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ホロスコ星物語216

地底湖から上がり、全身から力の抜けた、瞳の閉じられたランツィアの身体をそっと地面へと横たえ、その額に手を伸ばします。

ポタポタと、自分の服や髪から垂れる滴が鬱陶しくて、まずは、火魔法で一気に乾かしてしまって。ランツィアも一緒にね。

思わぬ場所で遭遇して、捕獲されてしまった触手の魔物には、ずいぶん地底湖の深くまで連れていかれてしまっていたから、思ったより地上までの距離があって、一時は間に合わないかとも思ったけど、、うん、大丈夫。

ちょっと身体は冷えていて、水も少し飲んじゃったかもしれないけど、命に別状はないはず。セイレーンの幻惑の魔術も打ち消しておいたから、目覚めて身体が思うように動かない、なんてこともないと思います。

さて、、それじゃ、目立たないようランツィアの身体は、一度暗がりへと寄せておいて。今戻ってきた地底湖へ、もう一度目を向けます。

先に奥で魔力の探査網を広げてみた感じ、やっぱり転移魔法陣らしきものが水路の途中にあって、今のセイレーンたちは、どうやら海から直接ではなく、水に入った獲物の気配を探知して、この魔法陣を使ってここまで移動してきたみたいでした。

つまり、ここを通ると、一気に南の海洋方面まで飛ぶことになっちゃいそうなんだけど、、どっちみち水中へランツィアを連れてはいけないし、今のうちに一回先まで見ておいた方がいいんだろうな、と一人で頷きます。

で、何もなさそうなら帰ってくるとか、害になりそうなら、帰ってきてから魔法陣自体を封じておく手があるかな、と思います。まだまだ全容のわからないこの地底湖を探索するなら、邪魔は入らないに越したことはないし。

ランツィアは気がかりだけど、強化魔法の効力はまだ当分続くから、アラウダの人間が現れても、目が覚めていれば、最悪逃げるくらいはできると思うから。ランツィアが目覚めるまでここで待つのは、また水中まで付いてこられても危ないから、ちょっとリスクだけど、仕方ないかな、って。

「それじゃ、ちょっと様子見に行ってくるから」

一応、アラームとして、山脈に続く通路に探知用の仕掛けだけ施しておいて、誰かが来たら急いで帰ってこられるよう、心の準備だけはしておいて。それからもう一度、今度は一人で、再び地底湖へと身を投じます。

ちゃぷん、とちょっと水音が立っちゃったけど、ランツィアは、、うん、大丈夫、目覚めてない。

地底湖の水は相変わらず冷たく、また光源も少ないため、薄暗く、普通であれば、そんないつまでもいたいと思うような場所ではありません。ただ、この魔法陣を目指す一番大きな理由、、それは、この転移魔法陣が、明らかに誰かが、人為的に仕掛けたものだから。さっきの蟹の魔物と言い、どちらも自然発生的ではなく、やっぱり誰かの狙いが、見え隠れしているからです。

本当であれば、さすがに南の海洋まで飛んでも、龍頭山脈の神域に関わりはしないと思うし、寄り道になっちゃうとは思うから、無視しても良いんだろうけど、、誰かが意図して魔物を呼び寄せている、という事実があるというのは、なんとなく、これを放置して先に進むのも、良くないような気がするのです。

だからとりあえず、ちょっと先まで様子見をして、帰ってくるだけ。何もいなければそれでいいし、もしいたら、ちゃちゃっと対処して帰ってくるだけ。どっちみち、アラウダに狙われるランツィアを一人で長く放置はできないし、神域に行くのなら、ランツィアの案内は必要になると思うから。

そうして、ゆったりと水中を泳いで、だいぶ暗くて見えにくかったけど、地底湖から海洋へ続く水路を見つけて、どうにかその、人一人がかろうじて立ち泳ぎができそうな、狭い水路へと入り込んで。

(、、ま、でもそう簡単には行けないよね)

地底湖を奥へ奥へと潜る形で進み、その先、石壁に覆われた水路の壁面がぼんやりと視界に入ってきます。
ここは人が一人大の字に手足を広げてしまえば、それでいっぱいになってしまうほど狭く、ここで魔物に遭遇してしまえば、撃退する以外に手はありません。

