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ホロスコ星物語14ー中等部へ
誘拐事件から6年が経ち、小恵理は王立学院、中等部へと進学をしました。
この前にはわりと長めの春休みがあり、あるものは自領に帰って経営を学び、あるものは学院に残って自主錬に励み、またあるものは社交界への顔出しに勤しみ、各々が一皮剥けた新学期を迎える、というのが学院の慣わしです。その成果は、例によって新学年早々に機会があるので、そこで披露することになります。
小恵理も例に漏れず、父に付いて元老院へと顔を出したり、母に付いて公爵領の領土経営を学んだりしつつ、適当に魔物の討伐などしながら春休みを満喫し、まあまあ充実した毎日を送りました。特に魔術の研究は、初歩から応用までいじり倒して、もはやいっぱしの研究家を名乗って良いレベルにまで到達しています。
そして、迎えた新学期、です。
各々中等部の新しい制服に身を包み、なんとなくちょっと大人になったぜ感を漂わせる子が、どこか得意気に校内へと歩いていきます。上級生たちはそんな彼らを微笑ましげに眺めたり、コイツできると目を付けてみたり、可愛い子にナンパ、もとい案内を申し出てみたりと、先生の言いつけ絶対ですみたいな初等部と違い、案外自由な校風を感じさせます。
小恵理もそんな列に紛れつつ、なんか知らないけどやたら男子からの注目やら歓声やら浴びつつ、まずは顔馴染みへと気楽に挨拶をします。6年間頑張って手を抜き続けた甲斐あって、今はもう小恵理を魔王と呼んで怯える子はいません。
それから、学院の掲示板に出ているクラス分けを見て、無事Aクラス、いわゆるエリートコースを維持していることに、ほっと安堵します。
実はこの王立学院、初等部での学年末には学力テストがあり、その結果によって中等部のクラスが決まる、というシビアな試験があります。そのため、ここに来て周りからも悲喜交々、いろんな声が聞こえてきます。元大学生としては、大学入試の合格発表とかこうだったなあ、とか思い出す雰囲気です。
小恵理は水星射手の影響か、集中力はあるもののやる気が安定せず、また現代の感覚が残っているのもあって、この世界の解答的に正解に辿り着く、というのが意外に不得手でした。そのため、初等部での小恵理の成績は中の上から上の下、といった辺りで、運が悪ければBクラス落ちもあり得たところだったのです。とりあえずはこの結果に胸を撫で下ろします。
ちなみに、一応ネイタルチートの影響はこれまでもずっと維持されていて、これによってステータスでいうINT、いわゆる賢さの値自体は桁外れの高さを保持しています。けれどどうもこの世界、それだけで超天才、みたいにはならない仕様みたいです。
これはつまり、あくまでも素地という位置付けなのだと、小恵理は理解をしています。
例えば理解力や推理力、思考力。こういった単に頭を使う能力自体は実際、他の追随を許さない結構な能力があると思っています。けれど、知恵や知識といった一つのまとまった形にするには、いかんせんそれを活かす側がアバウトではどうにもならない、ということです。要は知識が偏っていてその知識自体に全く触れていない、言ってることはわかってるのに、間違って理解してそのままにしてしまう、あるいは、うっかり別のことだと思ったまま覚えちゃう、みたいな感じです。ベスタには、よくINTの無駄遣いと言われていました。
逆に、そんな気まぐれな勉強でAクラスを維持している辺り、この辺りはまだ賢者ケイローンの素質が生きている、とも言えるかもしれません。得意不得意がはっきりしているので、それで稼いだだけな気もしますが。
(できる子はできるよねえ、、)
張り出された上位成績者一覧を眺めると、やる気や勉強方法等が影響するとはいえ、やはりINTが高い人ほど成績上位者に入り込んでいます。逆に小恵理ほどの数値を持ちながら、中の上などにいる方が珍しかったりもします。
