ホロスコ星物語15ー教室へ

「ごきげんよう、ジュノー王子殿下」

内心ひきつりつつも、小恵理は一応、表面上だけはにこやかに挨拶に応じます。

「ああ、我が愛しの婚約者」

それに対して、王子はわりとしっかりしたハグに、愛情たっぷり、みたいな軽い口づけを小恵理の額と頬にしてきます。わかっていたことなので小恵理も動じませんが、ベスタの瞳が険しくなるのは感じます。獅子な王子様は注目されて喜んでいるようですが、普通に生徒も教師も廊下にいる真っ只中ですから、潔癖の乙女座らしい反応です。非常識に対して敏感なのです。

王子は、きめ細やかな肌質、整った顔立ちに大きく伸びた身長と、イケメン三種の神器に爽やかなキラキラ笑顔を浮かべ、一ミリも悪いと思っていないふうに、小恵理に微笑みかけます。

そうーーかつての直情短絡な王子様はどこへやら、今や誰が見ても本物の王子様となったジュノーが、教室の入り口で小恵理を待っていたのでした。

これはつまり、要は、7才とは水星期間の入り口でもあり、月期間の出口でもあった、ということです。
王子の月は牡羊座で、なるほど直情的で短気短絡的と、根本的に感情の部分でミディアム・コエリとは通じあっていたわけです。で、そこから、年齢域は水星期間へと移行します。

王子様の水星は、見た感じからして天秤座です。本当は太陽獅子からだと水星は27度までしか幅がないので、絶対にありえない星座になりますが、これはいつもの異世界だしね、でとりあえずスルーします。

で、王子にはあの、見知らぬママからブローチもらって誘拐事件の片棒担がされちゃいました事件が、ちょうどこの転換期となったわけです。

この時期にこっぴどく叱られ、王子たるものの心得を叩き込まれた王子様は、結果としてこの7才を契機に無事万人に好かれ、正義の心とバランス感覚を兼ね備えたリアル王子様へと変貌を遂げました。あくまでも表面上だけ。

「ベスタ、お前もよろしくな」

ジュノー殿下は、一見するとなんでもないようにベスタにも挨拶をします。で、何故か目を合わせたまま二人が共に固まること数秒。なんとなくバチバチした火花なんかが見えるよーな。

「、、こちらこそ、ジュノー王子殿下」

臣下の礼として頭を下げるベスタは、しかしあくまでも儀礼的な様子で、長くベスタを見てきた小恵理には、そこに流れるうすら寒い空気が感じ取れます。そして一見友好的に微笑んでいるように見える王子の瞳にも、一瞬だけよくわからない冷たさがよぎります。

それ以上は言葉を交わすこともなく、王子は教室へと入っていって、、一度場が収まります。や、なんだか相変わらず心臓によろしくない二人というか。この二人、なんか知らないけど顔を合わせるといつも怖いんだよね。よくわかんないけど。

教室内からは、リアル王子的に人気者となったジュノーに相応しい、女生徒からの嬌声なんかも飛んできます。もはやこれも日常の光景といっていいでしょう。

ベスタはそこまでを見届け、軽く息を付いてその緊張を解きます。無言でなに会話してたんだろ、とは思うものの、何故この二人がこう、いつも寒い感じの応対をしているのか、これまた二人ともに小恵理には答えてはくれない上、何となく入り込めない空気があるので、どーにもこーにもさっぱりです。

「大丈夫? 変わんないよねー、あの王子」

あえて軽い口調で話しかけつつ、小恵理はやっぱアレのせいかな、と、ちょっとだけ考え込みます。

実はベスタには、王子についてできたら婚約破棄したい旨(もちろん悪役令嬢ルート回避のためですが、そこはさすがに秘密です)、円満にお別れしたい話など相談をしていて、この何年だか、あれやこれやと王子への働きかけなんかを考えてもらったりしていました。

結局、この6年では、どうあってもそれは実現しなかったわけですが、、その時話した内容がベスタの王子への印象悪化に繋がったのだとすれば、なんだか悪いことをした気がします。や、その前、ベスタがネイタル覚醒した辺りから、すでに二人とも微妙な空気だった気はするけど。

「でもあの王子、最近以前より私にべったりなんだよねー、、初等部に入学してすぐ大恥かかされたこと、忘れたわけじゃないだろうにね」
「いやコエリ、あれは覚えているからこそというか、、まさか、気付いてないんですか?」
「? なんのこと?」

でも、ああやってベッタリしてくるとちょっと可愛いかも、と続けると、ベスタは今度こそ本気で呆れたように額を押さえ、どうしようコイツ、みたいな感じで特大の溜め息なんぞつきます。でもちょっとだけ間を置いて、咳払いをして立ち直ります。さすが6年一緒にいるだけあるというか、早い復帰です。ザ・柔軟宮です。