その水路で、前方から魔力反応が二つ。さっきと同じセイレーンが二人で、その後方には、暗くてよく見えないけど、やっぱりさっきと同じ、イカだかタコだかの魔物が、水路全体を塞ぐようにしながら、その軟体を滑らせるようにしてこちらに迫ってきています。

これはどうしたって正面突破しかないから、やむなく掌に魔力を溜めーーどうも、このセイレーン二人と魔物って、この組み合わせでの編成が、この魔物たちの常態みたいだけど、、どうしてこんな編隊になってるんだろう、とふと疑問に感じます。

セイレーン自身はずっと歌っているだけで、特にこれといった攻撃性能はなさそうだから、この魔物と協力して餌の捕獲をしてるっていうこと自体は、おかしくはないと思うんだけど。

まだ接触したのも二組目だし、ただの偶然なのかもしれないけどーーセイレーンの足止めの魔力に、完全に通路を封じてしまう魔物の大きさと、これがもし、魔物の習性というだけではなく、さっきの蟹と同じで、あちら側に人を寄せ付けないための、誰かからの仕掛けなら。

(突破した先に、何かがあるっていうことだよね!)

悪いけど、いくら人型をしていても、魔物に手抜きはしません。魔力を白銀の光に変え、高温を纏わせた熱線を多数前方へと放って、セイレーン二人と、イカだかタコだかの魔物を焼き切ります。

これは、さっきランツィアを助けるために即興で編み出した、熱光線です。や、なにせ水中じゃ炎や風の刄は撃てないし、土の槍や剣だと、これから移動に必要な通路まで塞いじゃうからさ。

逃げ場もない狭い通路のこと、二人と一体は、その一撃で全身のあちこちを貫かれ、金切り声じみた悲鳴に、鈍い唸り声を混ぜて絶命します。その苦悶の表情とか見ちゃうと、ごめんね、本当は無闇に命を奪いたくはないんだけど、、とも思うけど。こうしないと、先に進めないから。

通路を塞いだまま息絶えた魔物は、悪いけど容赦なく魔力砲で貫いて風穴を開け、そこから先に進ませてもらいます。こう、倒した後も通路を塞ぐ役割を果たしてる辺り、本当誰かの仕掛けって感じ。

しかもこれ、普通だったら水中で、息のできない状態でこれを突破しなきゃいけないんだから、倒した後も邪魔になるっていうだけで、結構いやらしい仕掛けになると思います。むしろ、そこまでして人を寄せ付けたくない理由なんて、一体何があるんだろうっていうか、

(っ、前方から魔力反応、二回目、、!)

その、魔力の輝きーーある程度近くまで来たから、今なら、転移魔法陣がどう起動してるのかも、読み取ることができます。

またしても現れたのは、セイレーン二体と吸盤を持った触手の魔物で、、でも、この組み合わせになるのは、道理というものなのが、発動する魔法陣からわかります。魔法陣はそもそも二つあって、最初に一つがセイレーン二人を呼び出し、もう一個すぐ後ろに重なるように存在している魔法陣が、それに応じるようにして、ほぼ同時に吸盤を持つ魔物を呼び出しているからです。

ほぼ同じ場所にあって、そうなるよう時間差で呼び出しているから、二人と一体が現れる、、それも、先行したセイレーンたちが倒れたのを、察知しているかのようなタイミングで。

セイレーンはともかく、吸盤を持った魔物は水路を塞ぐほど巨大だから、これを退治せずに通路を進むことはできません。そのキツキツさ加減を狙って魔法陣を設置したのなら、設置したのは相当な性悪か、相当計算高いかのどちらかです。絶対排除しなきゃいけない魔物が、排除した直後に新しく出てきて道を塞ぐとか、こんな邪魔な仕掛けを作られたら、そう簡単に魔法陣には辿り着けません。

ーーなんか、この計算高さって、、なんとなく、どっかの魔王とか思い出してしまって、嫌な予感がめっちゃしてきます。自然と背筋に悪寒が走る、っていうか、、なんとなく、そういう気配がある気がするのです。

