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ホロスコ星物語235
「この龍頭山脈はね、転生の境なんだよ。現世で亡くなった魂を、未来に送るための、ね」
祭壇の神様は、そう言って口を開きます。
教えてください、とひたすらごねられて、根負けした風に。や、ごねた張本人がその祭壇の足元に腰かけてるんだけど。私っていう。
なんか、すぐにコエリのあとを追う気になれなくて、せっかくだし、神様と話したくなっちゃったから。神様も、仕方ないな、って、苦笑しながら、私を優しげな笑顔で見下ろしています。それこそ、空の上から神様が人々を見守るみたいに。
「人々は、皆目的をもって生を与えられている。ここで願いが叶うというのは、その目的を果たして来世へと旅立つ、ということに他ならない」
人間は、成長を続ける内に、その本来の生まれてきた意味を考え、その生命の持つ根元の目的を果たすため、自らの方向性を定めて生きているのだと、神様は言います。
例えば、剣の才能をもって生まれてきた人間は、何かのきっかけに巡り会うことで、その才を磨き、やがてその剣の才能をどう扱うのかを考えるようになる、、その時、国のために剣を取るのか、大切な人のために剣を取るのか、あるいは、国に反旗を翻す刃として、剣を取るのか。
この、何のために、という部分を顕在化させた時、人々はその目的を意識し、その目的を果たすために、それを果たすことを願って、生きていく、、それが、人が生きるということであり、この山には、その悲願を掲げた人間が、集まっていたと。
「だから、この山の本来の有り様は、願いを叶える、代償に命をいただく、ではない。彼らは自らが悲願とする願いを叶えた、それと同時に、彼らは生きてきた目的を、役割を、使命を、果たし終えた。だから、彼らは自ら今回の生を手放し、次の生へと転生する、、そのための準備を、彼らは行っている」
神様は、そういって祭壇の前に並べられた、朽ち果てた遺体たちを見渡します。
その隣に、浮遊霊のように浮かんでは、眠りにつく、生前の姿を。
この山はつまり、最初から願いを叶えるための場所ではなく、その人が生まれてきた意味を、目的を、果たすための場所で、、それが、多くの場合、その人が持っていた願望と合致していたというだけだと。龍頭山脈という、いくつもの山を越えてまでして、それだけの強い思いを抱えて、ここへと辿り着いた人々だったから。
ある程度自分の能力や適正なんかが確立されていくと、確かにそれを使ってどう生きるのかを、多くの人は考えると思う。それは、大学生が自分の能力を把握して、どこで就活をして、どの業界で生きていきたいか検討する、みたいな話で。
勿論、普通の人であれば、そこで何か一つ、自分の成し遂げたいと思っていた目的を果たしても、生きている限り、また新しい目標を掲げて歩みを続けていきます。ただ、その新しい目標というのも、根源には実は何か共通の目的があったり、無意識の願いがあったりして、、その根本の、その人の根底に眠っている願いが、この山では叶うということなんだって。
「だから、そうした悲願を持たぬ者、生きる目的を自認していない者、浅き領域の願いのみ掲げる者の願いは叶わない。この山脈の噂が信じられにくいのは、そもそも叶えた者の絶対数が少ないからだ」
それも、一つの罠だよね。
願いが叶う、という噂、伝承だけが知られていても、実際に願いが叶った、という人の数が絶対的に少なければ、噂を本心から信じる人も少ないし、観光地以上の人気も出ない、伝承以上を知らない人も多いってわけです。
現代の占いやお参りなんかと一緒で、叶った人は感謝もするし、人に伝えたりはするけど、叶わなかった、なんて話はそもそも人にしないっていうのもあるし。だから伝承自体、真面目に考える人の方が少数派、っていうことにもなるわけ。
勿論、伝承の文言にある、最も重い代償、なんて言葉を怖がって近づきもしない、みたいな人だって当然いたと思います。だからこの龍頭山脈の立ち位置って、世間様では結局現代でいう、ちょっと険しい場所にあって、物騒な噂があるけど望みが叶う、とか言われてる神社と近い立ち位置なんだよね。あくまでも願いはするし、おみくじなんかで予言らしいものは受け取るけど、その後のことは結局その人次第、っていうレベルの。
