいます。

手持ちが両刃の剣だけに、押し込まれた剣は、ランツィアの首筋近くまで迫っていて、でもランツィアは、それでも必死に踏ん張って、後ろに下がろうとはしなくて。

「キーリ、、! いいからここは、」
「良くないよ」

ぼぐっ、という、鈍い音が、二人の身体の、ちょっと下から響きます。同時にガレネは、目を見開き、半分くらい目を飛び出させるようにしながら、口を半開きにして、顔を真っ赤にして、呼吸を詰まらせて。
何が起きたかも理解しないうちに、そのまま白目を向いて、その巨体を地面へと沈めました。

「キーリ、、!?」
「大丈夫、、ちょっと、小突いただけだから」

驚いたように、ランツィアはこちらを見つめていて、、そんなランツィアに、少し緊張して、細く息をつきながら、声を返します。軽く突き出しただけの、自分の拳に目を落として。

やったのは、押し込まれるランツィアの後ろから、ちょっと手を伸ばして、みぞおちの辺りを小突いてあげただけ。なんだけど、、大丈夫、貫いてはない。
ただ、ランツィアの目は、改めて驚きに見開かれていて、ちょっとこっちからは、直視できません。

最初助けたときは、何が起きたかわかってなかったみたいだし、洞窟内でも、補助に徹していたから、実際にこんな風に物理の強さを見せつけたのは、初めて、だったんだよね、、悪いことに。

山に登り始めの頃は、ちょっと撫でてあげる、くらいの一撃でも内臓破裂とかさせそうで、怖くて人間に手なんか出せなかったけど、、不幸中の幸いというのか、偽カイロンに魔力を削り取られたことで、なんとか大丈夫そうっていうラインまで、強化を抑えることができたから、ね。ガレネ自体も、無駄に頑丈そうだったし。

だから、うっかり手は出しちゃったけど、、自分が簡単に力負けして押し込まれていた屈強な相手を、軽く小突いただけで撃沈させるっていうのは、常識はずれというか、やっぱ人外のようにも思われるよね、って。突いてから、気付いちゃって。

自分から、実力を見てみたいと言ったとはいっても。実際にこんな威力を見てしまったら、許容できる限度を超えてそうだし、、手に持った死を呼ぶ剣だって、さっき男たちを一掃した剣筋だって、冷静になってしまったら、きっと、ランツィアには、怖いと思うから。

だから、そのままランツィアからは一歩下がって、距離を置いて。これで逃げても、別に追ったりしないよっていう意味を込めて、まだこちらを凝視してくるランツィアからは、目を逸らしたまま、

「、、どうする? 怖かったら、どこか行っても良いよ」

ほんと、ごめん、、本当は、まだ先は長いし、道案内はほしいけど、、怖いと思う相手との同行を強要なんて、できないし。それは仕方ないと思って、諦めることにします。だからーー

と、そうして顔を横に向けていた身体に、ふと陰が、覆い被さってくるような、

「、、悪かった、助かったよ」
「ランツィア、、?」

それに。背中に手が、回されていて。
恐怖、、ではないと、思うけど。正面から不意打ちで抱き締められた、自分よりちょっとだけ大きな身体から、微かな震えと、細い呼吸が感じられてきます。

ランツィア自身、男の子にしては細身だから、圧迫感や威圧感はないけど、、ランツィアは少し赤みのかかった、どこか罪悪感を感じさせる、苦しげな顔つきで、悪かった、ともう一度繰り返します。

それから、ゆっくりと、名残を惜しむように身体を離して、地面へと転がったまま身体を痙攣させるガレネを、見下ろして。

「すまない、こいつには、一つ聞きたいことがある、、ちょっとだけ、時間をくれないか」

さっきと同じ、、どこか危うさを感じさせる、昏い光をその目に湛えながら、ランツィアはそう呟きました。

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renkard
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