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ホロスコ星物語230

、、そんなはずは、と。
そんな馬鹿なことが、あり得るはずがないと、、マティルド青年は、自分の目が、信じられないというように、一歩一歩、幽鬼のような足取りで、フラフラと祭壇へと歩み寄ります。

自分を斬り倒したガレネの身体は、破幻術を行ったことで塵も残さずに消え失せ、あれが幻であったこと、自分が受けた致命的な傷もまた、幻覚によって生まれた代物であったことが、発覚しています。だから、今この場にあるのは、偽者でも幻でもない、ただの現実であるはずなのです。

本物のガレネの身体は、少し離れた立ち樹の根本で、樹に腰掛け、寄りかかるようにして眠っていて、あのガレネをどうにかすれば、万事解決し、あとはアラウダにとっての悲願を希い、達成するだけ、、

そう思って、願いを捧げる場であるという、神域の祭壇へと、目を向けて。

ーーそこには、あってはならない、あるはずがない、幻でしかないはずの光景が、マティルド青年を待ち構えていました。

祭壇の中心で、輝く光の柱、、そうとしか見えなかった、黄金色の剣が、真っ直ぐ垂直に、祭場へと、突き立っていて。それも、漆黒のドレスを、それを纏った少女の心臓もろともに、杭さながらに貫いて。

長剣の根本近く、宙の高い位置で縫い止められた少女の身体は、天を見上げるように仰向けで剣に支えられ、すらりと伸びて美しかった四肢は、力なく宙へと投げ出されています。

丁寧に梳られた、長く艶やかで青みがかかった黒髪は、風に流されてさらさらと舞い踊り、その瞳は、眠ったように閉じられて、ピクリとも動きません。

そして、その祭壇の上には、その細い身体から流れ出たとは信じられないくらい、大量の朱色が、剣を伝って、祭壇の下へと流れ落ちていて。

ーーこれは、致命傷だと。自分自身、この神域へ来て二度の生命の喪失感を経験したけれど、それと比較にならないくらいに、間違いのない。入念に狙い済ましたとすら思えるほどに、命の灯火を完全に刈り取るに、十分すぎる刺突の痕が、その身体に、刻み込まれていて。

マティルド青年は、自分でも知らぬ間に、紐の切れた操り人形のように、地面へと崩れて両膝を突き、まるでその少女と同じく命を失ってしまったように、両手を力なく大地へと投げ出します。

、、そこから見上げる顔が、とても綺麗で。
口から血液は流れなかったのか、仰向けになったコエリの顔には、傷一つなくて、ただ眠っているように、血の気を失って、瞳が固く閉じられ、真っ白になっているだけ。

本当に、あの一刀だけが、彼女の最初で最期の傷になったのだと、、心の中の、冷静などこかが、その現実を告げていました。けれど、マティルド青年は、自分の身体に、まるで力が入らなくて。ただ、見上げるという、その行為だけが、止めることも、できなくて。

やがて、マティルド青年は、自分の膝が、水で湿るのを感じて、目線を下ろし、そこに、いくつもの水滴の雫が落ちるのを、他人事のような気持ちで眺めます。

、、僕も、このまま。
いっそ、この身が朽ちるまでーー彼女を、見つめていたい。

再び、ゆっくりと串刺しとなった少女の身体を見上げ、マティルドは、自分が、彼女の喪失を信じられないくらいに、、脳が、そうと認識できないくらいには、惹かれていたのだということを、一緒にいたいと願っていたのだということを、、自覚し、

ーーそれがもう、二度とは叶わないのだという絶望と。
ほんのわずかに、、希望がある可能性を、信じて。
ゆっくりと、伝承の祭壇を、見上げました。


ーーあれ、と。
小恵理は、自分が、見知らぬ場所に立っていることに、夢から覚めたような、不思議な感覚に陥ります。

場所は、霧の中、、というか、濃霧の中、といってもいい気がする。少なくとも、伸ばした手の先すら見えないなんて、並みの霧じゃないし。

当然、そんな状況だから、足元だって全く見えません。ただ、見知らぬ場所って言うのは、わかってるっていうだけ。

だって、目の前にこんな人がいる場所なんて、他には絶対ないと思うから。

「ーーねえ、神様?」

そんな霧の中なのに、浮き上がるように目に入ってくるのは、よくギリシャ神話とかに出てくるような、真っ白なローブを着た、銀の長髪が綺麗な、いかにも優しそうなお兄さんで。この人には、忘れようもなく、覚えがありました。

ーー今村小恵理が、トラック事故で亡くなって。
この、ゾディアックへと転生する時に、いってきますの挨拶をした人だったから。いわゆる、転生の立役者、異世界へと送り出してくれた、番人さんだもんね。

今村小恵理がミディアム・コエリへと転生できたのは、この人の、神様の、お陰、、それはわかってたんだけど、彼を見るのは、どうしても少し非難する気持ちが入ってきちゃう。