そして、ごく一部の、ここで実際に願いの叶った人間は、次の生へと転生する準備に入る、、そのために、遠からず今の命を失い、だから、真相を伝える人間もまた少ない。それは、何人かが想像して、辿り着いた通りに。
神様がこんな場所を残しているのは、つまり神様には、そういった場所をあえて現世へ用意することで、人々の転生を早めたい理由があるから、ってわけです。それが何かは、さすがに教えてくれないみたいだけど。
神様は、視線を宙に上げて、今も白く漂う、霧の森を広く見渡すようにしながら、ここはね、と話を続けます。
「ここは神域、この神域の霧は、いわば鎮魂の霧さ。来世への旅立ちを待つ彼らを不浄へと触れさせ、死霊へと転じさせるわけにはいかない。清浄を保ち、彼らに安寧の眠りを与える、、そのための神域なのだよ」
その、神様による魔力が、微少とはいえ、常に働き続ける神域、、だから、通常では起こり得ないような時空の歪みも、ここでは発生している。それは、神様の力の絶対性を示すと同時に、今自らを祭壇の上に留め、戒めているように、神様自らは、迂闊な動きが取れないことの証左でもあるように感じます。
ん、、そっか。そこまで聞いて、不意に閃きます。何故自分が神様に呼ばれて、この世界に来たのかーー
神様はこの世界では、自由に自分の意思を世界に及ぼすようなことはできない、、だからきっと、聖女が、誕生したんだって。神様が動けない分の、使命を背負う人物が必要だったから。神様に使命を授かって動く人間が、必要だったから。それに選ばれた私は、要するに、神様の代行者、なんだと。
聖女の、使命ね、、なんとなくカイロンの姿が思い浮かんで、ちょっと引っ掛かる思いは、生まれてきます。そのカイロンの姿を、神様は何故この神域で使えるのか、とかも気になるし。
私は別に、、良いんだけどさ。転生させてくれた恩は、あるわけだし。
「だがね、彼らの誰もが全ての思いを果たして、心置きなく未来へと旅立つわけではない。時に現世へと残った思念が、神域の霧の魔力によって顕現し、ああして物質世界へと舞い降りることがある」
言葉を続けた神様は、マティルド青年を襲ったガレネが良い例だよ、と付け加えます。あれはガレネ本体ではなく、言わば本体の願いを叶えるために解き放たれた、分体のようなものだ、と。かつても、人が願いを叶える度に現れたという。
ガレネは、ただ、マティルド青年を殺害するためにここに来たわけではなかったから。そんな運命を、目的をもって眠りについたわけではないから、ここでいくらガレネに斬られようと刺されようと、マティルド青年が死ぬことはなかった、、ガレネの願いとして、具現化することは、なかった。あの刃が本物かどうかは関係なく、それはただの霧の作用にすぎなかったから。
そういえば、森でコエリがガレネに遭遇した当初、何度もマティルドにナイフが飛来して。戦いに慣れない、戸惑い動揺していたマティルド青年は、そのナイフを避けることができず、繰り返しになってしまいそうだったから、って。一度流れを断ち切るつもりで、コエリも一度マティルドを助けた、という話は、ここに来る前に聞いていた気がします。
コエリって本当聡いというか、、たぶん、この霧の作用も魔術を読み解いて、理解してたから、なんだろうね。この霧の中での戦いは、ただのガレネの願いの副作用としての衝突で、あくまでもイレギュラーにすぎなかった、ということも、きっとコエリにはわかっていて。
事実、ガレネの本当の目的は、ランツィアを生かして、ピアさんとの明るい未来を授ける、助けになることだったから、、マティルドは、たまたま見かけた障害だったから、排除しようとしたくらいのもので。
さっきガレネがこの場に残っていたのだって、今回の真意を私に伝えさせるために、前を向いて進めって、私に伝えさせるために、っていう本意があったからで。だからこそ、転生前の身体で、この場に残っていただけ。
そして、だから、ガレネは最後にこの真相を話して、思いの丈を言い残して、消えていった、、その時の、最後の別れの言葉を思い出してしまって、思わず、ガレネが消滅してしまった霧へと目を凝らします。
ガレネはもう、姿は勿論、気配も影の一欠片も、残ってはいなくて。それで、ガレネはガレネという生命しての役割を、果たし終えたんだということを、実感します。否応なしに。