さすがに、いきなり決戦とか、ないとは思うけど、、カイロンの奴ってば、レグルスを通してこちらの情報を把握しているような節があるから、自分が一人で龍頭山脈へ向かったことも、とうに知られているような気がするし。

もし、これがカイロンの仕掛けなら、、絶対に面倒が待ってるのは間違いないと思うし、これ以上進まない方がいいんだろうな、と足が一瞬緩むけど。そう思う反面、なんとなく、行っておかないといけない気もしていて、、もしまたカイロンだったなら、それはそれで、もしもの時のため、ベスタに仕掛けた術の種明かしとかもさせたいし。

レグルスすらいない、自分一人しかいない今、一体どんな用事で会おうとしてるんだろうとは、思うけど、、それに、これが必ずしもカイロンが仕掛けたとは限らないのは、そうなんだけど。それを確かめるためにも、やっぱり、この魔法陣と魔物の突破は、しないといけないみたいで。

「だったら、、!」

セイレーンと魔物の第三陣が近付いてきたところで、別に放っておいても害のないセイレーンだけかわして、触手の魔物に細く収縮させた魔力砲を撃ち込み、子供がくぐれるくらいの大きさの風穴を空けます。

触手はまだうねうねと蠢いていて、これくらいなら致命傷ではない、、勿論、魔法陣も起動していない。それを確認して、その魔物の胴体に空いた隙間に飛び込み、

「やっ、離しなさい!」

その、スルーした触手のうちの一本が、うにょうにょとした動きで足首に絡み付いてきて、気持ち悪い感触が足首にまとわりついてきます。しかも、穴の空いた胴体を水路の壁に擦り付けるようにして、水路との間に空いた隙間を埋めようとしてきていて。

どう見ても知能は低そうな魔物なのに、もう、これって絶対道を塞ぐことを目的としている動きなわけで、、ええい、面倒臭い!

壁際へと迫ってくる軟体が気持ち悪くて、掌を輝かせ、今度は白銀の剣を取り出して、迫ってくる触手の魔物の胴体を、一瞬にして真っ二つに叩き切ります。

勿論、これは致命傷になってしまうーー魔法陣の起動も促してしまうんだけど、それから、間髪を容れずに、風魔法を使って渦潮めいた、転移魔法陣めがけて回転する水流を作って。

その、水流に飛び込むことで、水流に飲み込まれる形で魔法陣めがけて加速し、うっすらと、また新たな魔物召喚のために輝きだした魔法陣に、魔物が召喚される前に、飛び込む、、!

「っ、やった、、!?」

転移魔法陣の先は、当然、海に続いているはず、、だったの、だけれど。

何故か生じる、浮遊感。それに、一瞬で切り替わった景色は、さっきまで狭く薄暗かった水路から、眩しすぎるくらいに輝く、陽光の差す広い水の中へと移動していて、でもここは、ーー空の上!?

そりゃ、明るいわけです。だってここは空高く、雲一つない、嫌というほど日光に照らされる中空で。そんな場所で、重力を無視したように、湖を思わせる大量の水が浮かんでいて。その水の塊の、その中に、触手の魔物たちが一緒に浮いていました。

こんなものは、絶対に自然にできたものなんかでは、あり得なくて、、でも、驚いている暇は、なかったみたい。
背後からは、本当に待っていたみたいなタイミングで、声がかけられます。

「ようやく登場だね、、お姫様」
「っ!?」

そう、、嫌な予感の正体は、大当たりってわけ、、!

その声は、やや幼い、舌足らずな調子で、その背後からの言葉に、振り向くと同時に、浮いていた水は魔物を外の空中へと放り出して、一瞬で凍りつき、

「っ、、!」

更には、四肢と全身にその氷が、一瞬で枷のように嵌められて、全身の動きを拘束してきます。

油断した、っていうか、、薄暗い水路から、逆に眩しすぎる空間への転移、後ろからの不意打ち、、対処できるタイミングがなかった、かな。本当、油断も隙もないって感じ。

そうして、魔物たちは、遥か下の方へと見える海洋に、ぼとぼとと放り出されていって。上空では、氷の十字架による磔が滞りなく行われ、顔を向けた正面には、黒い羽衣のような、ふわふわした布地に身を包む、少年ーーカイロンが、腕組みをしながら、楽しげに浮いていて。