「まあ、、コエリが気にしないなら、僕が何か言うことでもありませんね。身の危険がありそうなら相談してください。コエリにはあちこち敵もいるでしょうしね」
「敵? ああ敵ね、確かに今年は結構討伐も行ったしね」
「いや、魔物の話ではなくて、、」

小恵理は、これ以上話していても楽しくない話題だし、立ち話もなんだからそろそろ教室入ろう、とベスタを促します。

ベスタは不意の誘いにも柔軟に応じーー二人が教室の中に入ると、急にクラスが静まり返ります。女子生徒の半数ちょいほどが王子の近くに集まっていて、彼女らが急に黙ったためです。

以前の残念王子ではなく、わりとリアルな王子に変貌したジュノーには、今ではある種のファンクラブのようなものまでできています。もし王太子妃ともなれば家もさぞや強い権力を持つでしょうから、親の指示もあるとは思いますが、それでも結構な人気っぷりです。ぶっちゃけあの初等部で小恵理がベタぼれした子犬ちゃん、主人公令嬢の子までその中にいたりします。

で、小恵理はそんな王子の現婚約者ですから、それはもう女生徒からの嫉妬羨望たるや、無言の圧力で教室内の空気が30倍くらい悪くなった気がします。ひとまず自分の席に向かいつつ、小恵理はちょっとだけ苦い顔になります。

や、まあ陰口とかも色々言われてるんだろーな、とは思ってはいるものの、そこは女の子だししょーがないな、と思ってもいるんだけど。

で、じゃあ実害があるかと言えば、そこはやっぱり筆頭公爵令嬢の名でして。物理的にも魔力的にも小恵理にかなう令嬢がいるわけもなく、当然体育館裏やトイレに呼び出すこともできないので、今までは実際に何ら問題も起きてこなかったわけです。

(でも、こういうのが結構悪役令嬢ルートのフラグなんだよねええ、、)

こうして一見平穏でみんな収まってるつもりで、なんか気付かぬうちに冤罪作られまくってて、パーティの日にいきなりみんな敵になってほれ断罪、とか、もはや定番を通り越して、ハイハイいつものねって感じです。

それがわかっているので、私だってさっさと手放したいんですけど、こんな立場、と思うのに、これを手放しても手放させてもくれないのがーーこの、王子様なのです。

王子様は相変わらずにこやかで、けれど彼女らを止めようという気配はまるでありません。さっきのベスタの、覚えているからこそ、ってもしかしてこれかな、となんとなく思い当たります。要は執拗に婚約者でい続けることで、小恵理に針の筵でいてもらおうという魂胆かもしれないのです。

小恵理は、隣の席に座るベスタに、もしかしてこれ? と小声で尋ねます。
ベスタは小恵理を振り向かず、着席の際、自然に下を向く仕草に合わせて頷きます。随分な警戒です。

後で話そう、と小声でそれだけ告げて、ベスタも自分の準備を始めます。
王子の、それを追う冷たい視線が、なんとなく気になりました。

さて、午前中一杯は、入学式の式典にその後の説明、クラスでの挨拶などがあって、なんだかんだ無事に終わりーー昼休み。小恵理はベスタと中庭で待ち合わせのため、外へと足を運びます。

中等部の中庭は、庭の左右に曲線を描く道が広がり、その脇にベンチ、中央には広く草地が手入れされていて、そこでは敷物を広げる生徒たちがまばらに座って、楽しげな会話に興じています。

その一角、ベンチにハンカチを敷いて座る眼鏡君を見つけ、小恵理はやっほー、と手を振ります。

表向きはお弁当をもらったため、お礼がてら一緒に食べよう、ということになっています。勿論人も周りに普通にいるため、不貞を疑われるような状況ではありません。や、弁当の予備持ってるって普通ないし、それだけで大分苦しいけど。グレーってかほぼ黒じゃん。

「で、あの王子はなんなの?」

小恵理が座る前に、さりげなくその隣の位置にもハンカチを敷いてくれ、ベスタはやや不満げに、コエリ、と呼び掛けます。

「まずは食事の準備くらいしませんか? あと、もう少し言葉に気を付けてください。わざと人がいる状況を選んでいるんですからね」
「うん、わかるけど。やっぱり周り使って嫌がらせとか?」

もらった弁当を広げつつ、再びダイレクトに尋ねる小恵理に、ベスタは軽くため息をついて、一部はそうです、と頷きます。

「嫌がらせと、周りを煽って悪評を広げたり、何か直接的な攻撃でもさせる気でしょうね。そしてもし周りがコエリに何かしたとしても、嘆くフリくらいはするでしょうが、守ってもくれないでしょう。むしろコエリの側の責任や心構えを責めて、追い討ちをかけに来るかもしれません」
「うげ」
「かといって、今の時点での彼は婚約者想いの良い婚約相手です。コエリからの婚約破棄は言い出す口実がないし、強行すれば勿論、もし周りに何かをすればコエリの非を追求しながら婚約破棄とその責任追求ができる上、周りから邪魔もされない。非常に厄介な状態です」