じゃあ、ここに並ぶ遺体たちは、、そうするとだから、願いを完全には叶え終えていない人たち、っていう解釈に、なるんだと思います。たぶん中には、何代かに渡って成し遂げなければいけないような悲願を掲げた、先駆者としての役割を持った人たち、なんて人もいたのだろうし。
ガレネがさっきマティルド青年と戦ったみたいに、この人たちの中には、その後継者みたいな人がここへ来るのを待っている、なんて人もいそうだなと、眠っている幽霊さんたちを見ていると、思います。そこで、さっきのガレネのように、何かを無事に後世に託せたら、彼らも成仏して消えていくんだろうな、と。
でも、だとしたら、、すぐ消えていなくなってしまう分体ではその使命を果たせないような、とても大きな使命を抱えた人とかはどうなるんだろうーーとか、気にならないではないけど。
ともあれ、、それが、龍頭山脈の、願いが叶うと言われてきた、神域の、祭壇の、秘密。
うん、、まさかここで神様に会えるとも思ってなかったし、気になることは、今もいくつかあるんだけど。驚くことも多かったけど、色々話を聞けて、大体はスッキリできて、良かったと思います。勿論、これから神様には、ベスタとアルトナについての相談は、するつもりなんだけど。一件は落着した気分です。
「さすがに、転移先でカイロンの姿で私の前に現れたときは、いったい何の悪戯よ、とか思いましたけどね」
その前に一回、恨み言じゃないけど、言って神様に、揶揄するように微笑みかけます。神様との一番最初の接触、地底湖から南の海の上空に転移したときのことを、思い出しちゃって。
あれって、結局神様の作った異空間だったから、普通に会話もできたんだろうけど。急に十字架に磔にされて、魔力を吸われて、、いったいなに、って思ったけど。この時点でも、それっぽい答えは、なんとなく見えてたよね。
カイロンのスキル、魔術の亜種みたいな力とくると、使える人なんて大分限られてくるし。なにせ造物主様なわけだから、そりゃこれくらいできるよねってなもんです。
でも、魔力制御の問題をいち早く察して、自分の力の及ぶ龍頭山脈だったからって、いきなりカイロンに見せかけて干渉をしてきた、っていう辺りは、ちょっと面倒見が良すぎない、とも思うんだ。
それを指摘すると、神様は苦笑しながら、それはそうだよ、と返してきます。
「私は君を送った立場だからね。自分の子供が今どうしているのか、苦労はしていないか、何かに躓いてはいないかと気にしてあげることも、私の務めなんだよ」
ふーん、、子供、ね。さっきも冗談でパパとか言ってたけど、神様は、それこそ親が我が子を慈しむような瞳を私に向けて、優しく微笑んでいて、案外、本気の言葉だったみたいです。
神様的には、要は異世界に送りました、あとはよきにはからえ、ってわけにはいかない、ってことなのかな、、確かに、とんでもチートを与えている時点で、送り出した先で何かトラブルなり奇跡なり引き起こすのは必至だし、その影響を見定める、という意味もあるのかなとは思います。
「そのために、自分が何かの際には関与できるよう、降臨の祭壇も残してる、ってわけですか。でもそのせいでこの森では、時間のズレが生じてる、とかコエリから聞きましたよ? 未来が遅れてやってくる、とか」
その感覚は、たぶん当事者じゃないとわからないと思うんだ。未来が遅れて、なんて、私も最初よくわからなくて、どういうこと? って思ったし。未来の姿がやって来てから、現実が遅れてやってくるとか、、ある意味では、誰もが未来予知できる、みたいなものなのかなとは理解したけど。時間差はそんなにないみたいだし、活用なんかはできなそう。
神様は、そうだね、と困ったように眉を寄せて頷きます。
「残念ながら、私はこの世界にいるだけで、少々良くない影響を引き起こしてしまう。だから、私が何かをしようと思った時も、こちらから直接出向けたりもしない。困ったことにね」
神様は首を振って、本当に困ったように肩を竦めていて、その言葉からしても、不本意なのは本気ぽいなと、、どうもこの祭壇に留まっていること自体も、ちょっと本意ではないみたいな気配は感じます。だから君が頼りだよ、みたいな言外のプレッシャーはスルー安定で。
結局、過ぎたるは猶及ばざるが如し、ってことなんだろうね。それを語る神様の本心は、まだ何か裏がありそうで、ちょっとまだよくわからない感じ。
「ちなみに、、そういう超常現象を引き起こすような干渉点っていうのは、あっても、世界的には大丈夫なんですよね?」