「ようこそ、神域へ。元気そうでなによりさ」

神様は、わかってるよ、とでも言いたげに苦笑して、座りたまえ、と突然現れた、木製の椅子を勧めてきます。

うーん、さすが神様。知らぬ間に、霧の中にはテーブルとティーセットまで用意されていて、造物主ってやっぱすごい、と感心もしてしまうけど。

「お茶はありがたく頂戴しますけど、、誤魔化されてあげませんからね?」

この場は素直に、席について。笑顔でにっこり告げてあげると、神様はますます苦笑して、わかっているよ、と頷きます。

「私は、客人を歓迎したいだけなんだ。他意はないから、少し寛がないかい?」
「できれば私も、そうしたいんですけど」

神様に反論するのは、さすがに気が引けるけど。気がかりが、あるからね、、どうしても。
時間なんて、どうせ神様なんだから、いいタイミングで返してくれるとは思ってるし。その理由を彼の口から聞くまでは、悠長に寛ぐなんてできません。

「神様、、教えてください」
「何かな?」
「なんで私をこっちに招いたのか、、どうして私を眠らせてまで、コエリをあっちの世界に引っ張り出したのか、ですよ」

それも、偽者のカイロンを用意して、コエリには致命的でないくらいの傷を私に負わせて、コエリなら自発的に入れ替わるだろうことを見越して、強引に、外の世界へと引っ張り出して。その魂を、神域へと、招いたこと。水でできた、龍の顎を用いて。まさに、水先案内人として。

そりゃ元々はコエリの身体だし、コエリだって、起きて意識はあるんだから、いつだって身体を返してあげる気はあったけど、、本当、いつだって返してあげたのにとは、今でも思ってるんだけど。

本当なら、そんなことをしなくたって、コエリが外に出てこようとすれば、いつでも出てくることはできたはずなのです。ただ、コエリが相変わらずあの子自身の思いで内に引っ込んでたから、自分が外に出ていただけ。コエリの、代役として。

「最初は私に、偽者のカイロンで接してましたけど、、あれ、実は正体が神様だって気付かせるために、わざとあんな転移魔法陣を用意したんですよね? あの転移先の海での茶番が何だったのかは知りませんけど」

地底湖から誘い出して、人気のない海上の、その遥か上空に転移して。あそこではただ魔力を少なくない量持っていかれて、最初はなんだったのか、よくわかんなかったけど。さすがに、あの懐かしい声で呼び掛けられれば、嫌でも思い出します。

神様は、仕方なかったんだよ、と再び困った笑顔で首を横に振ります。

「君の魔力が、私の想定以上に強まっていたからね。このままでは、君を魔力でできた核爆弾にしてしまう。だから、応急処置的でも、君の魔力を抑え込む必要があったんだよ」

だから、道中もわざとセイレーンやら魔物やら、無駄に魔力の消費をするような厄介な仕掛けをして、あの海洋まで呼び寄せた、っていうわけです。

でも、それだって、全部の説明がされているわけじゃありません。言い訳じみた釈明をする神様に、じゃあ、と続けて問いを投げかけます。

「何のために、私を裏側へと引っ込めて、コエリを向こうに引っ張り出したんですか?」
「勿論、君とこうして話をするためさ」

即答、、それはいいんだけど。この神域の森は、神の領域に最も近い、神の居住であり、人々に祀られている斎場でもあって、、だから、ここであれば、小恵理を自分の下へも呼び寄せることができたからだと、神様は話します。

「で、その話をしたかった理由は、教えてもらえるんですか?」

なんだか、その核心を、本質の部分をはぐらかされている気がして、そう、ちょっと拗ねたような物言いで質問をしてしまいます。

そう、、なんか、さっきから表面の話ばっかりで、詳しい部分を教えてもらえてないと感じてしまって。聞きたいことをわかってて、あえて遠回りさせられているような気がするのです。

神様は、再び苦笑を浮かべながら、まずは、すまないな、と謝罪を口にします。

「世界ではここ何年も、転生を希望してくれる子が少なくてね。会話に飢えていたんだ。世間じゃブームじゃなくなったとか、時代が変わったとかいう声を聞くが、それじゃあ転生希望者を待つ僕は寂しいじゃないか」

もっと努力して、楽しく活躍してくれないと、とか意味のわからないことを宣いながら、神様は自分もまた、テーブルの向かい側、どこからか取り出した、木製の椅子を引いて腰を落ち着けます。

なんか、、その、ティーカップを手に取って、紅茶の香りを堪能する姿とか、あまりに人間臭すぎて、なんだか笑っちゃう。相手は造物主、紛れもない神様のはずなのに。

神様は、紅茶に美味しそうに口をつけると、その裏事情はさておこう、と手を組み、少しだけ真面目な顔を作って、君のことだ、と話を続けます。

「君の魔力は、日を追う毎に強化され、少しずつ君の手にすら負えない代物になってきている、、それはわかるね?」
「不本意ですけど、一応」
「では、その原因に心当たりは?」