なお、どうしてみんなのINTを知っているのかと言えば、授業の一環としてステータスを見る機会があったからです。数字で自分の成長が見える方がやり甲斐に繋がる、というのが学校の方針だったためですが、わりとプライバシーも何もない感じで、王子様辺りはめっちゃ嫌そうにしていました。まー残念だったしね。数字はシビアです。
さて、注目の学年首席はというと、持ち前の賢さに加え、更にネイタルの覚醒までしているベスタが堂々の首席で、この辺りはさすがだわ、と素直に感心します。実は覚醒した火星射手の影響か、それまで苦手としていた運動分野でもトップ争いに食い込んでおり、もはや宰相子息の面目躍如、むしろ大出世といった風体です。
「おはよう、コエリ。無事同じクラスになれたようで何よりですよ」
はい、噂をすれば影。いつからか聞き慣れたコエリ呼びと、相変わらずの眼鏡姿に、やっほー、と小恵理も手を振ります。
かつて7才だった眼鏡君も今や13才、眼鏡は相変わらずですが、体つきもそれなりに成長し、知識人文化人を目指していた当時と比べて、肉体的にも大分たくましくなっています。乙女座らしく、元々健康志向で食事にも習慣にも気を使う人でしたから、まさに文武両道の好青年、といった雰囲気です。
小恵理は定番の悪戯っぽい笑みで、ねえ、とベスタに呼び掛けます。
「ベ・ス・タ、もしかして私が落ちるんじゃないか、とか思ってたりした?」
「いいえ、さすがにそれは。これも僕との勉強の成果です、と言いたいところですが、コエリの実力なら当然でしょう」
「お、認めるんだ? 珍しいね?」
確かに、テスト前に缶詰という、学生あるあるをするために学年末にベスタ邸を訪れて一緒に勉強したことがありました。ついでにその時、この世界での常識についての考え方で一悶着もあったので、勉強内容も含めてよく覚えています。
ベスタは完璧主義で、自他ともに隅々まで目が届く乙女座の典型ですから、ザ・アバウトな小恵理に対して手放しに認めるというのは、珍しいを通り越して不気味ですらあります。槍とか降らないでしょうね、と思わず空を見上げる小恵理です。
そんな露骨なアクションに、ベスタはわざとらしくため息なんぞ付いてみせます。
「それはそうですよ。普通に勉強の苦手な子であれば、教えてあげれば知識も身に付く、成績も上がるものですが、あなたと来たら常識は知らないくせに変なところで知識は人一倍あるものだから、単純な知識では僕の方が教わる立場でした。そのくせテストとなるとまた珍回答ばかり出てくるんですからね」
よく言えば頭が働きすぎて、その分無駄に考えすぎているのだとは思いますが、その実力を見誤るような教授たちではありませんよ、とベスタは続けます。要はテスト以外も加味してのこのクラスだ、と言いたいのでしょうが、特別実績があるわけでもない身からすると、どーなんだろ、と思わなくもありません。
「だってさあ、国の経済を回すのに最も重要な要素は何か、とか聞かれたら普通に国民とか国民の生活って答えるじゃん。なんで王や貴族の政治が答えになんのよ」
「、、そんな解答をしていたのですか?」
ビックリを通り越して、若干顔色が悪くさえ見えるベスタです。いやこれだから秀才クンは、と小恵理はムッとします。どうせこんな簡単な問題もできないなんて、とか思われてるのでしょうが、学年首席相手では言い返す気にもなれません。
「そうだよー。仕方ないじゃん、そう思ったんだから」
「ええ、、僕の屋敷で勉強した時も、王政か民主制か、なんて愚にもつかない話題で言い合いましたし、あなたの解答はよく物議を醸す、と父から聞いていました。ですが、、いえ、でもまさか、、」
「ん? どーしたの?」
「いえ、、ええ、我々貴族や王が良い政治を行うことこそが良い経済に繋がるのですから、それは当然ですが」