「ああ、それはね。この世界では、大抵のことは魔法が何とかしてくれる。この程度の領域に限っていれば何も不都合はないし、私としても、地上にこういう場があった方が、何かあった時に対処しやすいんだよ。君だって、できるなら駅近で都心にアクセスしやすい、職場に近い物件を選ぶだろう?」
「うーわ、リアルですねー、、」
都心の駅近って。不意打ちで聞いた疑問に、やけにリアルな回答が来てしまって、ちょっと苦笑いを返してしまいます。現代なら日常的に聞くようなワードでも、こっちの世界でそういう言葉を聞いてしまうと、なんかすごく変な感じ。それこそ、異世界に転移したら何故か江戸村が目の前にあった、くらいおかしな感じです。
とりあえず、この言い分からすると、神様の影響で世界がおかしくなる、みたいな事態はなさそうだとは、思います。この祭壇を中心に異常が起きて、急に世界が崩壊しました、なんて洒落にもならないからさ。
他にも、気になる部分がないではないけど、、その辺の神様の事情や領分に踏み込むのは、さすがに行きすぎな気もするし。ひとまずは、わかりました、と引き下がります。
「じゃあ神様、ここからが本題なんですけど」
そう、、ここまでは余興というか、疑問を解消させてもらうための、ただのお喋り。私にとっての本題は、むしろこっちです。
この龍頭山脈へと出向いた元々の目的は、魔王カイロンに何かを仕掛けられたベスタを助けて、半死半生まで身体を弱らせたアルトナも助けること。ランツィアやガレネの話は、あくまでも行きずりに遭遇したトラブルってだけだったから。
だから、祭壇の上で立ち上がって、できるだけ目線を合わせながら、簡単に事情の説明だけして。ようやくその件で、神様に相談してみます。
なんだかんだ言っても、願いが叶う、なんて話が大々的に出回ってるくらいだから、何かしてもらうとしても、そこまで制約とかは厳しくはなさそうな気もするし。ダメなら、せめて解決の方法だけでも教えてくれませんか、って。
おおまかな事情の説明を終えると、神様は、治癒を施すこと自体は問題ないが、とあっさり頷いて、少し意味深に微笑みを浮かべます。
「私は、一応これでも神と呼ばれる身だよ? あまり君たちの戦いへと干渉が許されてはいない」
それが許されるなら、わざわざ聖女など呼ばずに自分で討伐してしまえば良い、という話なんだからね、と。そりゃそうですねと頷ける話をした後、神様は続けて、神とは、あくまでも見守る立場でなければならないんだ、と窘めるように重ねてきます。まるで、聞き分けの悪い子に念押しでもするように。うん、別に私悪い子じゃないし、そんな繰り返さなくても聞いてますけど。
「だから、願いを叶えることは可能だが、その分の代償は、やはり支払ってもらわなければならないんだ。それが君であっても。これは、神が現世へと干渉するためのルールというやつでね」
「代償、ですか、、」
うーん、と。軽く腕を組んで、首をかしげて。念押しの意味を考えて、さっきマティルド青年と一緒に神域の入り口へと帰っていった、コエリの姿も、思い出して。大丈夫かな、と、少し心配にも思いながら。
代償、ねえ、、この神域における、代償。その言葉を、自分の中で数度繰り返します。
うんーーそれはきっと、やっぱこういうことなんだろうなって。
でも、コエリを分離して、少なからず力を失った私なら、ベスタとアルトナが復活してくれた方が、戦力にもなると思うし。
物凄く頑張ったか、と言われると少し怪しいけど、十分頑張ったか、と言われれば、頷ける程度には、紆余曲折色々やってきたとはいえるし。
だからーーわかりました、と。
自分でもびっくりするくらい、あっさりと。代償なら払います、って。ほとんど、即答で。
王都のみんなとか、コエリとか、ディセンダント公やお父様、親しくしてくれた王都のみんな、兄、妹、アペラやラインムートなんかを、、それから最後に、喧嘩別れみたいにして離れてしまった、王子の顔なんかを、思い出して。ちょっとだけ、名残惜しさなんかも、感じたりはするけど。
「どうぞ、連れていってください」
最期は、潔く。神様に精一杯微笑みかけて、手を開いて、そっと目を閉じます。
今度は、できたら、コエリの中から世界を見守れたら良いな、なんて、思いながらーー
「ーーこらこら、君は何か勘違いをしているよ」
、、ん? あれ?