「ようこそ、小恵理。君なら絶対に来てくれると思っていたよ。無鉄砲とも言える行動力と好奇心、、何より、君は自分の味方に仇なすかもしれないものを、放っておけない子だからね」

カイロンは、どこか昏い笑みを浮かべて、そんな皮肉めいた感想を話してきます。

予想通りではあったけど、つまりカイロンには、龍頭山脈に向かったことは、知られていて。蟹の魔物も、転移魔法陣も、そんな古い仕掛けとは思えなかったから、、カイロンは、戦争の趨勢も、こちらの動きも見守りながら、ちゃんとプロトゲネイアの動きも、見ていたっていうことで。

たぶん、兵士の入れ替わりに際して、アラウダが動いてくるだろうこととか、ランツィアとその同僚の兵士が、龍頭山脈を狙って危険に晒されるだろうこととか、全部承知で、だからこんな即興の罠を、自作して。

要するに、自分がランツィアを守るために山に入った時点で、ここまで来ることは読み切られていた、っていうわけで。相変わらずの先見の明と言うか、並外れた洞察力と、読みの鋭さです。

(原作を知ってるからっていうのも、あるんだろうけど)

本当、今までもそうだったけど、、カイロンの奴、この空中の仕掛けだってそうだけど、罠を張らせたら誰よりも天才的というか、どれだけ先を見通しているのか、ネイタルの影響で極端に高くなった賢さの数字をもってしても、はかり知れないと思います。半分くらいは、とはいってもまさかね、って思ってたのに、まさか、本当にカイロンが待ってるなんてね。

でも、そっか、、魔物を自由に呼び出せるのはほとんど魔王だけなんだから、最初の蟹の魔物が現れた時点で、次から次へとセイレーンや触手の魔物が呼び出されてる時点で、視野には入れておいて良かったんだなと、反省もします。

普通、そうは言ってもまさか魔王がまた出張ってきたりはしないでしょとか、これまでの遺跡とか見ていると、他に仕掛けた相手もいるかもしれないとか、セオリーとか常識とかでは、思うと思うんだけど。そういう固定観念に縛られていたらダメなんだと、もう一つ振り返っておいて。

カイロンとは、ブルフザリアで分かれて以来だから、3日ぶりくらいになるのかな、、なんか、山地やら砂漠やら山脈やら、あちこち抜けてきたわりに進行速度が早かったから、あんまり久しぶりって感じもしないね。

「それで、カイロンはわざわざこんな仕掛けを用意して、私に何の用があるっていうの?」

それも氷の十字架に磔とか、そりゃ聖女ではあるから、某聖書の記述的に映えるのかもいれないけど、された側からすると、悪趣味としか思えません。手とか足とか、めっちゃ普通に冷たいし。

カイロンは、クスクスと笑いながら、けれどその目は、どこかーー普段のカイロンとは、違うような気がして。うまくは言えないんだけど、ブルフザリアで分かれた時みたいに、愛しげとか、うっとり、みたいな感じとはかけ離れた、それこそ氷のような、恨みがましさのようなものが、見え隠れしているような気がしていて。

でも、あれからカイロンとは会ってないし、そんな恨まれるようなことをした覚えも、ないんだけどーーって、

「っつ!?」

カイロンは無表情で無言のまま、不意に手を上げたと思ったら、ーー急に全身にビリっとした、電流めいた痺れが走り抜けていきます。

痛い、というか、灼けるとか、痺れる感覚が強い感じ、、それに、空気が抜けていくような倦怠感が、続けてやってきて。

これ、氷の十字架に、何か仕掛けられてる、、!