自信ありげに言い切ったベスタですが、何故かしばらくそのまま固まります。民を思い潤す方が大事、、? とか呟いていますが、宰相の子だけに、なにか施策についてでも考えているのかもしれません。彼は春休み中もよく父の手伝いをしていたようです。
しばらくフリーズしていたと思ったら、何かを振り切るように首を振り、ベスタはそれはさておき、他の調子はどうですか、と尋ねます。
「珍回答もそうですが、うっかりや本番に弱いなど、コエリは案外弱点が多いですからね。去年の魔法実技では普段しない暴発を連発して、呪われてでもいるのかと思いましたよ」
それねー、と小恵理も難しい顔で頷きます。
「いや、マジで呪いかもしんないんだよねそれ。ちょっと緊張したりマイナスなこと考えるとすぐ魔力が暴れだすっていうか、、ベスタも覚えてるでしょ、6年前の事件とか」
「ええ、、あなたのうっかり、というかトラブル体質は、ずいぶん根強いもののようですね」
やや神妙な面持ちで、ベスタは頷きます。
6年前ーー結局、小恵理の見つけた転移魔法陣の先で子供たちは無事に見つかり、犯人も騎士団の尽力によって皆捕まり、形だけ見ればこの上ないハッピーエンドで終わりを迎えました。
しかし、そこに至るまでの行程では、犯人を待ち構えていたところにベスタの突然の来訪、急な土星先生の覚醒に、相手を撃ち損じてうっかり壁だけ消し飛ばすなど、想定外のトラブルが多発し、それをどうにか潜り抜けて解決に導いたことから、小恵理は自分で自分のこの性質を、今では不幸誘因体質と呼んでネタにしていたりします。
、、ベスタにはまだ話していませんが、実は心当たりがあるにはあるのです。勿論射手の『ちょっぴり間抜け』の影響以外で、です。
これを話そうとすると、どうしても小恵理が異世界転生者であることも話さなくてはいけないため、話がややこしくなってしまいそうで、面倒なのですが、、それはミディアム・コエリの持つ、ネイタルの影響です。
あれから6年もありましたから、手持ちのスキルや意味合いについては、大体出尽くした程度には熟知しています。そこから導きだした答えによると、ここでの鍵はミディアム・コエリのネイタル、土星牡羊がもたらす『勝負弱さ』と、おそらくは火星の山羊で得た、『臥薪嘗胆』のスキルにあるのです。
まず、『勝負弱さ』は文字通り勝負事に弱くなる他、勝負事自体に消極的になる傾向が現れます。スキル、と銘打って現れたものではないので、発動に小恵理の意思は関わらないのですが、小恵理自身も土星に牡羊座を持っていますし、小恵理が何かにつけて逃げ出したくなる一因はどうやらここにあるようです。
ただしこれは土星先生ですから、試練を乗り越えた先には逆に勝負勘が大いに働き、得たいものを得る百戦錬磨の猛者になる、という前提が付きます。乗り越える自体は生易しいものではないでしょうが、ただのマイナス補正ではないのです。
そして山羊の持つ『臥薪嘗胆』は、成長が晩成化し、苦難が増える代わりに、そこに至るまでの忍耐と着実な成長、現実的な手段を採れる傾向で、要は低レベル帯ほど苦戦する代わりに、確実にステータスが上昇していく、という傾向が追加されます。堅実にコツコツと我慢強く進む、ザ・山羊のスキルです。時間にシビアで、何気に無駄が嫌いだったりもします。
個々で見ればどちらも一長一短で、さほど悪いわけではないのですが、この土星の牡羊ー火星の山羊はスクエアで、ハードアスペクトに当たり、組み合わさることで厳しい作用をもたらします。というのもこれが組み合わさると、勝負に消極的になり、勝ちにくくなる上、成長の晩成化、苦難が増えるということで、自分がまだ弱い時期に成長の遅さに悩まされ、しかも無駄にハンデ戦を強いられたり、トラブルとの遭遇を強いられるわけです。結構なハードモードです。
となると、テストにせよ戦闘にせよ、実力を発揮しきれない、トラブルに見舞われる、順調に進まない、というのは、むしろミディアム・コエリにとっては普通ということです。そして、それを宿す小恵理も少なからずその影響を受けている、ということになるのでしょう。