せっかく、成仏を目の前にした悪霊みたいな気分でいたのに。片目を開けてみると、なにやら神様からは、困ったような笑顔を向けられています。人を死神にするのじゃないよ、みたいに。
その、優しい微笑みを浮かべたまま、神様は頭の上にそっと手を置くと、くしゃっと、真っ黒になった、青みが抜けた髪を軽く撫でて、その指へと絡ませます。
「言っただろう? 誤解されがちだが、ここの祭壇は、命と引き換えにして願いを叶えているわけではない。叶えた者が転生しているだけだ。君が次の生へと転生するのは、少なくとも魔王を討伐した後だよ」
できるものならね、と。神様は小声で意味深に付け加えて、少し目を細めて、遠くを見るような仕草をします。目の前にその、魔王の姿でも思い浮かべているように。
それから、何を思っているのか、傍目には推し量れない微笑みを浮かべたまま、よろしく頼むよ、と。そう小さく呟くと、撫で付けていた髪から、ゆっくりと手を離します。
「それでは、承知が得られた以上は、君の願いは叶えよう。ただし、先ほども言ったが、君だけを特別扱いというわけにはいかない。大切なものとは引き換えにさせてもらうよ。そうだな、、君らは早く、砂漠に帰るといい」
何と引き換えにしたのは告げることなく、何かをした素振りすらなく、神様はそろそろお行き、と。後ろから少し背中を押すようにして、優しい笑顔で促してきます。
どこにも、変化らしい変化はなくて、何をしてくれたのか、よくわからないけど、、神様がそう言う以上は、何かしてくれたんだろうな、って、信じることにして。わかりました、と頷きます。一応、本当に自分の命が、魔力が、スキルが、何も手を付けられていないことだけは、確認して。
ーーうん、本当に、自分から何かが失われた感じはしないし、詐欺られた気配はなし。さすが神様、何を引き換えにされたのか、少し心配はあるけど、これなら後の活動に支障はないっぽい。
それじゃ、促された通りに、祭壇からは降りて、下から神様を見上げながら、ありがとうございました、と。頭を下げてお礼を言います。それから、小さく手なんか振っちゃったりして。
「じゃあ、、また、どこかでお会いできたら嬉しいです」
「私もだ。ーーこの後も、君には厳しい試練が降りかかるだろう。だが、挫けずに抗い続けるのだよ」
そうすれば、君には光輝く未来が待っているだろう、と。最後に、半分は不吉な予言のような、でももう半分は、本当に私のことを気にかけてくれてるんだとわかる、力強い言葉を残してくれて、神様は祭壇の上から、姿を消していきます。周囲に漂う、朝靄のような真っ白な霧に、身体をすっと、溶け込ませるようにして。
「、、さて、じゃ、そろそろ行こっかな」
神様も、行っちゃったし。なんとなく、今まで神様がいた、祭壇の中央を見つめます。
なんだか、大分ゆっくりしちゃったような気もする、、この神域、時空の歪みのせいなのか、霧のせいなのか、変に風景に白みがかかっていて、時間感覚がよくわからないんだ。早朝と言われても、昼過ぎと言われても信じちゃいそうな感じ。
でも、神様に帰還を促されるくらいだから、たぶん、向こうもそろそろ決着が付いてるだろうし。砂漠にお帰りって、殊更に促された辺り、なんとなく向こうに何かあるのかな、って思ったりもするし。
だから、今度こそ祭壇から目を離して、前に向き直ると、一度うっすらと霧に包まれた周囲を見回して。かつて祭壇に願い、眠りにつく先人たちの姿を視界に納めながら。
「それじゃ、、行ってきます」
同じく神様の転生を受け入れた、ある意味では仲間みたいな人たち。
あなたたちの、抱えていた願いの手伝いになるかは、わからないけれど。
私は、今は私が叶えたい願いのために。できることをするよ、って。
そう、決意して、彼らへと軽く一礼だけして。
もう振り返ることはなく、再び霧の森へと、駆け出しました。
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