心当たり、、うーん。神様は、試すような瞳と口ぶりでこちらに問いかけていて、なんとなく、緊張感の高まりを感じます。

ここで間違えたからって、すぐにあの世に連れ戻される、とかはないと思うけど。魔力が強くなっていった、心当たりを探って、慎重に言葉を選んで、その問いに答えます。

「やっぱり、ネイタルの覚醒によって、、ですか?」

いわゆる、ネイタルチート、これは私たちが普通の人の遥か高みで能力を保持し続けられている、力の源泉です。元々は神様に、これを目覚めさせて魔王を討伐しなさいって渡された、星力を用いる資質のことで。ベスタと王都に置いてきたセレス、私、コエリ、あとはカイロンの五名だけが、覚醒者としてその能力を持っています。

私が最初目覚めたのは、太陽と水星、金星が早くに目覚めて、でもこの頃は、子供だったのもあって、まだちょっと強い魔力を持った子供、くらいの立ち位置だったと思ったんだ。でも、土星牡羊、木星蠍とネイタルの覚醒が続いたことで、段々と常識の範囲を飛び抜けていった気がします。

なにより、たぶん、最大のきっかけは、海王星天秤座の覚醒、、それに、天王星、蟹座の覚醒が続いて。たぶん、このくらいの頃から、魔力の桁がいくつも跳ね上がったように感じます。

残っているのは、月と火星、冥王星だけ、、そこまで覚醒が進んだから、強化も凄いことになっている、と。でも神様は、それだけじゃないんだよ、と首を振って、その答えを口にします。

「君の身体は、元々がミディアム・コエリのものだ。だから、ミディアム・コエリで目覚めたネイタルも、君の力になっている。そしてそれが、君という個人の枷を外してしまっている」
「っていうことは、、」

コエリのネイタルは、太陽蠍、月が牡羊、水星が蠍、金星が獅子で、火星が山羊、土星が牡羊だっけ。普段は気にしてないし、大分昔にメモしただけだったから、よく覚えていないや。

このコエリの覚醒しているネイタルも併せると、覚醒しているネイタルの合計は13、全部で10しかないはずの惑星の数を、限界を超えちゃってるんだから、なるほど、それは制御不能にもなるわけです。

神様は、わかったようだね、と上体を後ろに反らして、少しだけリラックスしたように、身体を伸ばします。で、だからどうしよう、って話まではしてくれないみたい。

うーん、、なるほどねとは、思うんだけどさ。同じもう一人の覚醒者、ベスタだってそれなりにネイタルは覚醒してるはずなのに、能力自体に大きな開きがあるのは、トランスサタニアンが目覚めてるからっていう、それ以上に、コエリのネイタルも併せて、その分まで強化がされていたから、ってわけです。

「じゃあ、、結局、私はどうしたらいいんですか?」

覚醒数が限界突破して13もあれば、そりゃあ魔王とだってまともに戦えるとは思うけど。でも、最近の自分の魔力を見ていても、自分でもまともに制御できているとも思わないし、下手をすれば、撃つつもりのなかった魔力が暴走したりして、最悪、コエリの幼少期に起こした悲劇を再来させる可能性だってあります。

かといって、さっきの話からすると、この神域の森を離れてしまったら、たぶん神様だって、そう簡単にこちら側に干渉してくることだって、できないように思います。

だから、解決方法を考えるなら、例えば、魔王討伐まではこのままどうにか我慢しながら進軍して、討伐を終えてしまったら、この森で神様と一緒に隠遁生活、、とか? や、そういうのも、案外嫌いじゃないけど。

でも、ミディアム・コエリは、ゾディアックの筆頭公爵令嬢だからね、、それもまた、どうなるのかなって。コエリには良くないんじゃないかなって、思ってしまったりもします。いつかはこの身体だって、返さなきゃいけないと思うし。

神様は、意味深に口元を歪めて、君に丁度良い解決策があるよ、なんて、微笑みかけてきます。

「そのための舞台は、既に整えてある」
「、、舞台、ですか?」

なんか、、その神様の微笑みは、言っちゃ悪いけど、半分くらいは悪魔の微笑みめいていて。

神様はゆっくりと席を立ち、自分の分の椅子は残したまま、ティーカップだけを消して、新しく茶葉の香る、明らかに高級品とわかる紅茶を用意して。席に座る私の、傍らまで歩いてきて、耳元で囁いてきます。それこそ、メフィストフェレスの誘惑みたいに。

「ーー君の、望みを願ってごらん。それは、この場ではたちまちに現実になる」

、、私の、望みーー

神様の魅惑的な微笑みに、そうして示唆する案に、誘発されたわけではないけれど。
龍頭山脈に来た目的とか、ランツィアの事情とか、アラウダの野望とか、、全部をすっ飛ばして、この世界に来て、ずっと思っていたこと、ずっと考えていたこと、ずっと願っていたことを、自然と思い浮かべます。

ーー自分の、半身であって。幾つもの悲劇と誤解にさらされて、深い嘆きと悲しみを背負ってしまって、なお毅然と立つ、漆黒の女の子、、ミディアム・コエリの、幸せな未来を。

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renkard
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