「カイロン、、っ!?」
「ふふっ、これがベスタに仕掛けた僕の闇魔術だよ、、君の欲しがっている答えだ」
「、、っ!」

闇魔術、、とはいっても、半分は、、嘘、だよね。

これはカイロンがスキルでアレンジを加えた、外部からのあらゆる魔術による干渉を無効化する効果の加えられた魔術だから、ただの闇魔術ではありません。試しに光魔術で解呪を試みるけど、本来であれば、闇魔術には大敵となるはずの光魔術だというのに、カイロンのスキルによって、魔術を構成する魔力そのものが飲み込まれ、効果を発揮することなく消えていきます。

同様に、分析魔術も通じないから、直接魔術の組成を見ることは、無理で、、光魔術以外の解呪も、勿論通じない。そして、時間をかければかけるほど、痺れは増していくし、手持ちの魔力も失われていく、、となったら、手は。

「まったく、、!」
「、、へえ?」

次の一手として用いた魔術に、カイロンが感嘆の声を上げます。使ったのは、当然の帰着ーー分析魔術。ただし、それは対象をカイロンの闇魔術にではなく、自分自身の術を使用されている自分の身体の部位、四肢や胴に向けています。

カイロンの魔術を分析しようとしても、分析のための魔術そのものが無効化されてしまう、なら、その術を使われている自分の身体に、どのような変化が起きているのか、どのような作用が働かされているのかを分析して、逆方向から使われている術の性質を特定をしよう、というわけです。

時間はかけられないから、ちょっと適当だけど、、それでわかるのは、魔力の流出は、カイロンのスキルの影響ではなく、闇魔術としてのいわゆる吸魔の能力ということ、、カイロンのスキルは、あくまでも干渉を妨害しているだけ。それからーー、でも、これ、は。

「さて、、術の構成を分析したところで、君はこれにどう対処するつもりなのかな? 僕の術に魔力は」
「カイロン、、ふざけないで、、っ!」

そのカイロンの魔術に、純粋に閃くような怒りを覚えて、思わず目を上げて。鋭く声を投げ返します。

だってーーそこには、許しがたい嘘があったから。

吸魔の、魔術、、それは、吸魔とはいうけれど、その相手の魔力を、その場で自分のものにするわけではありません。術自体がこちらに張り付いている以上、そこには吸い出した魔力によって、魔力の塊が生まれはするけど、放っておけばそれはただの魔力の塊、それを回収して、初めてその魔力は自分のものとすることができます。この過程が省略されがちなゲームと違って、吸魔しました、吸収しました、ではないのです。

この魔術の弱点は、つまりその通り、魔力の塊そのもので。これをもしうまく回収できず、自分で回収されてしまえば、せっかく吸い上げた魔力も吸収することはできません。ただ無駄に時間をかけて、魔力を当人の中で抜いて入れて、循環させただけ。だから、普段使いするような術ではなく、例えば捕らえた囚人のように、無抵抗な相手の使うのが普通なのです。

その点、他から魔術の干渉を受け付けなくさせるカイロンのスキルとは、とても相性が良くて、、これをベスタに使ったと言われても、ただ使ったと言われただけだったなら、疑いもしなかったでしょう。ーーこんな風に、人の身体を使って実演をされていなければ。

カイロンは、さも心外だというように、ふざけるなだって? と両の掌を天に向けて、大きく肩を竦めます。

「僕は大真面目に言っているけれど? 僕のスキルで封じられた術に、君がどう干渉するのかと」
「そんなものは、こうするのよ」

ーーパアン、と。
カイロンの使っていた闇魔術どころか、干渉の妨害に用いていたスキル、それに加えて、四肢と身体を拘束していた氷の十字架さえ、内側から破裂させるように全てをまとめて打ち割って。カイロンの仕掛けたあらゆる魔術を、スキルを振り払って、正面に浮くカイロンを見据えます。

カイロンは、その場で驚き、それこそ凍りついたようにその身体の動きを止めて、こちらを凝視しています。普通であれば、確かに不干渉のスキルなんて対処の難しいものだし、この反応だって演技と疑うことなく、ただ驚いたんだ、と思ったんだろうけど。

その固まった表情にさえ、今は、苛ついてしまって。拳を握りしめ、もう一度小声で、ふざけないで、、! と繰り返します。

冗談にしても、笑えなかったから。
少年の笑顔、薄い漆黒の羽衣、纏う深い闇、、こんな、偽物で。

「あなたは、誰?」

その、この場を構成する、全ての嘘に。
自分でも驚くような許しがたさを覚えて、そう詰問をしました。

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renkard
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