うわああ、とそれだけでげっそりする小恵理です。自分の置かれている状況を今更ながらに理解しましたが、もう既に中等部の最初から悪役令嬢ルート末期の状態で、しかも回避する手段が見えてきません。入学早々なに仕掛けてくれちゃってんのよ、です。そういうのは高校卒業パーティーまで待っててほしいというか、計算キツいにもほどがあるじゃんね。

つまりさ、と小恵理は今の話を自分なりに要約してみます。

「それってつまり、私がなんかやらかして追放とか断罪されるまで婚約者でい続けて、しかもその間周りの女の子に攻撃させ続けて、おまけに自分は安全地帯で女の子にも囲まれまくってウハウハ~ってこと? いい性格してるわー」

しかもたぶん文句でも言おうものなら、それを理由に反撃、場合によっては婚約者不適格や、教育の不備で家の責任まで追求しようという腹なのでしょう。
ベスタは、ウハウハ~って、、と顔を引きつらせつつ、宥めるように、まずは落ち着いて、とどうにか小恵理へ微笑みかけます。

「まだ回避の手がないわけではありません。こういう一見隙のない作戦にこそ穴はあるものです」
「でも、自分だけハーレムってもうオヤジの発想じゃん、ズルいじゃんっ」

突如飛び出した小恵理の文句に、ベスタは今度こそ盛大に脱力して嘆息します。

「あなたが気にするのはそこなんですか、、僕には今、そのズルい、という発想と言葉が出るコエリの方がオヤジに見えたのですが」

それになんなんですかウハウハって、とベスタは改めて大きなため息をついてみせます。や、どう見ても女の子じゃん、ピチピチじゃん、と返すと、いい加減マジで頭痛がしてきた風に額を押さえます。

「僕はもうその辺のオヤジ死語は追求しませんが。普通、女性はそういうとき婚約者が奪われないか心配したり、平気で他の女性と仲良くしている男性の貞操の弱さに不快さを感じたりするのですよ、コエリ?」
「え? でも私あの人が誰とくっついてもどうでもいいし」

あっけらかんと、小恵理は本当に1ミリも気にしていない風に答えます。その返答に、ベスタはようやく楽しげに微笑みます。

つまりーー婚約者どころか、小恵理は王子を身近な異性とすら見ていないのです。これ見よがしに女生徒を集めて嫉妬を煽ろうとしていたのに、これでは王子も浮かばれません。
ベスタは、それに、とさっきの光景を思い出して続けます。

「ついでに言うと、僕はコエリの身の安全も心配してるんですよ。さっきも随分くっついてあれこれしていましたが、彼には良からぬ噂も聞きますし、あれがエスカレートしないかも心配です」
「あー、あの人、火星のメインは天秤だけど見た感じ蠍も入ってるからねー、執着もスゴいしいろんな欲求をぶつけまくってきちゃうわけよね、あんな感じに」

いつか裏ではもっとスゴいことされちゃうかも、と頬を押さえて嘯くと、ベスタは苦々しく首を振ります。

「コエリ、、悪気はないんだろうけど、僕にもう少し気を使ってくれませんか。僕らはまだ中等部であって、」
「え? ベスタもちゅーしたいとか?」

ボッ、と音でも出そうなくらい一瞬でベスタは真っ赤になり、小恵理は思わずお腹を抱えて笑いだします。ベスタはそのまましばらく口をパクパクさせていて、いや小学生か、もしくは鯉か、とか手足をばたつかせて面白がっていたら、がしっ、とえらく強い力で引き寄せられてーー、一瞬後には、ベスタの顔が、それこそ口づけができそうなくらい至近距離にあって。

「コエリ、、あとで覚えててくださいね?」

にっこお、と笑うベスタですが、目が一ミリも笑ってません。というか半分青筋立てていて、うっひょお、やりすぎたあ、、と、小恵理は思わず涙目になって顔をひきつらせます。めちゃくちゃ逃げ腰というか、もう今すぐここから飛び出して逃げよう、と本気で考えましたが、その寸前にベスタは背を向け、立ち上がって校舎の中へと消えていきました。

まるでタイミングを見ていたかのようで、この瞬間に予鈴も鳴り、魔術での放送が午後の準備を促します。たぶんまた例によって秒単位で計算していたんだろうけど、、や、キレていても冷静って、よく考えたらこっちも相当ヤバイ性格です。

小恵理はいまだに収まらない心臓にドギマギしつつ、とりあえず急ぎ足で教室へ帰り、午後の授業を思い出します。

そうーー、午後には自己紹介を兼ねた、実演課題があるのでした。

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renkard
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