とはいえーー私の場合、土星先生の縛りを好作用に変える射手があるだけまだマシかな、と小恵理は一人ごちます。射手の研究心やアバウトさ、前向きさや大胆さなど、勝負弱さがあっても、小恵理の場合はそれを緩和する手段があります。勝っても負けても楽しければオッケー、どうにもならないなら色々試して考えよう、どうせ苦労すんのも今だけよ、といった射手の心が勝負弱さを癒し、また助けるわけです。
「コエリ、では計画は順調ですか?」
6年前ついでに思い出したのでしょう。ベスタが珍しく、挑戦的な表情で問いかけます。
小恵理は、家に集めたメモと秘密厳守の鍵箱を思い浮かべて、まーね、と頷き、
「うん、大体ね。ベスタ様のおっしゃる通りですわよおほほのほ」
「それはなによりですが」
ふざけた小恵理に、ベスタから冷えきった目と冷たく響く声を向けられます。射手が入ってもお堅いのは相変わらずで、逆に13才で水星期が強調されているのか、以前より冗談が通じなくなっている気がします。
といって、今更それに怯むわけもなく、教室に移動しながら、小恵理はそれを楽しげに笑います。
「おいおいベスタクン、そんな真面目じゃこの世知辛い世の中渡っていけませんことよ?」
「どちらかというと、僕はコエリの能天気さの方が行きすぎてると思いますよ。ちなみに今日はお弁当忘れてませんよね?」
急な話題に、小恵理ははたと足を止めます。
初日は始業式で終わりじゃなかったっけ、と思いつつ、そういえばなんか恒例行事とかいうのが午後にあるって言われてたっけ、と思い出して、手持ちには購買に行けるお金もないことも思い出します。そりゃ公爵令嬢だもん、全部周りが払うから、小銭どころかお札すら持たせてもらえないって。
もしかして私お昼抜き、と結論に至るまでわずかに数秒、小恵理はガックリと肩を落とします。初っぱなからやらかした感全開というか、わりかし幸先の悪い学生初日です。
「うっわー、、初日からいるんだっけ? 忘れてたああ、、」
「まったく、、あなたという人は」
ベスタは鞄を開き、包みを一つ小恵理に渡します。花柄に丸っこい蜜蜂が飛んでいるという、結構ファンシーな絵柄です。言っちゃなんですがベスタには全く似合いません。
「これ、何? お弁当? ベスタのじゃないの?」
「僕のはこっちです。あなたの性格くらいお見通しです」
もう一つ、白と青のストライプの包みを出し、もう6年も近くにはいるんですからね、とベスタは軽く少し苛立った雰囲気で付け加えます。勿論小恵理に対してではなく、もっと面倒な人のことを思い出してです。
とりあえず、ありがとうベスタサマ、感謝感激雨あられ、と包みを持ち上げてお礼を言いつつ、その意味を汲んで、小恵理もまー問題はあるよね、と同調します。話している内にすでに教室近くまで辿り着いていて、大体ここらでいつも面倒事が来るんだよね、とか思いながら。
ーーもう13歳、6年も経ちましたから、この間には色々と変わったこともあれば、全く変わらないこともあります。
これはもはや、変えようがないことなんじゃないかと、小恵理も軽く諦めている問題も。
「おはよう、我が婚約者ミディアム・コエリ、今年も同じクラスだね。よろしく」
不意に扉が開き、爽やかに遠慮なく割り込む、キザったらしい声。うん、もう婚約者とか言っちゃってるし、誰だかわかってるけど。
あんまり顔を合わせたくないんだけどなー、と思いつつ、スルーしたらもっと面倒臭いので、小恵理はなるべく穏便な笑顔で、おはようございます、と返します。
「ええ、、王子様。今年もよろしくお願いします」
はい、出ましたよ、いつもの人。
内心軽くひきつりつつ、小恵理は続けて王子に会釈をします。
変わったがために、より面倒になった、変わらない人を。
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